■
秋が深まってくると、
店頭などで良く「水ナスいつまで売ってるん?」と訊かれるのですが、
いつも「ああ、台風で吹っ飛ばされるまでは売りますよ」と返しています。
で、昨日、見事に吹っ飛ばされて、強制終了になりました(笑)
キズだらけのものを売るわけにもいかないし、
新しい実ができるまで二週間以上かかるし(そのときにはすでに栽培限界)、
樹自体もかなりへたってきていたので思い切って片付けました。
台風が来なかったらあと●●万稼げたのにとか、しみったれたことは言いません。
天候に左右されるのは露地の宿命だし、
それが嫌なら何百万も投資してハウスでやれば良い。
そういうリスク回避のために挑戦している「多品種適量周年栽培」です。
そう、今年の私にはまだ蜜柑とサツマイモとシイタケがある!(笑)
とりあえず月別の労働力と収入を均質化して、
農地を合理的に運用して、
リスクを分散して、
生産の自由度とフレキシビリティを最大化したい。
商売がどうとか、売上がどうとか、そういう話ではなく、
自分の日常生活の満足度を高め、ストレスを極小化し、
歳をいくら喰っても「腐らない人間」でいるための「自衛戦略」です。
■
そんなこんなで、
昨日、日曜日は台風が最接近していたにも関わらず、
「明日(つまり今日)は、ぐちゃぐちゃになった畑の後片付け確定だぜ! ひゃっはー!」とか思いつつ、
中学生とマリオギャラクシーで遊びんでいました。
(あの強風豪雨でも事務所に来るとは中学生恐るべし……)
マロンケーキと交換条件で作ってもらったクッキーをつまみつつ、
大体、三分の一くらい(?)はクリアできたような。
受験生なので、次回からはぼちぼち勉強をさせないと……
10月は、今週友人の結婚式ついでに関東周辺で遊んで、
中旬に大学生の子たちと座談会をしつつ、
同時期に恒例の「やきいも大会」をやろうかと考えています。
去年は小学校で子どもたちを集めてやったのですが、
大学生も来てくれるっぽいし、中学生も呼ぶつもりなので、やるならにぎやかにしたいものです。
そろそろこのムラの「裏番長」として暗躍するときがきたのかも知れない(笑)
■
このところ良く語っている理論的な話とか、
今、自分がやっている実践的な事柄(農業や、地域教育や、へんちくりんなネットワーキングなど)とか、
このブログでは一切語っていない方面でのあれやこれやとか、
諸々の自分の「守備範囲」を全部ひっくるめて、
その集大成的なものを打ちだしたいと、この頃良く考えます。
まだ、自分の頭の中で整理がついていないことなのですが、
(やっていることや、思考の及ぶ範囲がアホみたいに統一性がなく幅広いので、なかなかまとまらない……)
そう遠くはない未来、何か自画自賛のすごくおもしろいアイデアが生まれそうな、そんな不思議な気分です。
自分自身や現実社会という柵から「自由の身」となり、純粋に社会活動や人生を楽しめるようになり、
宇宙の成り立ちから人間のあらゆる営為に至るまで、それを解明しようとするあらゆる知の体系を総覧し、
「この世界とは何か?」「人間の歴史とはどこに向かうのか?」について、自分なりの確固たる「理解と論理」を有し、
頭で思いついたことをすぐにでも実行・実現するだけの現実的な行動力と計画性がある。
この条件が揃っているにも関わらず自己満足以上の何も生み出せないのなら、
この世界自体、詐欺以外の何物でもない(笑)
学生諸君との座談会でも話していたことですが、
「なぜ哺乳類、特に大脳が発達した現世人類が、他の種に優越して地上を支配することができたのか?」
「なぜ西洋的価値観(キリスト教的世界観とか、合理主義、資本主義等々)がその他世界の価値観を駆逐できたのか?」
「なぜ、A自動車メーカーはグローバル企業としての地位を築けたにも関わらず、B車は没落したのか?」
という「存在優位性」を解明する「圧倒的な理論」が欲しいところです。
それはもちろん、「結果論」を語る陳腐な評論ではないです。
今後数百年、数千年と人類の歴史が続こうとも、
その中で風化し、消え去ることなく、自己進化しつつ存続できる「何か」を今ここで生み出そうと構想したとき、
その設計思想の根幹をなす新たな理論です。
それはこの世界(宇宙)がはじまって以来、今われわれがこうしている瞬間に至るまで、
常に問いかけられるべき問題だったはずです。
この世界に存在したもの、存在しているものは、一体何を「求めさせられてきた(いる)」のか?
物質も、生命も、過去から未来へと続く時間軸の中で絶えず変化を続けている。
では、その変化を強いられる理由と動機とは何なのか?
そして、時間に存在を奪われることなく自己を存続させられる条件とは何なのか?
それに対する十分な論理と実践を打ち立てられれば、
もう一段階、自分自身が高いステージ上がれるような、そんな予感に心躍らせる今日この頃です。
秋が深まってくると、
店頭などで良く「水ナスいつまで売ってるん?」と訊かれるのですが、
いつも「ああ、台風で吹っ飛ばされるまでは売りますよ」と返しています。
で、昨日、見事に吹っ飛ばされて、強制終了になりました(笑)
キズだらけのものを売るわけにもいかないし、
新しい実ができるまで二週間以上かかるし(そのときにはすでに栽培限界)、
樹自体もかなりへたってきていたので思い切って片付けました。
台風が来なかったらあと●●万稼げたのにとか、しみったれたことは言いません。
天候に左右されるのは露地の宿命だし、
それが嫌なら何百万も投資してハウスでやれば良い。
そういうリスク回避のために挑戦している「多品種適量周年栽培」です。
そう、今年の私にはまだ蜜柑とサツマイモとシイタケがある!(笑)
とりあえず月別の労働力と収入を均質化して、
農地を合理的に運用して、
リスクを分散して、
生産の自由度とフレキシビリティを最大化したい。
商売がどうとか、売上がどうとか、そういう話ではなく、
自分の日常生活の満足度を高め、ストレスを極小化し、
歳をいくら喰っても「腐らない人間」でいるための「自衛戦略」です。
■
そんなこんなで、
昨日、日曜日は台風が最接近していたにも関わらず、
「明日(つまり今日)は、ぐちゃぐちゃになった畑の後片付け確定だぜ! ひゃっはー!」とか思いつつ、
中学生とマリオギャラクシーで遊びんでいました。
(あの強風豪雨でも事務所に来るとは中学生恐るべし……)
マロンケーキと交換条件で作ってもらったクッキーをつまみつつ、
大体、三分の一くらい(?)はクリアできたような。
受験生なので、次回からはぼちぼち勉強をさせないと……
10月は、今週友人の結婚式ついでに関東周辺で遊んで、
中旬に大学生の子たちと座談会をしつつ、
同時期に恒例の「やきいも大会」をやろうかと考えています。
去年は小学校で子どもたちを集めてやったのですが、
大学生も来てくれるっぽいし、中学生も呼ぶつもりなので、やるならにぎやかにしたいものです。
そろそろこのムラの「裏番長」として暗躍するときがきたのかも知れない(笑)
■
このところ良く語っている理論的な話とか、
今、自分がやっている実践的な事柄(農業や、地域教育や、へんちくりんなネットワーキングなど)とか、
このブログでは一切語っていない方面でのあれやこれやとか、
諸々の自分の「守備範囲」を全部ひっくるめて、
その集大成的なものを打ちだしたいと、この頃良く考えます。
まだ、自分の頭の中で整理がついていないことなのですが、
(やっていることや、思考の及ぶ範囲がアホみたいに統一性がなく幅広いので、なかなかまとまらない……)
そう遠くはない未来、何か自画自賛のすごくおもしろいアイデアが生まれそうな、そんな不思議な気分です。
自分自身や現実社会という柵から「自由の身」となり、純粋に社会活動や人生を楽しめるようになり、
宇宙の成り立ちから人間のあらゆる営為に至るまで、それを解明しようとするあらゆる知の体系を総覧し、
「この世界とは何か?」「人間の歴史とはどこに向かうのか?」について、自分なりの確固たる「理解と論理」を有し、
頭で思いついたことをすぐにでも実行・実現するだけの現実的な行動力と計画性がある。
この条件が揃っているにも関わらず自己満足以上の何も生み出せないのなら、
この世界自体、詐欺以外の何物でもない(笑)
学生諸君との座談会でも話していたことですが、
「なぜ哺乳類、特に大脳が発達した現世人類が、他の種に優越して地上を支配することができたのか?」
「なぜ西洋的価値観(キリスト教的世界観とか、合理主義、資本主義等々)がその他世界の価値観を駆逐できたのか?」
「なぜ、A自動車メーカーはグローバル企業としての地位を築けたにも関わらず、B車は没落したのか?」
という「存在優位性」を解明する「圧倒的な理論」が欲しいところです。
それはもちろん、「結果論」を語る陳腐な評論ではないです。
今後数百年、数千年と人類の歴史が続こうとも、
その中で風化し、消え去ることなく、自己進化しつつ存続できる「何か」を今ここで生み出そうと構想したとき、
その設計思想の根幹をなす新たな理論です。
それはこの世界(宇宙)がはじまって以来、今われわれがこうしている瞬間に至るまで、
常に問いかけられるべき問題だったはずです。
この世界に存在したもの、存在しているものは、一体何を「求めさせられてきた(いる)」のか?
物質も、生命も、過去から未来へと続く時間軸の中で絶えず変化を続けている。
では、その変化を強いられる理由と動機とは何なのか?
そして、時間に存在を奪われることなく自己を存続させられる条件とは何なのか?
それに対する十分な論理と実践を打ち立てられれば、
もう一段階、自分自身が高いステージ上がれるような、そんな予感に心躍らせる今日この頃です。