アメリカでも日本でも同様だと思いますが、
親はどうしても自分たちの子供に対して、将来の進路を限定しようとしてしまう傾向があるように思います。![]()
というか私自身がそうなのですが、
親としては、これまでの人生経験でわかった「最善と思える進路」を、子供に進ませようとしてしまいがちです。
もちろん、それが一番子供のためになると思うからやっているわけですが、
子供の側からしてみれば、「そんな人生を歩みたくない」と思うような場合もしばしばかと思います。![]()
例えばうちの場合、
うちの子は日本をこよなく愛する日本人であり、将来は日本で働きたいと考えていますが、それでもすでに7年近くアメリカに住んでいます。
そんなうちの子にとって、我々親として 彼のために考えうる理想的な進路としては、
Aコース:
アメリカの高校を無難に卒業して、アメリカの大学に入り、そして日本で就職活動をする
(こちらの大学の方が、大学としてのランキングが高い傾向にあるため有利になりやすい)
Bコース:
アメリカの高校を無難に卒業して、帰国子女枠で推薦で日本の大学に入る
(大学の一般入試を受けなくとも偏差値の高い大学に入れる可能性が高い)
Cコース:
そこそこの日本の高校に入れるように受験勉強をして、来年晴れて日本の高校に合格する
といったような進路が有利であると考え、その中から好きな道を選んで頑張るように支援してきました。
しかしそれは、我々親の世代の感覚での「有利な進路」であり、将来それが本当に「有利」かも分かりませんし、
ましてや子供が自分の意志でその道を進みたいと強く思わない限り、
残念ながら我々親の支援など、実は何の役にも立っていない可能性が高い(下手をすれば邪魔以外の何物でもない)というのが現実かと思います![]()
・・振り返って考えてみれば、自分自身が中高生だったころ、親の勧める・親の望む進路を完全否定していました![]()
うちの親は、昭和初期の世代の人たちでかつ田舎を出たことのない状況でしたから、
親の考える、私向けの最も恵まれた人生というのは、
1.実家で2世帯で暮らすこと
(父親が定年までのローンを組んで手に入れた田舎の一戸建てを相続すれば、住むところを心配する必要はなくなると親は考えていました)
2.高校を卒業したらすぐに、家から通える工場などに就職して定年まで働き、安定した生活を送ること
3.早めにお見合いでお嫁さんをもらって、子宝に恵まれること
・・それが、親の望んだ私の人生でした。
確かに昭和初期の、私の地元の〇〇郡の中だけで生きていく前提で考えれば、それが当時の最も安定した人生だったのだと思います。
ちなみにその頃は、私の地元の田舎では 大学に行く人は少数派でした。増してや、家から通えない都内などの大学に行かせるとなると、毎月の仕送りと学費が当時のうちの親の収入よりも高くつくと想像していたようです。
それで当時の私は、もちろん明確な人生設計があったわけでも、確実に成功する確信があったわけでもありませんし、
親に対して自分の進みたい進路を具体的に説明できるだけの情報も説得力も持っていませんでしたが、
とにかく、上記の「親の考える理想的な人生」にはどうしても抵抗がありました
。
そして高校卒業後、なんの人生設計もないまま上京して 新聞配達をしながら専門学校に通い始めた頃は、
親の目から見たら、いや、おそらく誰の目から見ても、「この子、将来どうなってしまうんだろう
」と思われていたはずです。![]()
それでも結果的には、素晴らしい人生を歩むことができたと思っています。
少なくとも、親の勧める通りの進路を歩んでいたら 絶対に来られなかった(でも来てみたかった)世界にくることができたと思います。
・・そうですね、私は親の言うことを聞かなかったし
、親の勧める人生を歩みませんでしたが![]()
、
結果的には(天国の両親には申し訳ないですが)親の描いてくれた人生以上の人生を歩むことができたと思っています。![]()
・・そして今、親の立場になって私はいつの間にかうちの子に対して「確実な進路」を押し付けようとしているということに気が付きました![]()
今の私はうちの子の内面と向き合う前に「リスクの少ない効率のいい生き方」を押し付けようとしていたのです![]()
これはちょうど、私の親が、中高生だったころの私に対して 実家で一生暮らすことを前提にしていた状況と同じです![]()
![]()
もっと冷静に長期的に考えれば、
うちの子が本格的に社会で働くころ、「日英バイリンガル」なんてプラスにならない時代になっているかも知れませんし、
偏差値の高い大学を卒業してもそれ自体は評価対象にならない時代になっているかも知れません。
(すでにそういう兆候はあるかと思います)
なので、もっと子供の内面を理解して、親として本当に意味のある対応とはどういうものなのかをもっと考えていきたいと思います。
たぶん、もっともっと、子供の話を、心の声を、 聴く努力が必要なのだと思います。
私は自分の話したい話を話しすぎる傾向にあるので
、そこはもっと抑えないといけないでしょうね。