商工会の紹介で、町内で野菜を作っている方と電話でお話しました。

印象深かったのは、
「業者と繋がってないとやる気出んよ。一生懸命ええもん作っても評価されへんし」という話。

農業をしている人には良くわかる話ですが、
どこにでもあるような野菜を普通に市場に出荷しても差別化は困難で、多少モノが良くても、ほとんど利益に反映されません。
はっきり言うと、「より良いモノを作る」というよりも「悪いモノ(格外品)を作らない」というネガティブな発想にしかなれない。

学校の勉強に例えると、
いくら努力しても席次が上がらない。だけど、赤点取ったら落第するので、まあ、仕方なしにやっているというような低空飛行のモチベーションです。

「額に汗してがんばって作っても売れない。儲からない」

この状況で労働意欲を上げるのは不可能です。もろにワーキングプアですしね。

ただ、これは逆に言うと、「モノが足りない! ちゃんとした値で買うからドンドン作ってくれ!」という状況を生み出せれば、
農家はすごく生き生きとしてくるということでもある。
(というか、それでがんばれないのはただの怠慢)

がんばればがんばっただけその努力が報われる(=評価される)。

これが資本主義を支えている根幹の『理想』です(もちろん現実とイコールではないですが)




現在、日本社会全体が成長余地のある分野を見つけられずに停滞している状態です。

そういう閉塞感のようなものは、未来への不安感を生み、「何やっても無駄だし、おもしろくもない」という精神的なデフレをも引き起こします。

精神的なデフレ。

つまり、自分の安売り。

がんばったのに就職できない、給料が上がらない、事業が立ち行かない、などなど。
必ずしも個人の能力に起因するものでない「失敗」を自分のせいだと思い込み、自信を喪失し、やる気を失い、とりあえず自分を安売りしてでもどこかに落ち着こうとする。

『高み』を目指すだけの情熱を打ち砕かれているから。

そこで、思いました。

うまくいっている、いっていないに関係なく、「情熱を夢を抱いて前に進む」「未来を切り拓く」「何があっても凹まない。立ち止まらない。現実と戦い続ける」という意志を、
これまで以上に大げさなくらいに前面に出しながら今後の事業を進めていこう、と。

じゃないと、この「どよーん」とした暗くて重苦しい空気を振り払えない。

自分たちの未来をどこまで嬉々として語れるのか?

田舎にすっこんでいるせいかも知れませんが、
目を輝かせて夢を語る誰かの姿を、最近は全然見ていないんですよね。




昔からやる気のない人間は大嫌いだったのですが、
最近は、やる気をなくした人間からやる気を引き出すような自分でなければならないと感じています。

むしろ、実務は全部人に任せて、システム設計と士気向上の部分で自分らしさを発揮しろという……

つまり、「今までにない新しいシステムで農作物をどんどん売っていくから、みんなは安心してガンガン畑で働いてくれ」というような。

どう考えても、そういう人種の絶対数がこの日本社会には少ないと思います。

その手の人間がウジャウジャいれば、その中から一人や二人、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズみたいなのが出てくるかも知れない。

負け犬根性や敗北主義からは何も生まれないので、
「俺たちの行く末にはこんな素晴らしい未来が待っているんだ」と力強く語ろう。

前世代夢見ていた「豊かな生活」は、とりあえずこういうものとして実現されています。
(テレビも、車も、何でもある)

だったら、次はどんな夢があるのか?

言葉にしてみれば、ただそれだけの話です。