「自分の人生は自分でつくるもの」
この言葉が、最近よく入ってくる
最初に目にした時、耳にした時、衝撃を受けました。
自分で!? え??
私は?? どうしてきた??
流されてきたかも・・・
世の中こういうもの という思い込みと
なんとなく染まりきれない自分を否定しながら
世の中、誰かの評価で決まる どこかでそんなことを思い込んでる
ふと浮かんだのは
子供の頃、小学校に入る前かな
「欲しい」という感情を抱いている私
「あのガムが欲しい」
「あのお菓子が欲しい」
近所の駄菓子屋さんが浮かぶ
お小遣いをもらうと手に入るもの
あっという間にお小遣いはなくなる
この場面が浮かんだ
深掘りすると
「ない」「満たされない」
そんな感情が湧いてくる
あえて そのころの「ある」にフォーカスした
「ある」
・命
・元気いっぱいの体・目・口・耳・腕・足・内蔵・・・・
・美味しいご飯🍚
・服もきていた
あげるとキリがないくらい 「あったのだ」
持病もなく、クタクタになるまで動き回っていた私
家では、お腹が空いたといえば 食べ物がある
食を大切にしていた両親は 新鮮な野菜を育ててくれていた
「数え切れないくらい あったのだ」
それなのに なぜ 「ない」にフォーカスした人生を送ってきたのか
「足りないもの」を見つけ、それをクリアしていく
この思考ではないか
「足りない」を手に入れるためにはどうするか
「足りない」を克服しないといけない
「足りない」をなくさないといけない
「足りない」をなくした先に「ある」がある
そんな膨大な量の思い込みがあることに気づいた
環境もあったかもしれない
しつけ、学校、勉強、部活、会社などなど
生まれた時は まっさらだったところに
人間として必要なことを教えられる
「ない」→「ある」に すること
自分の価値を高めるため
置かれた環境でより良く生きて行くため頑張る 合わせる
馴染めたら◎ 馴染めないと✖️
そんな感じ
家でもそうだった
判断基準は 親
そうなると「足りない」はキリがない
そこで あえて 「ある」にフォーカスしてみる
「ある」
小さなことから
目が見える・空気がある キリがない
では、学校
知識を得られる場所がある
雨風を凌げる建物がある などなど
でもね
私は違和感があったことを思い出す
自分を抑え続けていた感覚
自分らしさ
集団行動の中で自分らしさを出すこと
学校では 輪を乱すこともある
合わせないといけない
そこのバランスがわからなかったから 抑えていたのかな
今思い出しても ザワザワしてくる
私の世界は親中心で狭い世界だった
インターネットが普及し いろいろな人を知ることができる今
世の中には 「しあわせなお金持ち」という方々がいることを知る
お金を得るには、努力・根性・我慢
これがないとダメ これが足りないからダメ
そう信じきっていた
私には、それが足りないから この程度なんだな・・と
でもね
「しあわせなお金持ち」さん方は、何かが違う。
「しりたい!!」
私の周りには、「しあわせなお金持ち」さんはいなかった
だから、どんな考え方をして どんな習慣を持っているのか
まーーったく想像もつかない
インターネットのおかげさまさまで
調べ始めた
別世界の方々のことを
あれから何年経つだろう
みなさん 決まって 「ある」にフォーカスしていた
そして「感謝」の仕方も違っていた
はあーーー こんなにも違うのかあ
落ち込んだ 落ち込んだ
でも このままでは嫌だ!! だから 実験した
今までの思い込み 習慣の中で それをすることは大変💦
すぐに戻ってしまうから
それでも思い出し思い出しやっていた
私 めっちゃ頑張ってたな![]()
まだ道半ばだけれど 違いは感じている
経験も積んできた
今に生きる
「ある」にフォーカスする
「感謝」を感じる
1日の中で できること
何もない
と思っていた 私だったけれど
感じるクセが無かっただけ
目を閉じてみる
呼吸を感じる
私は? どう感じてる? どうしたい? 聞いてみる
とっても大切なこと![]()
目が開いてると 周りを見ちゃう
子育て中だとなおさら
職場にいても
あえて 目を閉じる 1分でもいい
胸に手をあてたり 自分をハグするでもいい
頑張っている自分を讃えてみるのもいい
何でもいい
自分を感じてみよう![]()