今更ですが、YouTubeって無料なのに、本当にいろんなコンテンツが観れてすごいですよね!20年ぐらい前までTitiはIT業界の片隅にいたので、始めはYouTubeの会社は毎週2台ずつだったかな?業界内最大級のデータストレージを増築し続けている、などと聞いて、金額のほうに驚愕していましたが (^^;)
今や生活の一部です。特にTitiはブラウン管テレビを廃棄後、テレビを持っていないので、毎朝決まったチャンネルを観るのがルーティーンとなっています。で、こないだよく観るYouTuberの動画の内容が、アメリカ人がつく「嘘」というか、言葉通りの意味ではないこと(社交辞令や挨拶程度に言うこと、大袈裟な表現、皮肉など)を紹介する内容でした。
よく言われるのは、日本人は本音と建て前があって真意がわかりづらく、アメリカ人はストレートに物事を伝える、ということ。でもその動画では、アメリカ人だって相手に配慮しますよ、社交辞令だって言いますよ、むしろ、日本人と共通することが多くて、違うことを探すほうが難しかった、と言っていました。
例えば、 I like your shirt!みたいなこと。目についたものを挨拶程度に褒めているだけだったり、We should grab coffee sometimes! は、日本での「今度お茶しましょうね。」に似ていて、言うだけで約束はほぼしない。何かを聞いて、Interesting. と言うのは「変なの。」と思っているときに使う場合も多かったり。もう100万回聞いた!みたいな表現もしますし、1分待ってが、絶対1分じゃないのも同じです。
私もアメリカで暮らしてみて、人としての感覚に、大きな違いは感じませんでした。誰だって、他人とぶつかり合うことは避けたいし、出来ればいい雰囲気で時間を過ごしたい。違うのは土壌というか、土台というか。日本人は、全体的に他人との共通項が多いので、言わなくてもわかっている(はずの)部分が多く、言語、非言語で伝える情報が少なくて済むだけなのではないかと思っています。ところが共通項が少ない海外の人からすると、それは理解が難しく、なんで日本人同士はわかるの?となる。
逆にアメリカでは、他人との共通項が少ないので、伝える情報量が多くなり、日本人からすると、よくしゃべる、ストレートに言う、オーバーなリアクションなどの印象を受けるような気がします。でも、つまり伝えたいことの前提は、どちらも「私はあなたの敵ではありませんよ。友好的に行きましょう。」なので、そう考えると似た表現が多いことも、そんなに不思議ではないですよね。
ただ、アメリカのほうが、より社交性を求められる気はしています。友人ではなくても、ちょっとした知り合いや顔見知りに対しても、社交的に振る舞うことが良しとされているし、人として評価される。夫の友人宅へは夫婦で行くし、ティーンの子ども達も、ボーイフレンドやガールフレンドを家に連れてきて、親や家族に会わせたり。初対面でもとてもフレンドリーな挨拶をして、お互い会話が途切れないようにします。
人見知りの人にはキツいですよね~。いや、でもちょっと待って。確かにTitiは、今や人見知りではありませんが、知らない人に声をかけたり、場にいる人みんなが入れそうな話題を探して振ったりするのが大変なわけではないです。これも訓練と経験で、そうなっただけ。
アメリカの子達は、日本の子達より、社交的であることのプレッシャーが大きいので、ある程度の年齢になると、Shyな子が少ないです。大人とも普通に話しますし、日本人から見ると、大人びて見えます。片や、日本では子どもまたは大人になっても人見知りが許される。
まあ、人見知りの人がいても、Titiはあまり気にしないですし、自分が人見知りでないぶん、少し頑張ればいいだけと思っています。ただ、他の人がいるのに、一部の人が自分達だけがわかる話題で盛り上がってる状態は苦手。友人にはすごく仲良さそうに振る舞うけど、知人や初対面の人には無愛想だったり、まるで存在しないかのような無関心な態度は、未熟に見えてしまいます…。そして残念ながら、日本のほうがよく見る気が…。
そこは偽善的でも、社交辞令でも、アメリカ人達の振る舞いのほうが、Titiの価値観に合っているし、好きなんですよね。アメリカ人だって、人としてはあまり変わらない。面倒だし、疲れるはず。でも、クラスメイトだったり、隣の住人だったり、職場の人だったり、単なる知人にも、とてもフレンドリーな雰囲気で接してくれます。場の雰囲気を良くする気配りで、にこやかに明るく、楽しく振る舞うアメリカ人達が、本当に好きです。そして、アメリカ人だってめっちゃ気を使ってるんだ!と言ってくれるYouTuberさん、面白おかしく、正直に教えてくれてありがとう![]()