いきなりですが、バベルの塔をご存じでしょうか。私は聖書を学ぶ機会があった時に、初めて知りました。ちなみに、私はクリスチャンではありません。アメリカにいた時も、たまに英語の勉強と英語文化の背景を学ぶ目的で、Bible Studyに参加させてもらったりしていましたが、その時は新約聖書を読んでおり、バベルの塔については知らなかったのでした。日本に帰ってきて、旧約聖書を読んだのがお初です。
ざっと説明すると、人間たちは神を敬う気持ちより、自分達の名を上げるために天にも届く塔を建て始めた。そこで、神は彼らが使う言語をバラバラにした。そして人間たちは、コミュニケーションが取れなくなり、作業が困難になって、結局いろんな地に散って行った、というお話です。バベルの塔はその塔を指します。
聖書によれば、今現在も我々が言葉の壁に苦しむのは、身から出た錆ということですね。ああ、祖先がちゃんと神に従っていれば、英語のお勉強しなくてよかったのにな~と恨むかどうかは置いておいて、そこに書かれている言語の力には真実味がありますよね。
同じ言語でコミュニケーションが取れる安心感は、海外に行ったことがある人なら痛感しているかと思います。言葉が通じない不安、フラストレーション、さらには猜疑心が沸いてきます。バベルの塔を建てていた人間達も、仲が悪くなって、言語が同じ人達で分かれて、バラバラに散ったのだろうな、と。私の考えでは、差別や偏見って、グループ化して見てしまうときに起こると思っていて、例えば「男(女)って」とか「年寄り(若者)は」とか「〇〇人だから」とか、でも話をして個人を知ると、自分の思い違いだったことに気が付けます。単に知らないが故に勝手に警戒したり疑ったり、遠ざけているだけ。ところが、そもそも話が出来ないとなると、信頼関係を結ぶすべが奪われてしまうのです。
また、一つの言語しか知らなくて、その言語が巧みに情報操作をされているとしたら。私達が受ける情報は、言葉の上に成り立つもの。偏った情報を受けることで、不要に不安や怒りを煽られたり、それによって自分も間違った言動をしたり、他の人を攻撃したり。知らずに誰かの思惑に踊らされている可能性はないでしょうか。例えばマスメディアや、あのデマや、あの国のように?
逆に言語の壁を乗り越えられれば、私達は広い視野を持ち、大きな仕事が成し遂げられるということです。現在、実質的な世界共通言語は、英語。ネイティブより非ネイティブの人口が多いので、そんなに複雑怪奇な単語や文法は必要ありません。シンプルな単語や文で、意図が伝えられればよいのです。敵だと思っていた人達が、実は仲間だったと分かるかもしれません。自分がまったく知らなかった視点に気づけるかもしれません。そんな英語の力、手に入れたくありませんか?
残念ながら、神頼みでは、得るのが難しい力かと思います。残念ながら、AIの同時通訳が当たり前になるのも、まだ何年もかかるでしょう。まずは、ENGSpaceに来て、なぜ話せるようになるのかを確認してみませんか。結局これが言いたかった!
プライベートレッスンは、随時募集中。小学生のグループレッスンも若干名募集中です(^^)
