第84回:送電線を買ったハンブルク市民/高橋洋さん(4) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

電力自由化の専門家、高橋洋さんへのインタビュー。最終回となる今回は、ドイツで起きている配電網の買い戻しの動きから、日本の市民が電力システムの民主化に関わる方法を探ります。

※聞き手も高橋でややこしいため、私は下の名前(真樹)だけを使用しています。

◆今回のトピックス
・配電網を買い戻したハンブルク市民
・日本でも電力網の買い戻しはできるか?

◆ 配電網を買い戻したハンブルク市民

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真樹:その送配電網をめぐって、ドイツでは市民が買い戻したそうですね?その動きについて詳しく教えていただけますか?

高橋洋:2014年に地域配電網公社が立ち上がった、ハンブルクの話ですね。ドイツでは、地域の自治体の多くがもともと電力事業をやっていたという背景があります。しかし自由化が始まった90年代後半から2000年代前半あたりに、自治体が所有していた電力事業や電力網を民間企業に売り払うという流れが起きました。民営化です。

ドイツ第二の都市であるハンブルク市もHEW(ハンブルク電力公社)という会社が運営していましたが、電力網を含む電力事業を売却した結果、最終的にヴァッテンファルという4大電力会社の傘下に入った。ところが、ヴァッテンファルは二酸化炭素を多く排出する石炭火力発電所を建設しようとしたものだから、ハンブルク市民が怒ったんです。そして、どうして民営化したんだと訴訟騒ぎや不買運動にもつながりました。

それでもヴァッテンファルは市から認可を得て、予定通り石炭火力発電所を建設します。これに抵抗しようとする市民はドイツ特有の「コンセッション」という制度を利用します。コンセッションとは、電力や水道などの公益事業で、電力網や水道管などのインフラを利用する権利をさします。インフラ自体は事業者(この場合はヴァッテンファル)の所有物ですが、それらは道路の地下など公的空間に敷設されているため、その利用権を自治体が付与する形になっています。その契約は20年に1度更新されることになっていて、それが2014年でした。そこで、配電事業を市民の手に取り戻そう、ということになったのです。

当初、市の側はあまり乗り気ではなかったので、市当局と市民の間でいろいろなせめぎあいがありました。しかし2013年に住民投票が行われ、僅差で市民の提案が支持された結果、市が100%出資する配電網公社が設立されることになりました。ハンブルク配電網公社は、ヴァッテンファルから配電網を買い戻して、2014年の春から事業を始めています。

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都留文科大学教授の高橋洋さん

真樹:ドイツ第二の都市の配電網の事業主体が民間企業から自治体に移って、トラブル等はなかったのでしょうか?

高橋洋:変わったと言っても、実務をしている人はほとんど同じです。もともとハンブルクが配電網を握っていた頃から働いている人が、ヴァッテンファルにごそっと移って、今度はまたハンブルク配電網公社に戻ったので、そこに属する人たちにとっては自分たちの会社の名前が変わっただけのことです。私がお話を聞いた方も、「どんどん肩書きが変わるけど、やっている事は同じだ」と言っていました。

知ってもらいたいのは、このような動きがドイツ各地で起きているということです。有名なのは1990年代に起きたドイツ南部のシェーナウという町の市民による配電網の買い取りです。でもシェーナウは人口2600人の小さな町です。ハンブルクは人口180万人のドイツ第二の都市で、規模がぜんぜん違う。これは日本で言えば、大阪市が関西電力から配電網を買い取るようなことなんです。

◆日本でも電力網の買い戻しはできる?

真樹:そう考えると、電力網というものをめぐってものすごいことが起きているということですね。日本でもこのようなことが起きる可能性はあるのでしょうか?

高橋洋:日本ではそもそも自治体がコンセッションという権限を持っていないので、これと同じことは起こりません。また、ハンブルクでは自治体が20年前まで電力事業を担っていたことが背景にありました。日本の自治体にはエネルギー政策の権限も配電事業の経験もありません。

ただ、地方が国のエネルギー政策を先導する役割を果たしたり、無名の市民が自治体や大企業を動かしたりといったことが、日本でもできないというわけではありません。

例えば、数年前に大阪市の当時の橋下市長が、国や関西電力に対峙して独自のエネルギー戦略を作ろうとしたことがあります。戦前は、日本でも自治体が電力事業を行うことは珍しくありませんでした。大阪市も市営で電気事業を行っていました。ところが国家が戦争に向けて動き出す時期に、日本発送電という会社ができて、全国の電力事業を統合するようになります。大阪市は電力事業のインフラを現物出資させられたんですね。

戦後、日本発送電は再分割されて大阪市のエリアには関西電力ができました。そのときに現物出資した権利が引き継がれて、今に至るまで関西電力の株の10%を市が持っているのです。だから大阪市長は関西電力の最大の株主として意見を言うことができたという経緯があります。大阪市は現在、自らが主体となって地域限定の配電事業をやることを検討していると聞きます。

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公営水力発電所の県別割合

また、自治体が持っている水力発電、これを「公営水力」と呼ぶのですが、これを経営している自治体は結構あるのです。そこで作られた電力は、今までは地域の大手電力会社に安く買われていたのですが、かねてから新電力はそれを高く買いたいと言っていました。近年競争入札を通して新電力に売電する事例が出てきており、今後さらに自治体がエネルギー事業に主体的に関与する可能性があります。

そして、4年後をメドに送配電事業が法的分離されることになったので、今後、もう一度自治体が買収しようという可能性が出てくるかもしれません。従来のように大きな電力会社の一部門であり続けるのであればそれは難しいのですが、会社としての独立性が高まっていけば、買収される、売却するという事もあり得るかもしれない。

それぞれ簡単ではありませんが、ドイツの動きから学ぶことができるとしたら、市民や自治体がエネルギー政策や事業に関わり、地域の未来を自らが選択しようとする意思と行動が大切だということだと考えています。

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◆インタビューを終えて

「電力自由化」の話は、電力にまつわるシステム全体の話なので、さまざまなことが関係してきます。「電気の契約先を選択できる」ということは確かに大きなことではありますが、一方で電力システム改革全体としてみれば一側面でしかないことがわかります。それだけに一般的にはどうしても難しい話になりがちですが、高橋洋さんはそれをできるだけわかりやすい形で解説頂きました。

今後も、電力自由化をめぐってどういう視点で見ていけばいいのか、世界ではどんな動きが起きているのかといったことを伝えていきたいと思います。

◆関連リンク
高橋洋さんが特任研究員を務める自然エネルギー財団のサイト




電力自由化は地域から始まる

高橋真樹著『ご当地電力はじめました!』
(岩波ジュニア新書)