25年前に、前の会社に入社した時の仕事は一口で言うと「開発中の製品のBugを報告すること」でした。
毎日、千人単位の人数の開発者が持ち寄ったコードが全部まとめてビルドされて、試作版の製品ができるわけですが、
それに対してテストシナリオをかけて問題が生じたらその問題をBugとして報告するのが私の仕事で、
そのBugの修正にはアメリカ本社の開発者たちが複数人かかわることが普通でした。![]()
・・一人一人の開発者が自分で作ったコードを単体テストした時にはうまくいっていたのに、全員のコードを合わせてビルドして総合的にテストすると問題が生じる、というのはよくあることだからです![]()
すると、その私の報告した(新規に作成した)Bug のレコードのコメント欄には、多くの開発者たちが 「こうやって直したらどうだ」「ああやって直したらどうだ」といった感じで長い話し合いが記録されていき、
そして最終的にその修正を施した人(か もしくは担当PM)が、そのBugのレコードの状態を「Resolved as fixed(修正して解決した)」に変更します。
そしてそれを受けて、私(そのBugを報告した人)が翌日以降にビルドされた新しい試作版で検証し、直っていたらそのBugを閉じる、という作業を延々と繰り返していました。

・・Bugを報告する側だったあの頃、「BugをResolved as fixed(修正して解決する)にする人って、なんとカッコイイのだろう!
」と思っていました。

そもそも英語だけで完結する世界を知らなかった私は、そのBugのレコードのコメント欄の中で英語でああだこうだと話し合われて説明されている様子を見るだけでも すごいことだと思っていました![]()
ましてや、英語で話し合った結果を踏まえて 巨大な製品の超複雑な開発コードを変更してBugを解決するなど、もはや神の領域にさえ思えていました![]()
なので、25年前の私の夢は、Bugを報告する仕事ではなく、Bugを「Resolved as fixed(修正して解決)」にする人になる、ということでした
。
ただ、その会社の製品開発は25年前の当時から、日本ではほとんど行われておらず、アメリカ本社でのみ行われていたため、その夢をかなえるにはそもそもアメリカ本社に入らなければできない、という状況ではありました
。

・・あれから25年、今はベンダー社員ではありますが
、ほとんど毎日Bugやインシデント等を「Resolved as fixed」にしています。コードの修正は少ないですが![]()

ただ今度は、対応するBugやインシデント(障害)の数が多すぎて、ひどいと一日に数十個ものBugを Resolved as fixed にする作業に明け暮れており、
最近では「Bugを報告していれば仕事になった25年前が懐かしい。。」とさえ思えてしまいます![]()
きっと、25年前、私がカッコイイと思った開発者たちが対応していたBugの数はそれ以上に膨大で、私が報告したBugなどその中のほんの些細な一つに過ぎなかったのだろうと思います。
・・何というか、確かにBugをResolved as fixedにする人になるという遠い夢は叶ったけれど、
あの頃カッコイイと思った開発者たちとはまるでレベルの違う、はるかに低いレベルでもがいている状況なのだと思います。
まだ 夢の途中・・といったところでしょうか。