第73回:エネルギー50%以上を削減する新型省エネビルが完成!–鈴木悌介さん(前編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

今回は、小田原の老舗かまぼこ屋さん「鈴廣」の省エネビルのリポートと、エネ経会議の代表である鈴木悌介さん(鈴廣蒲鉾副社長)のインタビューをお届けします。鈴廣は2015年8月に新社屋を建設しました。そのオフィスビルは、従来使っていたエネルギーのなんと50%以上を削減する、新世代の省エネビルになっています。地元木材がふんだんに使われたこのビルの紹介と、なぜこのようなビルをつくろうと考えたのかについて鈴木悌介さんに伺いました。

鈴廣かまぼこの新社屋

※当ブログの主催団体であるエネ経会議(エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議)についてはこちらをご覧ください。

◆エネルギーを50%以上削減した省エネビル

建物があるのは、店舗やレストラン、かまぼこ博物館などが並ぶ鈴廣かまぼこの里の一角、箱根登山鉄道、風祭駅のすぐ隣です。外観は和の意匠の3階建てのオフィスビルですが、ここはエネルギー削減率が54%。つまり、通常の同じサイズのビルの半分以下のエネルギーしか使っていないエコな建物です。ここは、経済産業省の「ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)」の認定も受けています(※)。

省エネ設備の話に入る前に、ビルの中で一番目立った部分をお見せします。それは、ふんだんに使われている木材です。床や天井、職員の机に至るまで、こんなに木が使用されているオフィスビルを見たのは初めてです。地元、小田原の山で伐採されたひのきが使われています。節が結構あるので、建材としては高級なものではありませんが、堅牢性ではまったく問題はありません。

オフィスにはふんだんに地元木材が使われている


壁の内部は分厚い断熱(20センチ)がされています。窓はもちろんペアガラスで、内側は木製サッシになっています。ここでも木が活用されているんですね。

屋上には40キロワットの太陽光発電設備が並び、電気は売電ではなく自家消費をしています。館内には蓄電池もあるので、停電時も安心です。

また照明には自然光を取り入れる太陽光照明が付いています。太陽光照明については、以前ご当地エネルギーリポートでも取り上げましたが、オフィスビルは基本的にお日さまが出ている昼間に使われるので、相性が良いですね。この日は曇りでしたが、それでもオフィス内は十分に明るかったです。

またセンサーが付いていて、自然光が弱ければその分を調整してLED照明が強まる仕組みになっています。自動調整なので手間いらずです。ちなみに、個々の従業員の手元を照らす個人用LEDライトを併用し、部屋全体の明るさとバランスをとっています。

手元を明るくするLEDを使用

空調は地下水(井戸水)を利用したヒートポンプシステムです。2階の応接室やミーティングルームは、常時使うわけではないので、部屋ごとに調整できるようにしてあります。また大きいフロアのオフィスになっている3階は、床に空調の吹き出し口があり、そこから温風が出ていました。

井戸水は空調だけでなく、効率よくお湯を作るシステムとしても活用されています。また一度使用された井戸水は貯められ、トイレ等の水として再利用するシステムになっています。このオフィスで働いている職員は100人前後、店舗や工場の職員がお昼を食べに来るのでプラス100人くらいが常時利用しているとのことでした。

※経済産業省の「ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)」
消費する1次エネルギーが、年間で概ねゼロとなる建築物が認定される。この定義には、屋根の置いた太陽光発電設備など自然エネルギーにより生み出したエネルギーも一次エネルギー削減分として計算される。経産省は、2030年までに新築の建物全体をZEBにすることを目標としている。

ZEB認定を受けた鈴廣の省エネビルのシステム

◆省エネにこだわった理由とは?

高橋:ではここで、鈴廣かまぼこ副社長の鈴木悌介さんから話をお聞きします。このビルは省エネ率54%だそうですが、なぜここまで徹底して省エネにこだわったのでしょうか?

悌介:省エネビルをつくるきっかけは、間違いなく3・11の震災です。まず震災直後には、中小企業基盤整備機構のコンサルタントに協力してもらって、「お金のかからない省エネ」に取り組みました。空調をこまめに切るなどの運用面の見直しや、井戸のポンプにインバータを付けるといった部品交換で対応しました。

鈴廣かまぼこの鈴木悌介副社長  

それだけでも、20%程度の省エネを達成することができました。以前から省エネの取り組みはしてきたつもりですが、まだまだ改善の余地がある事に気づかされたのです。

高橋:2013年には、太陽光発電設備を3カ所の建物の屋根にも設置されました(合計110キロワット)。その次に手がけたのが、2014年3月に見せていただいたレストランなどの改築ですね。

悌介:ブッフェレストランでは、新たな設備として、地下水と地中熱を利用した空調システムを取り入れました。また、夏場の暑さ対策として屋根に水を流して温度上昇を抑えました。さらに団体食堂の厨房では、太陽熱温水器を設置して皿洗いなどに使うお湯を沸かしています。

このようにいろいろやってみて気づいたのが、井戸水もエネルギーだし、太陽光は発電だけでなく、熱源として強力だし、つまりエネルギーは電力だけでなく熱も大きなポイントだということです。

高橋:それらの経験を活かして、設計段階から省エネを意識して建てたのがこの新社屋なのですね。

悌介:そうですね。新社屋は、これまでの取り組みの集大成になっています。設計や施行段階では、エネ経会議の「エネルギー何でも相談所」のテクニカルアドバイザーの力が大きかったです。

◆驚くほど明るかった太陽光照明

エネルギー的に一番大きかったのは、井戸水の利用です。これは空調と給湯に使用しています。計算すると、井戸水だけで必要なお湯が十分に作れることがわかったため、今回は太陽熱温水器を使用していません。

全部で17本を設置した太陽光照明も面白いですね。こんなに明るいとは思わなかったので、驚きました。チューブの内面に光を反射させるシンプルな造りなので、コストも比較的安かったです。

自然光を取り入れた太陽光照明

高橋:太陽光照明については、以前ご当地エネルギーリポートでも紹介しましたが、オフィスビルでこんなにたくさん設置されたのを見る機会は始めてです。省エネ以外に力を入れたのは、至る所に使われている木材でしょうか?

悌介:建物の骨組みは鉄骨ですが、内装に地元のひのきをふんだんに使用しました。床が木のままだと、傷や汚れがつきやすくなるのですが、通常のウレタン系の塗料でコーティングしてしまうと、木の香りがしなくなり、良さが失われます。そこで、傷や汚れに強いガラス系の塗料で、しみ込ませるタイプの物を使いました。これで耐久性もあって、木が呼吸する感じも出す事ができました。これだけ木に囲まれた空間で仕事をするのは気持ちがいいですね。

木の暖かみのある床。しみ込むタイプの塗料が使われているので木の香りも楽しめる。

高橋:これだけ木材を使ったり、省エネ設備を入れたらずいぶんとコストもかかったのではないでしょうか?

悌介:確かに東京オリンピック前の建設ブームの影響でしょうか、建設コストそのものはこの数年で上がっています。しかし省エネビルにしたから特別高かったというわけではありません。通常のビルを建築するのに比べて、全体で10%から15%くらい多くかかった程度です。余分にかかったコストに付いても、エネルギー削減率が半分以下なので、10年くらいで元が取れるのではないでしょうか。

また経産省のゼロエネルギープログラムというものがあり、それは普通のビルより30% 以上省エネできれば認められるのですが、うちは50%以上なので楽々クリアしました。それが通れば追加分の省エネ設備には、投資額の3分の2まで補助金がいただけるので、それも活用しています。

高橋:コストが十分に回収できるのであればやってみたい、という企業もでてくるでしょうね?

悌介:ゼロエネルギービルというのは、これまで大手建設会社がショールーム的にやっていましたが、たいていは採算を度外視して作っています。今回のように実際の商業ベースで使用するビルの例は、まだまだ少ないでしょうね。実際には、いろいろ知恵を出して、組み合せるとこれだけ削減できる、ということがわかれば普及していくはずです。そうなれば機器は増産され、その値段はさらに安くなるという好循環が始まるでしょう。運用を始めたばかりなので、使い勝手についてはこれからですが、エネルギーコストについてはだいたい設計通りの数字が出ています。

従来ほとんど使われてこなかったエネルギーがいくらでもあるということを、このビルを通じて知ってもらいたいですね。私はこういうものがメジャーにならないとおかしいと思います。

高橋:本当に工夫の仕方で省エネ性能も快適性も同時に高めることはできますからね。

悌介:人間はおかしなことをしているなと思うことがあります。建物を建てる時、壁を立て、屋根を乗せて、部屋の中をまっ暗にして電灯を点けて外で原発を廻して電気を使っている。一歩、外に出れば明るいのに。もっと身の廻りにある自然の力を活用しませんかと申し上げたいと思います。

◆電気でなくても良いケースはたくさんある

地下水を利用した冷暖房の吹き出し口は床に設置されている

高橋:ところでこのビルでは、原則的には窓の開け閉めをしないと聞きましたが、どのような理由からでしょうか?

悌介:外の空気は、熱処理と水のフィルターを通して処理したものを館内に送っています。そこでホコリとか花粉が全部取れるんです。ビルの中の空気はいつもきれいで、温度も湿度も一定なので、快適な空間が保たれています。また、建物の中の気圧は外より少し高めに設定しているので、窓を開けても外気が入ってきにくい設計になっています。花粉症などで困っている人には、良いと思います。

高橋:建物全体が空気清浄機の役割を果たしているということですか。湿度コントロールができるのも画期的ですね。同じ温度でも、湿度が違うと全然体感が変わってきますから。

悌介:温度は冬は21度、夏は28度に設定していますが、寒すぎたり暑すぎることはありません。体感温度は温度+湿度なので、湿度を調節すれば問題ないからです。各部屋には、温度を変えずに湿度だけをコントロールするボタンもあるので、例えば夏に28度でも、湿度が50%程度になれば暑く感じなくなります。冬の寒さも同じような対応ができます。

上の2つのパネルは湿度コントロール用のもの

いつも言っていることですが、エネルギーの話をすると必ずイコール電気の話だと思われてしまうのですが、その発想から抜けないと本当の省エネ社会というのはつくれないと思います。だってほとんどの人が気にかけていなかったり使っていないエネルギーが、こんなにたくさんあるのだから。

光や熱、断熱、空調システムなどの使い方を工夫すれば、実は電気でなくて良いケースが本当にたくさんある事に気づきます。CO2削減の話も同様で、身の回りにあるエネルギーを上手に使えば解決できるはずです。今まで省エネは我慢や抑制することだったり、ビジネスにとってマイナスだとされてきました。でも実はこんなに多くのテクノロジーがあって、むしろ新しいビジネスチャンスになってきています。日本にはそれだけの知恵もあるし技術もある。経済界はそういう方向にこそ、力を入れていくべきではないでしょうか?

高橋:このビルが50%以上のエネルギー削減をしている事実が、それを証明していますね。

悌介:鈴廣のオフィスビルは小さな実践ですが、こうした実践を積み重ね、実例をたくさんつくっていくことで、社会を変えることができるのではないでしょうか。

木材の天井が木に囲まれた空間を演出する

※連載後半は、地域でエネルギーに取り組む小田原の現在の様子や、原発再稼動についての思いなどについて伺っています。
後編はこちら

◆関連リンク
◆レストランに省エネ設備を導入した記事はこちら
◆自然光を活用する「太陽光照明」についての詳しい記事はこちら




ガマンではなく、快適になる省エネについても紹介

高橋真樹著『ご当地電力はじめました!』
(岩波ジュニア新書)