週末はいかがお過ごしですか。少しばかり気分転換できると良いですね。

 

休日の今日は少しシリアスに、国際協力や国際支援などに従事する人達にとっての「相手に伝えることの大切さ」について考えてみました。

 

技術や情報を現地に正確に伝えることの重要性、これは一応大前提と考えて、ここでは「現地のことを日本に伝えること」、そして、「伝える相手、日本の同胞が共感してくれることの重要性」を考えたいと思います。

 

それは開発屋や援助者の仕事ではない。現地が満足する仕事をすればそれで良いんだ。確かにそうかも知れません。

 

しかし、それだと何か大切な部分を見失ってる気もします。大切な部分は「自分たちの仕事が実は日本の同胞の支援によって成り立っている事実」と関係してます。

 

そして、日本からの支援を確実なものにするには、「日本におられる方々に、現場の実態や問題に共感して頂くこと」が必須だと思うのです。

 

スペイン語と言うのはそのための有力なツールになるはずです。組織だって広報すれば良いじゃないか。その通りです。その通りなのですが、万一発信する側に心が通ってないとすれば、そこに共感の生まれる余地は少ないと思います。

 

前置き長くなりましたが、「日々スペイン語を学ぶ私達は、日本の同胞の方々から共感してもらえる伝達に心掛けましょうね」と言うのが結論です。

 

では具体的に何を心掛けるのか。それは、「コロンビアや現地の人、メディアから聞いた、読んだ、知った話は、きちんと内容に誠実に向き合って、寄り添って、日本語にすること」が大切だと思います。「そうでないと共感は生まれない」と思うのです。

 

以下は、現地の出来事を日本語に直して伝達する際に、どうすれば読み手、聞き手に共感してもらえるか、或いは、してもらえないかを考える一種の演習と思ってください。

 

コロンビアの避難民訪問時のUNHCR特使A・ジョリーさん(写真:UNHCR

 

あるコロンビアのNGO女性の手記の一部を素材に、どう日本語化して日本にいる方々に伝えたら良いのか一緒に考えてみましょう。

 

難民支援のNGO職員が支援活動で滞在中の村でゲリラ戦に巻き込まれる。間近で展開する銃撃戦。一刻も早くメデジン市へ帰還したい。そんな不安な一夜を過ごした翌朝、幸運にもメデジン市から迎えの車両が到着、苦楽を共にした村人たちへの挨拶もそこそこに、彼女は同僚と村を撤収する。

 

彼女はそんな場面を次のように手記に残した。

Un desgarro del alma se fue desvaneciendo en la medida en que dejábamos atrás esas caras que salían a sus puertas para vernos marchar.

 

さて、あなたならこれ、どう訳して日本の身近な人達に伝えますか。ちょっとトライしてみてください。

(参考)

desgarro 断裂

alma

desvanecerse 消える

en la medida en que ~(主語+述語) ~をする中で

 

どうでしたか? このNGO職員の気持ち、日本にいる人たちにもきちんと伝わって、何某(なにがし)か共感してもらえると良いですね。

 

参考までに訳文を2つ用意したので、読み手や聴き手が共感、或いは、共感まで行かなくともせめて心を動かしてくれるかどうか、比較してみてください。

 

翻訳1:私達が立ち去るのをドアのところで見送る人々の顔を後にすると、引き裂かれた魂は次第に消えていった。

→文法的には正しいかもしれない。しかしこれでは何のことだか良く分かりませんよね。共感も湧かない。

 

翻訳2:去り行く私達をただ扉に(たたず)んで見送る村人たちをあとにすると、引き裂かれんばかりの胸を思いも、やがては次第に薄れていくのだった。

→紛争の脅威の中、撤収するNGO職員を見送る村人がどんな気持ちだったのか、その時のNGOの彼女の気持ちはどうだったのか、支援すべき立場の人間である彼女も、自身の身を守らねば死ぬ。究極の選択をせざるを得ない人間の複雑な心情。こういう全てが何となく読み手に伝わるような気がしますね。

 

では、皆さん良い週末を! ¡Que tengan buen fin de semana!