日本に英会話学校が誕生したのは今から考えると画期的なできごとであったにちがいありません。
というのも英会話なんていう造語は日本語会話という造語と同じくらいネイティブには発想できない産物であったからです。
日本語ネイティブが日本語会話という造語を実際に使っている場面に遭遇したことは特殊なケース以外ではありえないはず。
特殊なケースとは外国人を対象とした場合のみに限定されるということであろうかと。
同様に英会話という造語もネイティブが使用するのは外国人を対象にした場合のみになります。
そして日本語会話にしても英会話にしても「響きはいいけれどその中身は?」という不思議な造語なのです。
にもかかわらず学習者たちを引き付けてしまうパワーがあるすごい造語なわけでまさに「英会話は造語の天才によって産まれたモンスター」と言っていいでしょう。
しかし教える立場にあるネイティブ教師にとっては「その中身がクリアーではないもの」に取り組むことになるのでものごとを深く考える傾向のひとには実に不可解な気持ちになるのではと。
なぜなら英会話とはどれほど掘り下げても「英語で話す」「英語で会話する」という到達点のほかには行き着きようがないでしょうから。
それでも「会話的なスキル」とは「会話的な英語」と置き換えて口語表現にフォーカスしたりしてベストな対応をしているネイティブの先生も多いです。
もしあなたが英会話に通っていたらネイティブの先生に聞いてみてください。「英会話ってけっきょくどういう意味ですか?」と。
真面目な先生ほどきっと一生懸命に答えてくれると思います^^
でもぶっちゃけそれって4つの英語スキルのスピーキングってことになるのではという無粋な追い討ちはやめておきましょう。
で、「英語で話す」に比べて「英会話」はいかにも響きがよく生徒さんを募集するにはどうしても「英会話」になってしまうわけです。
日本で英会話学校を展開することになったら私もきっと「英会話」という造語を使います。
そのときはもちろん中身をクリアーした形でということになりますが、その実現はポストオリンピックになるでしょう。
しかも学校ではなくスタッフ全員がネイティブやバイリンガルなEnglish Only Cafeという英会話喫茶とは似て非なる形態のものになるかと^^
ということで日本語を書けても話すのがどんどんしんどくなっている最近の私による英会話考察でした。
読んでいただいてありがとうございます。それではまた!