常識を覆す真冬のマンゴー大作戦・「白銀の太陽」とノラワークスジャパン(前編/vol.121) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

南国のフルーツであるマンゴーを、なんと真冬の北海道で栽培している人がいます。自然エネルギーを利用してマンゴーを育てているのは、「ノラワークスジャパン」を経営する中川裕之さんです。

 

マンゴーを北海道の十勝平野で手がけることになった背景には、中川さんの地域への熱い思いがありました。常識を覆す斬新な発想でのチャレンジは、何を生み出したのでしょうか? 

 

中川裕之さんと真冬のマンゴー「白銀の太陽」

 

◆トピックス

・なぜ北海道でマンゴーをつくるのか? 

・化石燃料からの脱却をめざす

・冬を乗り越える3つの熱エネルギー

・逆転の発想で、雪と氷を武器にする

 

◆なぜ北海道でマンゴーをつくるのか? 

 

北海道東部の十勝地方は農業が盛んで、じゃがいも、小麦、てん菜、豆類などを中心に、日本の食卓を担う一大産地となってきました。しかし、近年では安い海外産の農作物が増え、安泰とは言えなくなっています。 十勝の帯広市で倉庫業と石油販売業を営んでいた中川裕之さんは、農業が支えてきた十勝の将来を心配していました。

 

そんな中、2010年に九州の宮崎県で行われたイベントに参加し、マンゴー農家の方と出会います。中川さんは、マンゴー農家の永倉勲さんから「冬にマンゴーを収穫したいんだけど、宮崎は南国だからできないんだ。でも寒い北海道ならできるかもしれない」と言われました。中川さんは何を言っているのかさっぱりわからなかったそうです。 

 

しかし、永倉さんの話を詳しく聞いたところ、「冬に北海道でマンゴーを作れる可能性はあるのではないか」と考えるようになりました。マンゴーの一大産地である沖縄・宮崎では、12月から2月頃に花を咲かせて、4月から8月にかけて出荷されています。マンゴーは、1年を通してビニールハウスの中で育てられます。特に冬は重油ボイラーを使って厳密な温度管理のもとで栽培されていました。 

 

永倉さんは、マンゴーの市場を活性化させるために、冬の季節に作りたいという願望がありました。クリスマスやお正月などで、最も贈答用の取引が盛んになり、高値がつく時期だからです。

 

しかし冬に収穫するとなると、宮崎のサイクルとは真逆になり、6月から7月の暑い時期にマンゴーに冬が来たと認識させ、8月に花を咲かせる必要があります。 高温多湿の宮崎で、夏に気温を10℃くらいに保つことはコストが掛かりすぎて現実的ではありません。

 

ノラワークスジャパンのビニールハウス

 

しかし北海道なら、夏もそれほど温度が上がらないので、可能性は十分にあるということでした。 確かに十勝は札幌に比べても気温が低く、真冬はマイナス25℃まで下がりますが、7月頃の朝晩の気温はちょうど10℃くらいになります。

 

もし昼間に温度を下げることができれば、マンゴーに冬だと認識させて花を咲かせることは理論上は可能です。日頃から、十勝に新しい産業を興したいと考えていた中川さんは、永倉さんの提案を受けて挑戦を始めようと決心しました。

 

 ◆化石燃料からの脱却をめざす 

 

地元に戻った中川さんが、周囲の人に「マンゴー栽培をしようと思っている」と告げると、ほとんどは否定的な意見でした。「頭がおかしくなったのか?みたいなことも言われましたね」と中川さんは苦笑いします。

 

それでも永倉さんが「作ったマンゴーが売れなければ、JAはまゆう亜熱帯果実部会(宮崎県日南市)が全部引き取って個別に持っている顧客に販売するから」と言ってくれたため、販売先については心配せずに始めることができました。 

 

事業を始めるにあたり、中川さんがこだわったことがあります。それは、ビニールハウス内の温度管理を、化石燃料に頼らず自然エネルギーでまかなうというものでした。

 

中川さんは石油販売業を手がけていましたが、2008年に石油価格が急騰したことをきっかけに、この事業は持続可能ではないと考えるようになりました。今回のマンゴー栽培は、石油業から撤退するいい機会になると考えたのです。こうして真冬の北海道で、自然エネルギーを使ってマンゴーを育てる奇想天外なプロジェクトが始まりました。

 

さまざまな工夫のもと、マンゴーは真冬に収穫される

 

「真冬のマンゴープロジェクト」を実現させるため、中川さんは十勝の仲間たちに声をかけ、11人と1法人で出資、合計560万円で「株式会社ノラワークスジャパン」を設立します。「ノラワークス」とは、野良仕事に本気で取り組む人たちという意味です。宮崎からマンゴーの苗木を仕入れ、1年間かけて冬の十勝でマンゴーができるかという試験栽培を行いました。本格的な栽培が始まったのは2011年からです。

 

 試験栽培と並行して、マンゴーを育てるノウハウを学ぶために、中川さんは毎月のように宮崎に通い研修を受けました。当初は宮崎のマンゴー農家から、「競合になるかもしれない」と警戒されることもありました。

 

しかし、本気で十勝の農業振興に取り組もうとしていることや、十勝のマンゴーの収穫時期が宮崎とは逆なので競合しないことを伝え、理解してもらえるようになりました。

 

 ◆冬を乗り越える3つの熱エネルギー

 

 化石燃料を使わず、どうやってビニールハウスの温度調整を行うのでしょうか。冬の対策としてまず考えたのは、温泉熱の利用です。

 

北海道には、道路が凍らないよう、地面に埋めたパイプにお湯をめぐらせて雪を溶かす「ロードヒーティング」というシステムがあります。中川さんは、マンゴーを植えた土の中にこれと同じシステムを作り、温泉を流して土の温度が保たれるようにしました。 

 

パイプに流れ込む温泉の温度が表示される

 

しかし農場付近から出る源泉温度は42℃と低めで、それだけではマイナス25℃の冬を越えることはできません。そこで、一般家庭から出るてんぷら油などの廃油を活用したボイラー設備で空調を行い、予備暖房として使うことにしました。

 

十勝では、バイオディーゼルによる路線バスが走るなど、地元の人々にとって身近なエネルギーになっていました。また、回収システムがすでにできあがっており、新たに集める手間がかからないことがメリットとなりました。

 

 さらに太陽の力も活用します。十勝は札幌とは気候が異なり、気温は低いものの雪は少なく、晴れの日がとても多いという特徴があります。そこでビニールハウスに、積極的に太陽熱を取り込む仕組みをつくりました。温泉と廃油と太陽という3種のエネルギーを活用することで、冬を乗り越える仕組みができたのです。

 

 ◆逆転の発想で、雪と氷を武器にする 

 

次は、夏に冷やすためのエネルギーです。十勝でも、7月の日中には25℃くらいまで気温が上がります。6月から7月までのおよそ2ヶ月間、ハウスの温度を10℃前後に保つためには冷房が欠かせません。

 

中川さんは、北海道の別の町で雪を農作物の保存のために利用していることを思い起こします。冬のうちに雪を貯めておき、冷蔵庫を使わず米や野菜を長期保存するのですが、それを応用できないかと考えました。仲間たちの協力を得て、考案したビニールハウスを冷やすシステムは以下のようなものになりました。 

 

世界最大級の雪氷庫に少しづつ水を流し、氷をつくる

 

まず雪と氷を貯蔵する雪氷庫をつくります。3棟のビニールハウスを冷やすために計算上必要な雪・氷の量は多く、結果として5700立方メートルの雪が入る、世界最大級の雪氷庫ができました。冬になるとこの雪氷庫に水を張り、38時間放置して氷の膜をつくります。

 

この作業を急いでしまうと氷がもろくなるので、時間をかけて行います。これを何度も繰り返すと、1メートルから2メートルの分厚い氷の岩盤ができあがります。その上に積もった雪を乗せ、さらに断熱材となる木の皮を20センチほどかぶせることで、雪と氷のエネルギー庫が完成します。

 

雪が積もった後にかぶせる木の皮 の山

 

雪と氷の中には、冷やしても凍らない不凍液の入ったパイプがめぐらせてあります。ハウスの土の下には冬に温泉を流したパイプがありますが、夏になるとそのパイプに冷やされた不凍液を流して地温を約7℃に保ちます。実験では、地中の温度をうまく冷やすことが確認できました。

 

「農業には不利だと思われていた北海道の寒さや雪が武器になりました。逆転の発想ですね」(中川さん)。このシステムができたことで、「現実的ではない」と言われていた真冬のマンゴー栽培の可能性が、大きく切り開かれたのです。  

 

−真冬のマンゴー大作戦・後編はこちら−

 

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