(2021/06/30 記)

  

  

11年乗ったメルセデスA170 が走行不能となり、急遽、次の車を導入しました。

 

  

厳密な経過としては、走行不能事態が起こる前に、度々家内が左後方のホイール

ガード部分をこする自損事故を繰り返していたのが、最後にかなり派手に削って

しまい、ドアとドアモール、ボディ、バンパーの3か所の修繕にはかなり費用が

かかりそうで、まだ当面は現行を乗り続けるつもりだったのが、急遽家内から

乗り換え談義が出て来たので、時機を逃さず方針転換しました。

 

 

また事故を繰り返しては困るので、これまで20年以上、どういう運転をして来たのか、

よくよく確認してみると、ドアミラーをかなり軽視(というか無視)して、直視でしか

側方確認をしていなかったようです。それでは内輪差による左後方の障害物との

距離感は全く確認できないのと同じなので、改めて路上教習に付き合い、そのあたり

を改善して貰いました。従来よりもう少し前に進んでから一気に曲がる(イメージは

直角くらいで、実際は内輪差で円弧状に曲がって行く)感じも改めて習得して

貰いました。

 

その上で、枚方市にある200万円弱の物件(2016年式のA180)を見に行き(上掲

記事にあるモデルか。ダッシュボードが高く張り出し、低い座面と不釣り合いを

起こした結果)、想定以上に前方の縦幅視野が狭いのにがっかりした後、別に

置いてあったものが、やや予算オーバーだったものの気に入ったので、その後に

予定していた他店訪問を中止して仮契約をしました。

その後、自宅に戻る途中で、現行車に突如トランスミッション異常が出るようになり、

2速からギヤが上がらない(少しエンジンを切って休ませると戻る)状態になって

しまいました。

 

 

画像右が現行車、画像左端が仮契約した車です。

ご対面の後に発生した致命的な不具合...。

PCや他の家電機器などでもありますね。新しいのが来た時点で急に不具合が出て

並存不可能になる事態が。

 

現行車のトランスミッションは先代と同じくCVT(無段階変速)なので、物理的に

ギアが上がらない訳ではないのでしょう。恐らくはエンジンブレーキ作動などのために

2速に落とすシフト位置のセンサーに異常があるのでした。

いつも車検に出している業者の電話での見解も同じでした。初代と同じく「トランス

ミッションの問題が出て手放すオーナーは多い」とのこと。

ちょっと考えさせられますが、中古で11年乗れたのでまあ充分お役御免かな、

とも考えました。

 

その後、そのエラーはどんどん頻発するようになったので、外装を修繕して息子夫婦

に名義変更しようかと考えていた計画も中止となり、あえなく廃車手続きをすることに

しました。

外装とトランスミッション入れ替えで恐らく50万円越えの修理費になるなら、中古で

その程度の価格のA170 は市場にありますから。

 

  

標高240メートルの高台中腹にある自宅では、まだ免許返上車無し生活は

考えていません。もう10年も経過すると、スーパーや飲食店のデリバリサービスも

広く拡充して、車の必要性が下がると良いなあとは考えますが、現時点ではその

標高がネックとなって、サービス圏外のものが多いのです。

 

翌日、3代目がやって来ました。3台目のメルセデスAです。

新車ではありません。A180 Sport 2017年式です。上掲の2016年式とは

マイナーチェンジでの仕様改善があります。

歴代、汚れが目立たないグレー/シルバー系の外装を選んで来ましたが、この

デザインには白が似合います。洗車の頻度を上げないといけないでしょう。

 

  

  

初代にもあった電動ルーフです。初代は金属ジャバラ開閉式でしたが、今回は

ワイドな水平駆動のスモークグラスルーフ(内側の布シールドも電動)で、この機構

の装着台数が少ないこともあり、予算やや超過でも決め手となりました。

 

背景の木々が映り込んで、奇妙な模様みたいになってしまってます。


 

初代、2代目よりかなり車高が低く、室内上部の圧迫感を軽減する効果は大きい

です。グラスルーフを実際に開放する頻度がどれだけあるかはさておき、布シールド

開放の効果は大きいと考えます。

 

世帯を持ってから、初めての車はホンダCity GG 特装車でした。
(標準車はバンパーとボディがツートーンカラーでしたが、これはモノトーンなのが

気に入ってました。)

   

  

これは新車でしたが、晩年、冬場にバッテリー上げが頻発して、(今は統廃合で消えた)

ホンダクリオ宝塚店スタッフから「冬場はよくあることなので、故障とは言えません。

交換バッテリを常備したほうがいい。」と勧められて、ボロの中古を買ったのではない

のにそんな勧め方があるのか、と半ばブチ切れ(若かったなあ)、メーカーを代えようと

考えた矢先、目に飛び込んで来たのが初代A160 でした。

1999年当時、まだ日本に入って来た頃で、新車しか選択がありませんでした。

 

  

そのCity GG もシャーシ剛性が高く、ジムカーナ競技者の間では垂涎の的だった

そうです。手放した後くらいに競技者だった知人から教えて貰いました。

 

それを含め、今まで3台を乗り潰して来たのでしたが、常にデザインの好み優先で

車種を選んだ弊害で、いずれも運転後、全身の疲労が酷かったです。

今度のA180 はその点、サイズ感が私にフィットしているのでしょう。実に軽快に

運転できて疲労も残りません。

 

初代A160 、2代目A170 Elegance とは全く違う車になっていました。

前2台はシャーシの上にカーペットがあって、座席がネジで固定されているだけの

シンプルな車という感じでしたが、今回はレーサータイプの座席形状による身体への

フィット感、座面の低さから強調される疾走感(うっかり制限速度以下で走ることが

多いです)など「人馬一体感」が物凄くあります。

運転席、助手席ともに座席調整結果を3人分、メモリ記憶出来、ボタンで調整結果

を呼び出し出来ます。ドアミラーの設定も連動します。

 

安全祈願に西宮成田山に行きました。

 

  

この新コロナ禍までは、鉄道やバスのあるところに自家用車を使うのは、自身が

余計な加害者や被害者になるリスクを付加するようなもので愚かしい、何より

目的地まで居眠りしながらでも進行するではないか(家族の運転に「超自動運転」

と称して同乗する程度)、という主義の私でしたが、状況は一変しました。

不摂生の人間から一方通行で感染リスクを押し付けられることを避ける意味

はかつて無いほど重要で、鉄道やバスがあっても、極力、自家用車を使うのが

是、という認識に変わりました。

もう1年4か月、所属会社からは完全な在宅勤務環境を与えて貰っており、

その上で年甲斐なくレジャーで感染する愚など、ベテラン社員のプライドを

保てない、という想いもあります。

 

自分で運転する頻度も上がることになり、そのリハビリにも恐らく手遅れの

手前限界の年齢ではあるのだという自覚もあって、衝突安全性能の高い

車種にしました。その意味でも初代A160 、2代目A170 Elegance とは

今回のA180 Sport は全く違う車だという印象です。

 

  

  

エントリクラスであるAには、Sクラスなど上級機種のようにメーカーが用意した

全ての上掲機能が実装されている訳ではありませんが、それでもそれらの

およそ8割方、物凄い種類の安全アシスト機能が実装しており、その設定や

選択の理解だけでもかなりの時間を要しました。

不完全な機能や不完全な理解・運用では却って事故を呼びかねない訳ですから。

過去には操作手順書をほとんど見たこともありませんでした。

逆に言えば、今までそんな機能がほとんど無い車に乗っていたのだ、という

事実に改めて驚かされたりします。

 

しかし...バンパーの中に衝突回避用のレーダーセンサーが複数(前後各4か所?)

を入れてあるのは、どのメーカーも今は同じなのでしょうが、ボディの別のどこかに

仕込んで貰いたかった感じはします。

懐かしの「刑事コロンボ」で見た「イタリア人の縦列駐車方法」(ぶつけながら車間を

前後に広げて割り込む)ほどは流石にやり過ぎではあるものの、バンパーって、

特に樹脂素材化された時代以降は、本来ちょっとぶつけても、大事にならないため

の衝撃吸収部品だった筈でしたが、今ではボディの中でかなり貴重な(破損交換が

高くつく)ものになってしまったようですね。

 

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

(2021/06/25 記)

 

少し前の話になりますが、2021/06/05 (土) の夕方、自宅ベランダから

薄暗くなった大阪平野上空に、異様にオレンジに輝く光がありました。

 

手元にあったTX55 で何枚か撮るものの、風景のコントラストが落ちる時間帯

だったためか、ピントがいまいち怪しい感じがしたので、自室に戻って、

ピントを手動補正できるNEX-5+E55-210mm を持ち出しましたが、その時には

もう光は消えていました。

 

TX55 で撮った何枚かのうちの、ましなものをシャープネス調整や輝度調整を

しましたが、何かの反射物が生駒山中腹にあっただけなのかもしれません。

 

  

実際に見えたのは、もっと均一でオレンジ色の発光体でした。

画像では周囲との輝度差もあって、かなり光源にムラがあるように写って

いますが。

不自然で空中に何かが浮いているかのように突出して見えました。

伊丹空港に向けてたまに画像左端から低い航空路で入って来る小型機が

ありますが、それが飛行しながら炎上でもしているのかと思ったほどでした。

そうでなければ、それほど慌てることもなかった筈です。

 

画像をレタッチして、再現してみました。

こんな感じでもっと輝度がありました。

  

   

Windows10 の修正パッチが何度か当たる間に、ずっと昔から使って来た

フリー版のAdobe Photoshop Elements 2.0 が頻繁にハングアップするように

なり、GIMP 2.10.12 を使っていますが、これが酷く使いにくい...。

昔はフリーの画像レタッチソフトは沢山あったじゃないか、とネットを探してみても

先日の動画編集ソフトの事情と同じく、やたらユーザ登録やらお試し期間限定

(やがて有償)などがあって煩わしく、結局、上掲画像のように範囲指定をして、

その間を色指定の塗りつぶしをかける程度の処理ができないものばかりで、

GIMP に戻って来ましたが、いまいちうまく使えません。

 

この調子では今年以降の惑星撮影の仕上げにも大きな影響が出そうです。

 

しかしあの妖光は何だったのでしょう。

周囲はもう日没状態でしたが、その発光体の高さにはまだ太陽光が残っていて、

窓か何かにそれが強く反射したのでしょうか。その高さの周囲も日没の輝度では

あったのでしたが....。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

(2021/06/08 記)

 

  

一旦、公開を差戻しした経緯もあって、ようやく今年の5月連休に一気制作した

「長い夢から覚めて」がBIG UP! と、その提携音楽配信サイトで

2021/06/07 (月) に公開となりました。

聞いていた最短公開日時より3日遅れでした。

 

まだ毎回のようには、BIG UP! から公開完了通知のメールは届いていないので、

この記事公開も少し待ちました。

音楽配信サイトの一部にはまだ公開未完了もあるのかもしれませんが

やがて公開となるでしょう。

 

1981年に作ったものの歌詞がうまく収まらなかったまま棚上げにしていた佳作と、

1989年ごろに別途、着想した最終部分で繰り返しフェードアウトする素材が

うまく1曲として収まるのではないか、と今年の初めに気づいたものの、

そのような着想経緯もあってか、いつものようにアレンジの細部まで最初から

頭の中で緻密に決められているような「お告げ」的な完全性が無い部分もあり、

そこの肉付けに過不足の案配がなかなか決められずに製作は苦吟しました。

 

5月連休が終わって一旦登録したものの、やはり一部に不足感があって、

公開差戻しをしたのも、そのような経緯があってのことでした。

 

そもそも製作開始時点では、1981年作の素材は40年近く、1989年の素材は

30年以上、私の頭の中で忘れては蘇っての繰り返しで、正直のところ、

昔にそれぞれを着想した時の感動も、新鮮味も全く無くなっており、これを制作の

俎上に今更挙げるのは、作曲家としての終活、つまりは「こんなものも着想した、

ということを世に遺すのも、自身の脳髄へたどり着いた素材への義理」という

感じで、それほど意欲にかられた衝動もありませんでした。

 

制作途上中の記事には、

 

> さて、創作に戻りますか.....。

> (そちらは進捗もなく、自身には題材の新鮮味もないのでまるで苦行の如し)

 

などとも記していました。それほど今回作には積極的な原動力が無く、あるのは

ただ義務感による奮い立たせのみでした。

 

しかし、一旦の公開差し戻しを経て、最終的に仕上がった「完成版」は、

頭の中からではなく、耳から客観的に鑑賞してみると、なかなか重厚壮大な作品

になったようで、そのことに自身が驚き、また少なからず感動と達成感を得ました。

頭の中でただ繰り返し鳴らしておくだけでもいいか、と思って来た過去30~40年

は創作者として間違っていたようです。

 

1989年の素材は1980年代の感性では無限繰り返しでフェードアウトに向いている

かな、と思っていましたが、現在の感性では全体を極力コンパクトに纏めることも

センスの見せ方であり、長さにおいて1981年の素材とのバランスをとりました。

なので、最後に纏めた4小節だけは、2021年に新規で作曲したことになりますか...。

 

逆に言えば、そういう全体設計も今回は頭に宿らなかったのでした。

公立学校の音楽の時間以外には専門教育も受けたことのない自身の裁量に

任されたのです。

それは作曲を始めた1971年夏以来、初めての体験でした。

(いや...正確には1971年着想の「天国の門」も一箇所だけ楽想が曖昧に切れていて、

その部分を含めた全貌が見えたのは、SY77 を使って制作に入った1993年の

ことでしたから、初めてではなかったのでしたが、私には極めて稀なことでした。)

   

   

今回、MOXF6 単体で音程・音長打ち込みを進める上で、最終的な音響に近い音を

それぞれMOXF6 内でアサインしていましたが、一向にイメージする音響に近づかず

大いに歯痒い思いをしました。最終的にデータの打ち込みが終わった後、D16 で

各パートを録音して行く段階で、KARMA や背景ノイズが目立つSY77 で長年作り

込んだ音色を移植したノイズレスなSY99 を使ってそれらのデータで駆動させることで、

一気にイメージ通りの音響に近づき、ようやく安堵できました。

 

重厚なストリングス、混声合唱、メロトロンフルートなどはMOXF6 にも近い音色

が豊富に内蔵されていますし、それを好みに編集調整することは可能です。

しかし、どうにも目的の音色、音響には近づかなかったのでした。

 

長年、作り込んで来た音響を多数蓄積しているとはいえ、SY99 やKARMA が

ほぼ無調整でMOXF6 の音色に置き換わったのは、楽器としての存在感の差

でしょうか。MOXF6 の音色はあくまで「キーボードの音色」であり、バンドサウンド

の中においても、キーボード担当の位置で鳴ることを期待している印象があり、

SY99 やKARMA は本物と置き換わるべく音場を含めての追究がある感じです。

しかし、一旦公開手続きをして、それを差戻ししてまで加えた、まさに最後の

「画竜点睛」は、MOXF6 の音色でした。

 

シンセサイザは音色合成装置であるにも関わらず、何故沢山の台数を必要と

するのか、音を合成するなら1台で賄えないのか、という命題への反証がここに

あります。(6畳の自室は狭くなる一方で、空間が広がることはありません。)

 

公開版は先の公開差し戻し版がネット上に残っている並存期間を配慮して

タイトルには「完成版」の文言を添えました。

 

Amazon Music、Spotify、Apple Music など国内外音楽配信サイトで

サブスクリプション契約をされているリスナーは、ぜひこちらから作品に

アクセスください。

 

 

それらの契約をされていない方々は、BIG UP! の作品公開ページから

試聴ください。現時点では特に試聴時間を制限していません。

サブスクリプション契約がもっと世間に浸透した時点で、BIG UP! での

試聴は45秒制限の、本来の「お試し」に戻そうと考えます。

(楽曲終了後、繰り返し再生の設定になっている場合があります。)

  

  

----

 

もし前作「旅路の果てに」をお聴きになっていない方々は、できればまず

そちらを先にお試しください。

 

サブスクリプション契約をされている方々用:

  

  

契約をされていない方々用:

(楽曲終了後、繰り返し再生の設定になっている場合があります。)

 

 

---

 

今回作が2素材の合わせ技で、その素材の1つには歌ものとして歌詞を

載せることを断念した過去の経緯からは、仕上がりは場当たりと妥協の産物

とも言え、前作「旅路の果てに」と連作であるという位置づけは、所詮、後付けの

説明に過ぎません。

 

が、結果的に前作「旅路の果てに」から意識しなかった路線変更というか、

作曲制作を始めて半世紀、ようやく個性と作風が定まった、というか

つながりを自身で感じています。

「旅路の果てに」制作の直前に、「Eclipse」「杏の花舞う その雪路の花びら」

「天国の門」など成果が豊作だった1993年作品群のデジタルリマスタ版を

制作したこと(作品へのURL は過去記事をご参照ください)も大いに影響が

あったのでしょう。

 

「旅路の果てに」「長い夢から覚めて」....それぞれ連作など意識せずに

イメージが固まった2曲でしたが、まるでタイトルまで、つながりのある

一つの文章に思えて来ます。

意図しない偶然の筈が、まるで必然のように思えるのでした。

 

そんな時、創作は「自分の愉しみや創造欲で突き進む作業」というよりは、

「何かの意思で従事させられている作業」だと、ほのかに感じます。

 

彫刻をする人が「木片から仏像を彫るのではなく、彫る前からその中に

仏像は居られ、それを発掘差し上げる」と心境を語られることがありますが、

今回作の着想時点と、仕上がりの大きなプラス方向の落差に、似たものを

実感しました。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

(2021/06/03 記)

 

自宅近隣には全国区で有名な中山寺や、元々同じ敷地内にあり、今は隣接の

市杵島姫(いちきしまひめ)神社(いずれも地図左方)がありますが、過去に

何度も記事にしており、このたびは天満神社と有高稲荷神社を訪ねました。

初参拝です。

 

 

天満神社です。一部画像はOSMO ActionのMP4動画からの切り出しのものがあります。

 

  

静止画像のメインはNEX-5+E20mm によるお手軽スナップです。

 

  

本殿の左脇に大きなご神木がありました。

 

  

少し東にある隣接の稲荷大明神にも参拝しました。

 

  

「行基の投げ石」とのことです。

「道を塞いでいたこの石を杖で投げ飛ばしたと伝えられる」とのことです。

  

   

  

そこから西にある有高稲荷神社を訪ねました。

 

  

  

  

長い鳥居列の階段と坂道を抜け、最後に小さな鳥居をくぐると、本殿もないシンプルな

お社だけがありました。

 

    

  

いずれの神社も全くの無人です。しかしいずれも清掃が行き届いている印象でした。

近隣に住宅街もあるのに、聞こえるのは風の音と耳元で聞こえるほど近い鶯の声

だけでした。こちらの気配に全く逃げず、お社を護っているかのような印象が

ありました。

 

人との接触がなく、気軽にささやかながら非日常な異質感を愉しめるのは、

この時節柄、ありがたいものです。

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

(2021/05/25 記)

  

春のバラが満開の時期となりました。

2021/05/11 (火)の職務終了後、伊丹バラ公園に行ってみました。

 

NEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm でポートレートレベル画像を堪能しようと

考えた訳でしたが、場所の雰囲気など全体を記録するには、ズームの広角端が

かなり不足していることを痛感させられました。

 

 

従来より標準画角を含むズーム倍率の幅が広くなったことで、カメラバッグに3台

のNEX を携行する必要は無くなったと考え、この日はNEX-6+Vario-Sonnar

35-135mm とNEX-5+E20mm を持って来ていました。

 

NEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm で収まりきらない状況説明用広角カットは

後者でカバーすればよい、と楽観していたのでした。

 

しかし実際はNEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm が重く大きく、それを取り出して

構えると、カメラバッグは軽くなりますが、追加でNEX-5+E20mm を出す気に

なれません。NEX-5+E20mm を出す前にNEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm

をカメラバッグに入れればよいのですが、なかなかそれが億劫であることを

実感しました。NEX を3台から2台に減らし、そのような入替も容易になった

と準備段階では考えていましたが、2機種の重量差、OSMO Action や眼鏡

などの邪魔が結構響き、かなり危なっかしい感じがするのでした。

 

結局、NEX-5+E20mm を出す気になれず、状況説明の広角画像は過去の

自分のブログから引用しました。(最初の2枚です。)

  

  

 

これが、 NEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm では後方に引いても広角端で

こんな状態です。TX55 の35mm銀塩カメラ画角相当で24mm に勝てる筈が

ありません。35mm は同様に換算して56mm 相当の画角ですから。

 

  

NEX-5+E20mm を併用できないなら、TX55 もポケットに入れているのですから、

それを使えばよかったです。地味な色相の復元など後処理の手間はありますが、

解像感に不足はないものですから。

 

  

NEXを3台、カメラバッグからとっかえひっかえ出来ていたのは、レンズが軽かった

からなのでした。そのことは実際に使うまで想定しませんでした。

 

NEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm でポートレートレベル画像です。

それ自体は申し分なく満足の写りです。写す動機が画像に残っています。

私は一般的に高評価であるPlanar 50mm よりこのレンズのほうが発色、階調、

被写界深度の厚み、いずれをとっても、より好みに近いです。

 

国産レンズでは旧ミノルタ(現ソニー)が平均して近い描写をしていましたが、

この曇天下では、かなり青やグレーに色転びするのではないでしょうか。

 

前世紀末、CONTAX AX にこのレンズをつけて散策撮影していた頃の満足度

が蘇ります。あの頃もこのレンズを通して見える世界の全てが美しいと感じた

ものでした。

 

  

  

  

  

  

  

  

   

   

広角端35mm は35mm銀塩フィルムサイズ画角では56mm です。

常用レンズとしては、もう少し広角にシフトしてあったほうが使いやすいでしょう。

しかしこの写りは他に代えがたいものがあります。

手持ちのPlanar 50mm やTessar 45mm では更に望遠寄りになりますし、

Vario-Sonnar 28-70mm では少し広角に寄れるものの、Vario-Sonnar 

35-135mm を持った今では、ポートレートレベル画像に物足らなさを

否めません。

 

 

 

NEX-6+Vario-Sonnar 35-135mm で撮り切れない状況説明カットはTX55 に

任せるよう割り切れば、カメラバッグも不要になります。

主にブログ掲載が目的なら、それで良いのかもしれません。

 

 

 

 

ご覧いただきありがとうございます。