民主主義をレイプするのは誰か?
大分旧聞に属しますが、思いついたとき書けなかったので今更ながら書きました。状況は変わっていないというか残念ながら悪化しているような気もしますが。
漠然とだが、昔はこんな風に考えていた。
右翼:民族主義
左翼:リベラル(自由主義)
どうしてこう思っていたのかはよく分からないが、とりあえずこんなイメージ。で、今の総理大臣は元社民連で、朝日新聞は左翼の新聞というイメージがある。いや、別に朝日新聞がそう名乗っているかは分からないので朝日新聞(か左翼の人)には迷惑かもしれませんが。
なので、とりあえず以下の左翼をサヨクと呼称することにする。あまりリベラルとは思えないので。
菅総理は「支持率1%でも辞めない」とおっしゃった そうだ。無論、法的にやめる必要性は何処にもない。内閣不信任案が可決されでもしない限り、内閣総理大臣は自らの意思に反して辞める必要はない。
ところで、民主主義とは何だろうか?この国は民主主義国家と思っていたのだが。
要するに、「辞める必要のない」という話は法の運用の問題で、民主主義国家である我が国の法の精神は「支持の無い為政者は辞めるべきだ」というものだと思う。社会状況など現実社会はいろいろ複雑怪奇だから、一概に辞めるべきと規定しないだけで本当に支持率1%になっても居座るバカが総理大臣になることは無いという想定で法が規定されているのだろう。数ヶ月前に言い訳ではやった「想定外の事態」が今まさに起きつつあるようだ。
これは法を批難する気にはならない。明らかにそのような人間を選んだ国会議員が悪いし、そんな国会議員を選んだ私たちが(間接的に)間違っていた。
法の子細と法の精神のどちらを大事にするかはあくまで個人の良心に委ねられるが、私は法の精神を大事にする政治家を推したい。理由はかんたんで、政治家とは法を作成する者である。法の子細は彼ら(我が国においては実際には官僚)によって作られる。法の精神より法の子細にこだわるような政治家は法の精神を作り上げることなどできないだろう。法の精神(とそれが必要な状況)があって法が必要なのであって、法の子細から法の精神ができあがるものでは無いと考えるからである。
別稿(時効の話) でも似たようなことを述べたと思うが、法は私たちのためにあるのであって、私たちが法のためにあるのでは無い。
支持率1%でも辞めないサヨク政治家は法の精神を理解できないので法を作成する立場にふさわしくない。
そしてサヨク政治家は民主主義が嫌いなようだ。というより憎んでいるように見える。支持率1%の話を聞いたときに、「これは民主主義に対するヘイトスピーチだ」と感じた。彼らは法を盾にすることが上手であるが、法を尊重していない。(別稿 )
君が代条例「100%の民意でない」 府教育委員が懸念 by 朝日新聞
初めに断っておくと私はこの条例には反対である。何しろ私は「自由万歳」主義者なので、ごちゃごちゃ規定されることが嫌いだ。規則は少ないほどいいと考えているからだ。
が、それにしてもこの記事は無いだろう。
原則として100%の民意など、(規模のある程度大きな)人間社会にありはしない。ちっぽけな委員会で委員に根回しして全員一致で決まることはあるだろうが、そんなものは100%の民意では無い。ただの多数決の一形態だ。
私の知る限り、大きな規模で100%の一致を見る投票は旧ソビエトか北朝鮮ぐらいだ(たしか、サダムフセインのイラクですら98%程度だったと記憶している)。もう分かっているように、100%の一致があるところには100%どころか民意すら存在しない。要するに100%の一致を求めることは美しい(か、偽善者だ)が、実際に存在などしないものだ。まじめに報道するに値しない。こんなものを記事にする朝日新聞はやはりサヨクの新聞なのだろうな、と思う。
左翼が本当にリベラルであるならば、100%の一致を求めても、それを現実世界に適用しようなどとは考えないものだ。本当の自由主義者は100%の民意など信用しない。それは自分で無ければ他者の自由を阻害して生まれたものだ。意見の一致が自らの意思に沿うものであれば、それは反対意見の自由を阻害したものだ。それが良いなどと自由主義者は決して言わない。だから彼らをサヨクと呼ぼう。
まとめ
サヨクは自分の自由は謳うが他人の自由は拒否する。
サヨクは法の子細を盾にとるが法の精神はないがしろにする。
追記
左翼:急進派、社会主義、共産主義などの立場 (by広辞苑)
自由主義なんて何処にも書いていない。社会主義も共産主義も全体主義と大差ない(というか、全体主義の一形態だろう)。私が単に誤解していただけだった。
漠然とだが、昔はこんな風に考えていた。
右翼:民族主義
左翼:リベラル(自由主義)
どうしてこう思っていたのかはよく分からないが、とりあえずこんなイメージ。で、今の総理大臣は元社民連で、朝日新聞は左翼の新聞というイメージがある。いや、別に朝日新聞がそう名乗っているかは分からないので朝日新聞(か左翼の人)には迷惑かもしれませんが。
なので、とりあえず以下の左翼をサヨクと呼称することにする。あまりリベラルとは思えないので。
菅総理は「支持率1%でも辞めない」とおっしゃった そうだ。無論、法的にやめる必要性は何処にもない。内閣不信任案が可決されでもしない限り、内閣総理大臣は自らの意思に反して辞める必要はない。
ところで、民主主義とは何だろうか?この国は民主主義国家と思っていたのだが。
要するに、「辞める必要のない」という話は法の運用の問題で、民主主義国家である我が国の法の精神は「支持の無い為政者は辞めるべきだ」というものだと思う。社会状況など現実社会はいろいろ複雑怪奇だから、一概に辞めるべきと規定しないだけで本当に支持率1%になっても居座るバカが総理大臣になることは無いという想定で法が規定されているのだろう。数ヶ月前に言い訳ではやった「想定外の事態」が今まさに起きつつあるようだ。
これは法を批難する気にはならない。明らかにそのような人間を選んだ国会議員が悪いし、そんな国会議員を選んだ私たちが(間接的に)間違っていた。
法の子細と法の精神のどちらを大事にするかはあくまで個人の良心に委ねられるが、私は法の精神を大事にする政治家を推したい。理由はかんたんで、政治家とは法を作成する者である。法の子細は彼ら(我が国においては実際には官僚)によって作られる。法の精神より法の子細にこだわるような政治家は法の精神を作り上げることなどできないだろう。法の精神(とそれが必要な状況)があって法が必要なのであって、法の子細から法の精神ができあがるものでは無いと考えるからである。
別稿(時効の話) でも似たようなことを述べたと思うが、法は私たちのためにあるのであって、私たちが法のためにあるのでは無い。
支持率1%でも辞めないサヨク政治家は法の精神を理解できないので法を作成する立場にふさわしくない。
そしてサヨク政治家は民主主義が嫌いなようだ。というより憎んでいるように見える。支持率1%の話を聞いたときに、「これは民主主義に対するヘイトスピーチだ」と感じた。彼らは法を盾にすることが上手であるが、法を尊重していない。(別稿 )
君が代条例「100%の民意でない」 府教育委員が懸念 by 朝日新聞
初めに断っておくと私はこの条例には反対である。何しろ私は「自由万歳」主義者なので、ごちゃごちゃ規定されることが嫌いだ。規則は少ないほどいいと考えているからだ。
が、それにしてもこの記事は無いだろう。
原則として100%の民意など、(規模のある程度大きな)人間社会にありはしない。ちっぽけな委員会で委員に根回しして全員一致で決まることはあるだろうが、そんなものは100%の民意では無い。ただの多数決の一形態だ。
私の知る限り、大きな規模で100%の一致を見る投票は旧ソビエトか北朝鮮ぐらいだ(たしか、サダムフセインのイラクですら98%程度だったと記憶している)。もう分かっているように、100%の一致があるところには100%どころか民意すら存在しない。要するに100%の一致を求めることは美しい(か、偽善者だ)が、実際に存在などしないものだ。まじめに報道するに値しない。こんなものを記事にする朝日新聞はやはりサヨクの新聞なのだろうな、と思う。
左翼が本当にリベラルであるならば、100%の一致を求めても、それを現実世界に適用しようなどとは考えないものだ。本当の自由主義者は100%の民意など信用しない。それは自分で無ければ他者の自由を阻害して生まれたものだ。意見の一致が自らの意思に沿うものであれば、それは反対意見の自由を阻害したものだ。それが良いなどと自由主義者は決して言わない。だから彼らをサヨクと呼ぼう。
まとめ
サヨクは自分の自由は謳うが他人の自由は拒否する。
サヨクは法の子細を盾にとるが法の精神はないがしろにする。
追記
左翼:急進派、社会主義、共産主義などの立場 (by広辞苑)
自由主義なんて何処にも書いていない。社会主義も共産主義も全体主義と大差ない(というか、全体主義の一形態だろう)。私が単に誤解していただけだった。
Androidにも浮気してみる
久しぶりの更新。
特に書くことがなかったのと時間がなかったからだが。
iOSとAndroidの双方でネイティブコード開発ができるという触れ込み に心惹かれて少しいじってみた。
が、いろいろ環境問題が出てきたのでここに記す。
環境:
Windows7 Pro x64
Eclipse x86 (2011/3/21)版
Android-SDK (2011/6/21)版
Phonegap-1.0.0
まず、ユーザ名が日本語だとうまくいかない(ありがち)。SDKが開けない。基本的にASCII文化圏の開発ツールは何でもアルファベットで記述できることを想定しているからなのだが、ただで使わせてもらっている以上文句も言えぬ。先方にあわせるべし。
なぜか不明だが、スペースの入っているパスだと受け付けない。そのくせインストーラはスペースを含む"Program Files(x86)"にインストールする。仕方がないので設定を8.3形式に変更する。具体的にはeclipseの[Window]-[Preference]-[Android]のパスを"PROGRA~1"に変更してやる。
今度は「ADPと通信できない」とかぬかしよるので、[コントロールパネル]-[ネットワークの状態とタスクの表示]-[アダプターの設定の変更]をクリックして、ローカルエリア接続のプロパティの表示させてIPv6を無効にしてやる。
これでようやくエミュレータが起動したが、アプリはなぜか起動しない。もう少しデバッグする必要があるが、ここから先はたぶんこちらのミスだろう。
まとめ
1:ユーザ名は日本語で
2:Android-SDKはインストーラ版を使わないでスペースを使用しないパスにインストールするか、eclipseの設定を8.3形式にする
3:IPv6は無効にする。
特に書くことがなかったのと時間がなかったからだが。
iOSとAndroidの双方でネイティブコード開発ができるという触れ込み に心惹かれて少しいじってみた。
が、いろいろ環境問題が出てきたのでここに記す。
環境:
Windows7 Pro x64
Eclipse x86 (2011/3/21)版
Android-SDK (2011/6/21)版
Phonegap-1.0.0
まず、ユーザ名が日本語だとうまくいかない(ありがち)。SDKが開けない。基本的にASCII文化圏の開発ツールは何でもアルファベットで記述できることを想定しているからなのだが、ただで使わせてもらっている以上文句も言えぬ。先方にあわせるべし。
なぜか不明だが、スペースの入っているパスだと受け付けない。そのくせインストーラはスペースを含む"Program Files(x86)"にインストールする。仕方がないので設定を8.3形式に変更する。具体的にはeclipseの[Window]-[Preference]-[Android]のパスを"PROGRA~1"に変更してやる。
今度は「ADPと通信できない」とかぬかしよるので、[コントロールパネル]-[ネットワークの状態とタスクの表示]-[アダプターの設定の変更]をクリックして、ローカルエリア接続のプロパティの表示させてIPv6を無効にしてやる。
これでようやくエミュレータが起動したが、アプリはなぜか起動しない。もう少しデバッグする必要があるが、ここから先はたぶんこちらのミスだろう。
まとめ
1:ユーザ名は日本語で
2:Android-SDKはインストーラ版を使わないでスペースを使用しないパスにインストールするか、eclipseの設定を8.3形式にする
3:IPv6は無効にする。