日本人の心とは何かを考える上で、

日本人のルーツや遺伝情報、

さらに日本の気候や地政学的な

事も考えねばならないだろう。

 

四季が明確で山々の緑が濃く

水が清明な日本は素晴らしい国だと

私は心から思っている。

 

この環境が日本人の心の成り立ちに

大きな影響を与えたのではないか

というのは想像に難くない。

 

しかし、ここでは地理や気候等は

敢えて割愛させて頂く。

 

何故なら、その点に集中すると

焦点がぼやけてしまうおそれが

あるからだ。

 

とりあえず本日は、2020/04/30

(日本人の心の成り立ち(1))

をご覧いただきたい。

(多少、添削しました)

 

 

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「日本人の心」のベースに

あるものを考えるにあたり

まず第一は、

実際に文章に残っており、

強烈に後の世まで影響を

与えたという意味で、

604年聖徳太子が作ったといわれる

「十七条の憲法」を挙げたい。

 

これは憲法というより、

行政者への心得を説いたもの

ともいえるが、とにかく

後世にも大きな影響を与えた。

 

第一条はいわずとしれた

「和を以て貴しとなす」である。

 

意味はいうまでもなく、

「和を大切にし、人といさかい

せぬようにせよ」ということ。

 

「和」を「わ」と読まず

「やわらぎ」と読むのは

意外と知らない人も多い

かもしれない。

 

ところで、この憲法の条文は

わずか十七条しかない。

 

にもかかわらず、

第一条とほぼ同等のことを、

第十条と最後の第十七条で

繰り返し述べている。

 

つまり、第十条では「自分ひとりが

その方が正しいと思っても、衆人の

意見を尊重し、その行うところに

従うのがよい」という。

 

第十七条では「物事は独断で行って

はならない。必ずみなと論じ合う

ようにせよ」という。

 

十七条しかない条文のうち、

三条が「各人を尊重し、皆と仲良くし、

なごやかに議論して何事も進めよ」と

太子はのたまわっているのである。

 

太子は今はやりの ”diversity ”

のずっと先を走っていたのである。

 

十七条の憲法から1264年後、

即ち1868年3月14日明治天皇が

宣布した明治新政府の基本政策で

ある「五か条の御誓文」の第一条は

「万機公論に決すべし」であり、

これは明らかに十七条憲法の

パクリである。

 

 

これらからも分かるように、

私達日本人が独裁者を否定したくなる

性癖があるのはこの憲法の所為なの

かもしれない。

 

出る杭はとにかくぶっ叩きたく

なるという性癖がついたのだ。

 

歴史的にみても、完全な独裁者は

そもそも数人しかおらず、彼等は

早々に歴史上から消えていった。

 

おそらく、

だからこそ日本に大統領制度

は親しまないであろう。

 

また、 

新しい事への対応が後手後手に

なるのもこれが理由だ。

 

なんせ、万機公論を諮っていると

調整時間が頗るかかるからである。

 

読者のみなさんも仕事とか何かを

まとめあげようとした際

他の人との調整に時間がかかりすぎ

本論が雲散霧消した経験はあるだろう。

 

「大和魂」の「大和」は

このことなのである。

 

戦争中使われていた「大和魂」

とは意味が全く異なる。

 

「大和魂」とは、

それぞれ意見が違う人間を

尊重しながら、みなで仲良く、

穏やかに話し合って、

妥協点を探すことなのである。

 

良い点もあるが、

悪い点もある。

 

良い点は争いごとがなくなる

ということ。

 

悪い点は即断即決という

スピードを欠くことになるので

緊急時の対応が遅れがちになる。

 

いずれにせよ、この十七条の憲法は

「日本人の心のなりたち」に大きな

影響を与えたといえるだろう。

 

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大和魂とは和やかで穏やかな気持ちで

人や自然に接することである。

 

戦争等武張った意味で使われるのは

本来の意味から明らかに逸脱している。

 

大和魂は諍(いさか)いを嫌う

極めて丸く優しい精神なのである。

 

そういう心が大切ですよと

聖徳太子はわざわざ文章にして

行政官を諭したのが十七条の憲法。

 

このように諭すということは、

当時そういう心を持っている人が

少なかったからかもしれない。

 

いずれにせよ、十七条の憲法で

明確に「日本人はこうあれ」的な

指導が行われ、日本人は和やか

で言い争わないことが善と

刷り込まれていったのである。

 

本当に言いたいことを

飲み込んでしまうことも

日本人的な「善」なのだと

思い込んでいる性格も

形成されたかもしれない。

 

みんなが飛び込んでいるなら

自分としては色々意見はあるが、

とにかく飛び込むかという性格が

十七条の憲法以降強烈に育まれて

いったのである。

 

 

 

(続く)