第91回:生活クラブ風車「夢風」が地方と都会に吹かせる新しい風 | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

今回は、生活クラブ生協が秋田県「にかほ市」に建てた風車を通じた交流についてとりあげます。都市部で自然エネルギーに取り組みたいと考える方は多いのですが、実際にはなかなか難しいところがあります。首都圏では、人材や資金は集まりやすいものの、エネルギー資源がないからです。

逆に地方では、エネルギー資源は豊富にあるものの、人や資金が不足しています。この生活クラブ風車を通じた取り組みは、両者が協力することでお互いにメリットを生み、「地方と都会の新しい関係」を作っていこうとしているところが他にはないスタイルになっています。


生活クラブ風車「夢風」と生活クラブエナジーの半澤彰浩さん

「夢風(※)」と名付けられた生活クラブ生協の風車は2012年3月に稼働をはじめ、4年半が経ちました。その間に生活クラブの組合員と、風車が建つ「にかほ市」の人々との交流は、着実に発展してきました。風車建設5周年を前にして9月22日に東京で開催された「生活クラブ風車『夢風』建設5周年プレイベント」の内容を踏まえてレポートします。

※出力1990キロワット、一般家庭およそ1300世帯分の電力をまかなっている。

◆今回のトピックス
・課題を切りひらくパイオニアに
・都市部と地方との新しい関係づくり
・共同開発の「夢風ブランド」
・にかほ市に吹く新しい風

◆課題を切りひらくパイオニアに

生活クラブ生協は、およそ36万人の組合員がいる生活協同組合のひとつです。通常は地域ごとに独立している生活クラブがそれぞれ活動することが多いのですが、風車建設にあたっては首都圏4つの生活クラブ(東京、埼玉、神奈川、千葉)が共同で出資しています。

生活クラブでは、チェルノブイリ原発事故をきっかけに、エネルギーについての議論が長い間行われてきました。生活クラブでは「人間が人間らしく生きる社会」をつくるために安心、安全な食の共同購入をつくる活動をしてきましたが、食と同様に、生きるのに欠かせないエネルギーを、自分たちで選び、共同購入していきたいと考えたのです。

とはいえ組合員の中からは「食を扱う生協がなぜ発電事業を行うのか?」という疑問の声も上がりました。風車建設に携わった生活クラブ埼玉の理事長である清水泉さんは、当初の苦労について語ります。

「まだ福島原発事故の前でしたが、脱原発を実現するために自分たちでエネルギーをつくろうと理事会で提案しました。でも、エネルギーをつくる過程自体に、ものすごくエネルギーがかかりました。風車への反対意見もありましたが、議論の過程で、生活クラブは次の世代のために課題に立ち向かい、切り開いていくパイオニアになろうと決断しました」。


清水泉さん

ご当地エネルギーリポートでもすでに紹介したように、2014年には生活クラブ生協を母体とする「生活クラブエナジー」という電力小売会社が設立されています。2016年6月からは、生活クラブエナジーを通じて首都圏の組合員が、夢風など自然エネルギーなどに由来する電気を購入することができるようになりました。6月時点では1500世帯限定でしたが、この10月からは規模を増やし、対象地域を全国に広げて募集を始めています。道のりはゆっくりですが、生活クラブの長年の構想が少しずつ実現してきています。

エネルギーの話は目で見えにくいため、とかくイメージがわきにくいものです。しかし、生活クラブは、自然エネルギーの風車の電気を買うという行為を、生産者の顔の見える形にするよう努力してきました。


夢風に集う各生活クラブの理事

◆都市部と地方との新しい関係づくり

生活クラブが秋田に風車を建てた理由は、海岸線沿いに本州で最も風力発電に適した風が吹いているからです。自然エネルギーのポテンシャルが限られる首都圏で無理に発電所を作るのではなく、人口の多い首都圏でお金を集め、自然エネルギーの適地に設備を作るというのは合理的な選択です。

とはいえ、単に地方に設備を設置して売電収益を都市部に持って行くだけなら、都市部の事業者が地方の自然エネルギー資源を奪っていく開発と変わりがありません。そのことを示すように、日本全国にメガソーラーなどの設備が増える過程では、結果として自然エネルギーが増えても、地方にとってメリットが少ないという状況もつくられました。

生活クラブはそのような取り組みとの違いをつくるため、風車を通じた交流を盛んに行ってきました。ぼくが注目しているポイントは、風車そのものよりも、こうした都会と地方との新しい関係づくりにあります。

◆トマト、ラーメン…共同開発の「夢風ブランド」

生活クラブは、にかほ市の人々と協力してさまざまなプロジェクトを実施しています。その象徴が「夢風ブランド」です。にかほ市は、他の地方自治体と同様に、高齢化や人口減少、産業の衰退などに頭を悩ませています。そこで生活クラブでは食の生産者とつながり、にかほ市の食品を積極的に仕入れています。しかし、にかほ市の名産品であるイチジクやハタハタなどは、首都圏の消費者にはなじみが少なく、知らない人も多いものです。


にかほ市の道の駅で販売されているいちじく関連の商品

そこで、生活クラブの組合員とにかほ市の農家が意見交換をしながら、トマトケチャップの原料となる加工用トマトや、豆腐や豆乳用の大豆などを新たに栽培するプロジェクトが立ち上がりました。

加工用トマトは、2015年度に実験的に栽培が始まり、2016年度は昨年度の3倍の規模で作付けを行いました。生活クラブと共同で行うトマト栽培に名乗りを上げたのは、これまで米しか作っていなかった「にかほ市芹田地区」の営農組合です。芹田自治会の荒川定敏会長は、米価格が下る中、米だけに頼っていることの危機感があったと言います。

「うちは63世帯の小さな集落で、特に農業が基幹産業です。農業がコケれば地域全体が沈没しかねません。そういう中で、たまたま近くに生活クラブの風車が建ちました。当初は単に風車ができたという印象でしたが、夢風の1周年記念イベントで生活クラブの組合員さんと交流したことがきっかけになり、何か一緒にできないかと相談したんです。生活クラブと共同開発していく中で、少しづつ地域の雰囲気も変わりつつあるように思います」。


芹田自治会の荒川定敏会長


トマトの収穫を組合員が体験

トマト栽培については、2016年度は天候不順などの理由から、計画よりも収量が少なかったのですが、来年も作付けを行う予定になっています。

人気商品の一つは、真鱈のしょっつるをスープのベースにした「タ・ラーメン(タラのラーメン)」です。しょっつるというのは魚醤油の一種で、秋田県の伝統的な特産品になります。タ・ラーメンそのものは以前からありましたが、今回は実際に消費者となる生活クラブの組合員が参加して、化学調味料無添加のスープと、そのスープに合う麺を手間をかけて新たに開発しました。

麺を開発した伊藤製麺所代表の伊藤実さんは言います。「いつもは一人で麺をつくっているのですが、組合員の方たちから直に意見を聞きながら、一緒に作るという経験はすごく勉強になったし、楽しかったですね」。

風車の建設をきっかけに、こうした「夢風ブランド」が首都圏の生活クラブで販売されるようになりました。


伊藤製麺所の伊藤実さん


組合員と共同開発した「タ・ラーメン醤油味」

◆にかほ市に吹く新しい風

首都圏の組合員がにかほ市を訪れたり、逆ににかほ市の生産者や農家が東京に来たりという顔の見える交流も毎年行っています。風車の建設や商品の共同開発に携わった生活クラブの組合員は、手応えを感じてこのようにコメントしています。

「共同開発を通じてにかほ市の人たちが身近になると、風車や電気も身近になる」

「夢風が回っているのを見ると、私たちとにかほの人とで作った電気を発電してくれているんだと思えるのが嬉しい」


交流会でにかほ市の特産品や「夢風ブランド」に触れる

交流費用の多くは、生活クラブ風車「夢風」の収益でまかなわれています。そしてこの動きを、にかほ市の行政や地域の農家、食品の生産者らは歓迎しています。にかほ市役所企画課の佐々木俊哉課長は言います。

「現時点でにかほ市には、風車が20機稼働しています。今後さらに30機ほどが建つ予定で、他にもメガソーラー建設なども盛んです。計画中のものも含めると、自然エネルギーだけで市の全世帯の10倍強ほどの発電量になります(出力ベース)。でもその設備が住民にとって身近でなければ、単に風車があるだけということになってしまいます。生活クラブの『夢風』はそれを変えてくれました」。


にかほ市役所企画課の佐々木俊哉課長

佐々木さんは、何より変わったのは自分自身の認識だったと語ります。

「風車に対して、これまでとは違う感情が生まれてきたんですね。市民の方にも生まれてきているはずです。にかほに新しい風が吹いていると言えるかもしれません。市にはこれからもいろいろな事業者が入ってきますが、その際に生活クラブと地域の関わりが良い前例になれば良いと思います」。

生活クラブの風車「夢風」がにかほ市に建設されてから、まもなく5年になります。首都圏で自然エネルギーを使いたい消費者にとってはもちろん、風車が建てられた地域の人々にとってもメリットになるこのユニークな仕組みは、今後は他の地域のモデルになっていくかもしれません。発電プロジェクトを地域の課題解決につなげる夢風を通じた交流の今後に注目してほしいと思います。


日本酒「夢風」を持つ、にかほ市の須田正彦副市長と、半澤彰浩さん

◆関連リンク
・生活クラブ風車についての過去の記事(2014年8月)
・生活クラブエナジーWEBサイト

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