第76回:ゼロからの電力自由化②/電力自由化って何だろう? | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

ゼロからの電力自由化、第二回です。電力自由化についての報道も日々過熱してきました。ぼくが見た中では、電力小売りのテレビCMで「ちょっと様子を見ようかと思う」という男性に、女性が「意気地なし!」と言って車を出るものが印象に残りました。早く決めた方がお得になりますよと、煽っているわけですが、前回の記事でお伝えしたように、今すぐ2年プランや5年プランなどの長期契約をするのは、やめておいた方が良いでしょうね。また、セット割りもいろんな縛りが増えるので、リスクも合わせて検討した方がよさそうです。


それから、電気をたくさん使っている家庭ほど割引率が高いプランが多いのも、社会全体でエネルギー効率を良くしていこうというときに、何だか本末転倒な気がしますね。切り替えたらどれだけ安くなるかを知るには、各小売り会社が始めているシュミレーションが役に立ちます。でも、あまり電気を使っていないぼくの家庭は、切り替えるとだいたい値上がりするようになっています。すでに省エネしている家庭が入れるプランがなかなかないので、そういう人にもメリットのある形があれば社会的にも良いと思うのですが…。さて、今回はそんな電力自由化は、本来は何のためにやるのか?というお話です。

◆自由化の目的は何?

これまで電力会社を選ぶことができなかった私たちにとって、「選択できるようになる」というのは大きな変化です。また、それが電力自由化の要素のひとつであることも確かです。でも制度変更の本来の目的か、といえばそうではありません。

電力は、戦後ずっと大手電力会社による地域独占が許されてきました。それによって、質の高い電気を停電も少なく安定して供給してきたということは間違いありません。一方で独占状態が長く続くことによる、さまざまな弊害も起きてきました。

例えば、いろいろな情報を電力会社だけが握り、ほとんどの人にとって多くの部分がブラックボックスになっていました。電力は誰にとっても必要なインフラなのですが、そこを一部の会社の都合や利益だけを優先して、情報を隠したり、公開しないというのは、福島原発事故のときにも明らかになったように、社会全体の危機を招くことにもつながってしまいます。


また、これまでは各地域で独占する電力会社が、その垣根を越えて電力を融通する事はありませんでした。例えば東京電力エリアでは電気が足りないけれど、北海道電力では電気が余っている。日本全体で考えれば、北海道から東京に電気を融通すれば効率的ですが、地域の中で独占的に営業している電力会社は、既得権益を保つために、そういったことをしてこなかったのです。これは日本全体で考えるとものすごく効率の悪い体制なので、変えていこうという議論も出ています。

さらに地域独占をやめて、発電や小売りに関しては他の事業者も積極的に参入できるようにしていくことで、経済の活性化にもなるというのが電力自由化の考え方です。でも、公平な競争が望めなかったり、電力会社が情報をオープンにしない状態で単に小売り会社を増やすだけでは、問題は解決されません。そのため、一部だけ変更するのではなく電力システム全体を改革する必要があります。

◆大切なのは公平性、透明性、効率性

「電力システム改革」と言われてもピンと来ないと思うので、おおざっぱに説明します。電気が私たちの家にどうやって送られてくるのでしょうか。まず、発電所で電気をつくり(発電)、送配電網を伝って電気を送り(送電・配電)、企業や家庭に売る(小売り)という流れをイメージしてください。この全体をまとめて「電力システム」と呼びます。これまではそのシステム全体を、関東なら東京電力1社だけが担っていました。

火力発電所

しかし、1990年代から段階的に他の事業者も参入していけるようにしようという流れができてきました。発電の部分はすでに自由化されていて(1995年から)、自分の発電所を持つようになった企業はたくさんあります。小売りの部分も、大口契約(高圧)のところはすでに選べるようになっています(2000年から)。

ただ、これまでは大手電力会社の抵抗などもあり、電力会社が管轄するそれぞれのエリアを越えた取引はほとんどなく、システム全体が大きく変わる事はありませんでした。


それが一般家庭にまで広げられる今回の電力小売全面自由化(2016年4月から)では、変わる可能性が出てきています。さらに2020年には送電の部分も大手電力会社から切り離し(※)、中立性の高いシステムにしようという話も進んでいます。これが「発送電分離」です。そうした発電、送電、小売りの全体の改革をひっくるめて、「電力システム改革」と呼んでいます。

非効率の運用方法も変えないといけません。これは広い地域で系統(送電網のこと)をつなげるという意味で、「広域系統運用」と呼ばれますが、電力システム改革では、こうしたことも議論されています。

電力システム改革とは、電気にまつわる仕組みをもっと公平性、透明性、効率性を高いものにしていこうという取り組みです。そして今度の4月から実施される小売りの全面自由化というのは、その流れの一部として実施されるものです。報道では、やたら「安くなる」「選べる」ということがクローズアップされていますが、必ずしも消費者のことを優先してシステムが作られているわけではないことは理解した方が良いでしょう。

もちろん、長い目で見れば日本全体の送電網の活用を効率化したり、情報の透明性が確保される事は、国民にとって必ずプラスになるのですが、それが電気代の安さに反映されるかといえばまた別の話、ということになります。

送電網を伝って運ばれた電気が家庭に届く

※とはいっても、日本の場合は完全な別会社(所有権分離)ではなく、グループ企業として会社を分ける(法的分離)にするという方針なので、どこまで公平性、透明性が確保されるかは不透明とされている。

◆自由化とは、自由市場をつくること

電力システムの問題に詳しい関西大学准教授の安田陽さんは、「自由化のイメージが誤解されている」と語っています。自由化という言葉の意味は、自由に選べることがポイントなのではなく、「自由市場をつくる」ということです。電力自由化によって、これまではほとんど影響力のなかった電力の卸売り市場をきちんと整備して、野菜や魚と同じように市場を通して、誰もが売り買いできる状態にしていきましょうということです。

関西大学の安田陽准教授

安田さんは同時に、「でも市場原理主義のような、弱肉強食の世界にすべきと言うわけではありません。自由化にはきちんとしたルールが必要です」と言います。自由な市場競争にして、単なる弱肉強食になってしまえば、これまでのノウハウや資金のある大手電力会社が圧倒的に強くなってしまいます。結局、たくさんの小売り会社ができたけれど、小さいところは経営が厳しくなり、最後に残った東京電力と関西電力、そしてその2社と提携した大企業が吸収合併していくということにもなりかねません。実際にドイツでは自由化した当初、そういうことが起こりました。

そこで、きちんとしたルールをつくり、新しく参入した業者も不公平にならないように監視し、不正があれば規制をかけていく仕組みが必要となります。それをきちんとやっていくことで、今よりも公平性、透明性、効率性の高い電力システムが実現できるということになるわけです。

電力システム改革では、その辺りも議論されています。では現在の日本でどの程度できそうかといえば、いろいろな問題がありそうです。前回お伝えした、地域にベースを置いて再エネを小売りしたい事業者が苦戦している背景にも、そのことが関係しています。

日本の問題点については今後触れる事になると思いますが、制度改革というものはいずれにしても完璧なものはありません。でも少なくとも、今までブラックボックスだった部分はいくらか見えてくるはずです。電力システムなんてこれまではほとんどの人にとって関心の対象外だったと思いますが、興味を持つ人が増えることで、おかしなことがやりにくくなっていく、という面はあるでしょう。

電気という見えない物を扱う話なので、ちょっと難しい面はあるのですが、それでもこれまで「単に電気を買って消費するだけ」という存在に置かれてきた一般の人が、システムに声を反映させられる可能性は出てきました。目先の安さ合戦にあたふたする事なく、まずは5年先、10年という長期先な視点でどれだけきちんとしたルール作りがされていくのかに注目していきましょう。多くの人が関心を持てば持つほど、公正なルールになる可能性が高まるからです。

今回は全体的な話が多いので、ややこしい話が多かったかもしれませんが、この全体構造を理解した上で、電力自由化の動きを見ていくと、すっきり理解できるようになるかもしれません。今回はこんなところで!

ゼロからの電力自由化①自由化してもあわてなくていい
ゼロからの電力自由化③ドイツの失敗から学べるか?


◆関連リンク
「パワーシフトキャンペーン」のホームページ




電力自由化でエネルギーシフト!

高橋真樹著『ご当地電力はじめました!』
(岩波ジュニア新書)