第74回:電力自由化を地域経済活性化につなげたい–鈴木悌介さん(後編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

2015年最後のご当地エネルギーリポートです。今年は、再エネだけでなく省エネも含めて幅広く伝えてきたつもりです。来年4月からは電力の小売り自由化も始まりますので、そのテーマの記事も増やしていきたいと思います。

さて今回は鈴木悌介さん(鈴廣かまぼこ副社長)へのインタビューの後編です。前回は、鈴廣が新しく建てた省エネビルを紹介しました。50%以上のエネルギーを無理なく削減できるビルを建てただけではなく、設備面の価格もそれほど高額ではないため十分に元が取れる、という話は興味深かったですね。さて今回は、経営者の視点から考える原発の問題や、電力自由化が近づいた今、小田原をはじめ、地域には何ができるかといった話を伺っています。


鈴木悌介さん(11月に小田原で開催された「市民地域共同発電所全国フォーラム2015」にて)

◆湯沸かし器のために払うコスト

高橋:悌介さんに始めてインタビューさせていただいたのは、原発事故があってエネ経会議を立ち上げた後ですね。福島原発事故によって大きな変化があったとのことでしたが、事故から5年近くが経つ現在、改めて企業経営者という立場から原発についてどう考えているかをお聞きしたいと思います。

悌介:私は常々、経済界で生きる人間だからこそ、お金のモノサシばかりを基準にするのではなく、命のモノサシという視点で考えなければいけないと思っています。でも原発については、単にお金のモノサシからだけ見ても、まったく見合わないものです。どこにも経済合理性がないのですから。

火力発電にしろ、原発にしろ、やっていることをおおざっぱに言えば、お湯を沸かしてその蒸気で発電タービンを回すということです。つまり単なる大きな湯沸かし器ですよ。特に原発についてはたかがそんなものを動かすために、事故があったら薬をいつ飲むのかとか、何十万人の避難経路をどうするのかとか、何でこんなことを心配して暮らさないといけないのかまったく理解できません。そんな危険な機械は不要ではないでしょうか。


2015年に再稼動をした鹿児島県の川内原発

問題は山積みです。例えばゴミ問題、つまり使用済核燃料の処理は一向に解決のメドが立ちません。我々企業が産業廃棄物を出す場合は、その処理方法や費用を明確にしないとふつうは行政から許可されません。でも原発だけは、はっきりしなくても大丈夫というのもおかしい。

それでも大きな経済団体には、原発をやめられない事情があります。確かに、原発政策を変更する事は、狭い意味での日本経済への影響が避けられません。大手電力会社と原発関連会社は直接的なダメージになるでしょうし、そこにお金を貸している政府系の銀行やメガバンクなどにとっては財務的な経営問題になります。

それがわかっているから、誰も自分が社長の時は決断できないのです。株主の利益に反することについては経営者が動けないという、上場企業の経営者の悲哀です。誰が悪いということではなく、そのような仕組みになってしまっているのです。

「原発が必要だ」という経済界が語る理由がコロコロと変わってきたのも、そのためです。最初は「原発が動かないと電気が足りなくなる」とか、「電気代が上がって産業が空洞化する」と脅していました。でも実際には電気は余っているし、しょっちゅう停電する発展途上国に工場を移そうという経営者なんていないでしょう。

屋根に太陽光発電設備を設置したかまぼこ販売所

次に出てきたのが貿易収支が赤字になるという話です。原発の代わりに火力発電用の燃料輸入を増やした事で「日本の国富が何兆円も流出している」という内容でした。でも、実際には輸入金額は増えていても、輸入量はほとんど増えていません。これは主に急激な円安が理由でしたが、原発停止のせいで損をしていると、すり替えられたのです。

そして現在は、エネルギーの海外依存度を減らす「安全保障のために必要」という意見が出ています。でも原発をたくさん維持する事こそ安全保障的に一番危ないですよね?欧米では原発でテロが起きる事を最も恐れているのです。いずれの理由も本当の理由ではないから、説得力がありません。ただ、私のような小さな会社の一経営者がこのような問題点をいくら指摘してもなかなか変わらないので、地域で結果を積み上げてしていくしかないかなと思っています。

◆電力もお金も地域で回す

高橋:悌介さんは以前から、経済だけでなくエネルギーも地方分権の時代だと言っていました。原発事故から5年で、具体的にどのような動きに注目され、どういった収穫があったと思いますか?

悌介:確実に言える事は、地域で自分たちがエネルギーを手がけようという動きは、全国で増えたということです。もちろんFIT(固定価格買取制度)などの政策はきっかけにはなりましたが、今ではFITだけに頼らず、次のステップに移ろうという意識に変わってきている所も多いようです。エネルギーを地域で生み、消費し、所有するということを目指す動きもそのひとつです。

鈴廣本社ビルの屋上に設置された太陽光発電設備(出力は約40キロワット)

高橋:鈴廣のある小田原では、具体的にどのような動きになっているのでしょうか?

悌介:代表的な例が小田原の地域電力会社である「ほうとくエネルギー」や、新電力(PPS)として電力の小売り事業に名乗りを挙げた「湘南電力」です。例えばほうとくエネルギーの発電所でつくった電気を湘南電力が買い、それを鈴廣が買って消費するという流れも不可能ではなくなりました。そして湘南電力はその利益の一部を、地元のサッカークラブである湘南ベルマーレに寄付する等、地域に還元する仕組みを作ろうとしています。

2016年4月には電力自由化がありますから、一般の人たちにもそのような選択肢が広まることになります。地域主導という意味では、このような動きが全国に出て来ることが大事ですね。

高橋:今までは地域で発電しても、大手電力会社に売電するという流れが主流だったのが、地域の小売り会社と契約して、電力やお金を地域で回せるという形が作れるようになるということですね。

◆電力自由化を地域に活かす方法

悌介:地域主体という意味では別の動きも起きつつあります。小田原では、これまでライバル関係にあった都市ガスの会社とプロパンガスの会社が手を組もうとしています。今までは同じ地域でシェア争いをしていた商売敵でしたが、小さな地域で争っていても、外から大手がやってきてどっちもやられてしまいます。今後はガスだけとか、電気だけを見ていれば良いわけではなく、トータルでエネルギーを考える時代になってきたのでなおさらです。

私は、発電所を持っているほうとくエネルギーと、小売りができる湘南電力が協力するだけでは不十分だと思っています。例えば湘南電力は、地元企業とはつながりがありますが、1軒1軒の家庭とはつながっていません。そのネットワークを持っているのがガス屋さんです。だからほうとくエネルギーと湘南電力、そして小田原の都市ガスとプロパンガスの会社が手を組めば良い。

新社屋の窓はサッシは木材。壁の厚さも20センチで、断熱効果も高い

例えばガス会社が湘南電力の代理店のようなことをやれば、お客さんにとってもメリットになります。価格面だけで競争すれば絶対的に大手が有利ですが、地域ぐるみでやれば、素早いメンテナンスや丁寧な対応などサービス面での価値も出てきます。地域密着でやっているという安心感もあるでしょう。発電から小売りまで、また電気もガスもと、エネルギーを地域で協力してトータルでエネルギーに取り組むというビジョンも描くことができるはずです。

高橋:エネ経会議の役割としては、そうした地域の取り組みをサポートしていく立場になるのでしょうか?

悌介:そうですね、エネ経会議には「エネルギーなんでも相談所」があります。ここは中小企業を対象に、省エネのノウハウをスペシャリストの方が無料で相談に乗っています。新たに設備投資をしても、省エネできれば短期間で投資回収できる事もあります。中小企業は、大企業と違って省エネの専門家を雇えるわけではないし、日々の業務で手一杯なのでそこまで考えられませんから、このような場を活用してもらいたいですね。

省エネ設備の導入にかかる資金調達についても、現在は城南信用金庫とエネ経会議が組んで、パッケージにしようとしています。地元の信用金庫のお金を使って地域の省エネ設備が増えることになれば、地域内でお金が回ることになります。単に省エネをするだけではなく、そのように地域の中に経済循環をつくることにつなげる動きもできるはずです。城南信金がカバーしているのは東京と神奈川の東側なので、まずはそのエリアで広げながら、他の地域でも応用できる仕組みを作っていきたいと思っています。

鈴廣の新社屋に設置された自然光を利用する「太陽光照明」

◆今は大きく変わるチャンス

高橋:原発事故の前に比べたら、エネルギーに関心を持つ人がだいぶ増えたのではないかと思いますが、それでもまだまだ大半の人にとって遠い問題であるのも確かです。どのように関心を持ってもらおうと考えていますか?

悌介:企業の経済活動からすれば、やはり「儲かるかどうか」は大きなウェイトを占めています。だから「これやると儲かりますよ」と言える事例をたくさん作るしかありません。この新社屋もそうですが、このような仕掛けをどんどんしていきたいと思います。

私は小田原箱根商工会議所の会頭を務めています。今年の5月に箱根の大湧谷の活動が活発化してから観光客が減少し、この秋は厳しい状況でした。現在は少し戻ってきていただいていますが、今後は観光のあり方を見直し、新しい取り組みもしていかないといけないと考えています。

というのは、大湧谷の活動が活発になるのは特別な事ではなくて、何十年という長い歴史で見れば繰り返していることなのです。ところが2007年から国が噴火警戒レベルというのを設定してリスクを見える化しました。自然環境は変わっていないのに、社会環境が変わったことで問題になるようになってきたんです。

省エネ性能の高い鈴廣の新社屋と鈴木悌介さん

観光業はそういう環境の中で商売しているという認識に立った上で、どのような商売のあり方をすれば良いのかという見直しをしていかないといけなくなっています。そのような議論する過程では、エネルギーの有効利用の話も盛り込んでいけたらいいとは思っています。

箱根にしても小田原にしても危機感はありますが、「大変」というのは漢字では「大きく変わる」と書きます。人は変化を嫌います。変化は苦痛を伴うことが多いからです。しかし、「大変」な状況とは同時に、大きく変われるチャンスでもあると思うのです。今までのままではいけないとは思っていたが、変えることができなかったことを変えるチャンスだと思います。地域を大きく変える。箱根だけでなく、各地域でエネルギーに取り組んでいる人たちの思いも同じことだと思います。日本の国家レベルではまさに3・11がそうだったわけです。あんなことを繰り返してはいけない。だからこそ、さまざまな実例を形にしていきたいと思っています。

※記事の前編はこちら 50%以上のエネルギーを削減する省エネビルを探訪


2015年、ご当地エネルギーリポートへの応援、どうもありがとうございました。2016年もエネルギーシフトの最前線を伝えるため全国を駆けめぐります。どうぞよろしくお願いします。



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