4月18日「六年生(井の中の蛙)」以来、

また大きく脱線してしまった。

 

 人生初めての塾に行き、もまれて、大人に

なった(?)私は田舎に帰ってきて変わったかと

言われれば、とんと変わらなかった。

 

 塾に行ったといっても一週間だけだったので、

夏休みはまだ沢山残っていた。 塾であれだけ

カルチャーショックを受けたにもかかわらず、

小さいながら大川という名の川に私は毎日鮎を

突きに出かけていた。

 

 川の深い場所にも鮎はいるが、そもそも泳いで

いる鮎を銛で突くことはほぼ不可能だ。

 

 だから、我々の主戦場は子供の膝小僧くらいの

浅瀬。 顔を横に曲げながら水中メガネで川底を覗く。

我々に驚いた鮎があわてて岩間に入った所をしっかりと

見定め、その岩間に銛をぐさりと突き刺すのである。

まれではあるが、二匹いっぺんに突けることもあるのだ。

突いた感触は今でも体に残っている。

 

 六年のある日、いつものように体を横に倒しながら

川底を見ていたら丸々と太った鮎がさっと岩間に隠れた。

 

 しめしめといつものように伝家の宝刀を突き刺した。

しかし、明らかに鮎の手応えと違った。 何せ重い。

鯉じゃないかと思った。 引きずり出すとそれは得体の

しれない半端なく臭くて異様な生き物だった。

 

 それは、「ハンザキ(ケ)」と田舎で呼ばれていた生き物だ。

自分で獲ったのは初めてだった。 

 

 

 

 ご想像の通り、これは特別天然記念物のオオサンショウウオ

である。

 

 山椒魚ともいうが、そんないい匂いではない。 とにかく臭い。

 

 いやあ、えらいもの獲ってしもうたと途方にくれていたら、

側で鮎を獲っていた大人が「凄いもん獲ったのう。

鮎十匹と交換してくれんか?!」という。 そりゃええ話じゃと

いうことで私は鮎十匹をゲットした。

 

 その大人は近所の人で、その夕刻料理したハンザキを

おすそ分けで我が家に持ってきてくれた。

 

 父は「どうしたんなら。 ハンザキをよう獲ったのう。」と

ご満悦であった。 近所の人は「ええ?! これ耕ちゃんが

獲ったんよ」と。

 

 私は一日で鮎十匹を獲ったと家の人に自慢しており、

おお凄いのうと既に賛辞を浴びていた後だったので

多少気まずかった。

 

 事の次第を把握した父と母は、

「何でも正直に言わにゃいけんよ。」と苦笑しつつ、

「ほんじゃまあどんな味か食うてみよう」と口に入れた。

 

 父は「旨いのう!」と舌鼓を打ちつつ酒をくいっと飲んだ。

 

 私もがぶりと食った。 不味い! 噛み切れない! 

 

 とうていご飯のおかずになる代物ではなかった。

 

 それ以来、今に至るまでハンザキを口に入れたことはない!

(「当たり前じゃ!」と誰か突っ込んでくれ!)