ビデオゲーム | energy workmanのブログ

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イギリスから渡ってきたインテグレートヒーリングという筋反射を利用し、心と体の両方を癒すヒーリングメソッドを使ったサロンを経営しています。なりたい自分や自分の可能性を高める生き方をサポートします。

パットパットゴルフに行きました。その横にゲームセンターがあります。子どもはゲームをしたいともちろん言いますが、私はまだしなくていいと思うのでダメダメと言ったのに夫は小銭を出してゲームをさせました。はっきりいってゲーセンは幼児向きではありません。バイクにまたがってするゲームがあり、まあ楽しそうだからいいかと思い画面を見ていたのですが、グラフィックが峰不二子のような肢体のキャラクターでスノーバイクなのに、乗りながら手榴弾を他のライダーに投げて殺そうとしながらレースを繰り広げていく、そんななんでやねん?!というゲームでした。レースで速さを競うだけじゃだめなん?と思いました。

そしてレースの始めと終わりにでてくるお姉さんたち。スノーレースなのに肌露出がすごい衣装で踊ります。ビデオゲームを私はしないので免疫がなくめちゃくちゃ違和感がありました。

で、これって幼児にどんなインプットをするのか?と考え出しました。

まず、そこに出てきた女性はかわいいですがキャバクラのノリ、風俗ですな。つまり、風俗推進まではいかなくても肯定のメッセージ。はい、考え過ぎます。でも、普段テレビとかメディアに触れることが少ないのですごく刺激的で神経がびっくりするのです。音楽も電子サウンドで覚醒させる感じ(まあ当たり前ですが)で、なんかわからんけど違和感があって間違った感じがするんです。

そして子どもの反応が尋常でない。これしたい!あれしたい!ってゲーム機から離れないし、顔が必死。これは中毒にさせる手口にすっかりはまったようでした。

パズルが好きな上の子は、新しいパズルがあると真剣に長時間遊びます。でも新しいパズルを見たときの興奮した顔は、ビデオゲームに対する興奮した顔と全然違うのです。形相がゲーセンの場合、これをしなかったら人生終わりやみたいになってるのです。DVDを見せた後も興奮したのが冷めやらない様子がわかります。好きな本を読んでもそんな興奮した状態は残りません。

これって麻薬状態やん、と思っています。夫は楽しんでるからいいやん、というタイプ。典型的なアメリカンの彼はエンターテイメントを重視します。私はエンターテイメントの裏には陰謀があってサブリミナルメッセージが入ってるんちゃうのと怪しむタイプ。

現代ではこういうビデオゲームとか刺激のありすぎる娯楽が溢れているけど、できるかぎり子どもからは遠ざけたいし、変人扱いされても被害妄想と言われても、子どもを近づけたくないのです。

そこで戯れる大人も含めた人々は子どもにとっていいロールモデルとは言えないような感じもしました。子どもに関しては、私は人を判断します。判断したいのです。触れ合うもの全てが子どもの人格を形成するインプットとなるのですから、どんな人と付き合うか、触れ合うかはたいせつなのです。

幼児期に体験することと、大人になってから体験することでは全く吸収の仕方が違います。アメリカは中毒が多い国です。

砂糖、テレビ、ショッピング、麻薬、アルコール、セックス、ギャンブル、ジャンクフード、など。あ、日本も同じか。

たかがビデオゲームですが、そこに15分くらいいただけで頭痛がしてきました。私は滅多に頭痛がしないので、これはいかんと思いもう帰ろうと言いましたが、夫はそこにあったパックマンのような昔のゲームに必死でした。子供の頃これやってた!と幼馴染に会ったかのような笑顔。

パックマンにはセクシャルなメッセージはないと思います。でも現代のゲームのほとんどはあると思います。やたらとデカイ胸をもち、やたらと細い腰、やたらとデカイ尻をもつやたらと小顔なキャラばかりです。はっきりいってそんなカラダの人おらんで、といつも心の中でツッコミを入れますが、そんなキャラをずーっとみてると深層心理にそれが理想的な女性のカラダなんて刷り込みになってるような気がします。

いわゆるオタクな男の子たちはだいたい彼女がいません。そんな女性を探してるからでしょうか?はっきりいってモデルでもフォトショップで編集される時代です。モデルは美しくスタイルもいいからモデルなのにそれをさらに歪めた写真を見ている私たちは、実在する人は至らないように見えてくるんではないでしょうか?

太っていないのに痩せたいという願望、そんな女性多いですよね。ダイエット記事は雑誌では定番のトピックです。なぜ?

バーチャルな世界と現実的な基準や願望は遠いようで距離が近いのでしょう。自分の感覚が麻痺しないように、元々ある感覚を守っていかないとと思います。

1960年代の映画での大量殺戮シーンはまれまたは、ほぼ皆無なんではないでしょうか?50年後の現代ではそれが普通。それがないと売れない。また、60年代の映画ですごいセックスシーンがどれだけあるでしょうか?現代の映画ではヌードなんて当たり前、しかもだんだん過激になってきてますよね。話題にならないと売れないですしね。

生活にそんな刺激って必要でしょうか?私はエンターテイメントなしに十分毎日が楽しいです。