第66回:村の森林資源を活かす志/群馬県上野村、木質バイオマスの取り組み | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

今回のご当地エネルギーリポートは、木質バイオマスの取り組みを進める群馬県上野村です。8月末にエネ経会議は森に囲まれた上野村への視察ツアーを実施、そこに同行取材してきました。上野村では今年の5月から日本初の木質ペレットをガス化して電気と熱をまかなうドイツの設備が本格稼動しています。バイオマスに取り組む小さな村の様子をご報告します。

今年から稼動を開始した日本に一台しかないドイツ製の木質バイオマス、ガス化熱電供給設備と、当日の視察メンバー(中央にはエネ経会議の鈴木悌介代表)

◆上野村の山林は急傾斜

上野村は人口およそ1300人、標高1000メートルから2000メートルの険しい山々が連なる山岳地帯の村です。群馬県の最南端に位置し、西には長野県、南は埼玉県と接する山間部。今から30年前の1985年、日航機が墜落して500名以上が亡くなった御巣鷹山がある場所なんですね。事故の後、現場に駆けつけたのが上野村の消防団でした。

事故があったのは夜で、朝方まで救助ヘリの降下はもちろん、場所の特定もできなかったため、当時の救援のあり方は現在でも批判にさらされている面もあります。しかし現場近くを見れば、ほとんど平地らしい平地はなく、GPSもない当時は混乱したのも無理もないと感じました。もちろん、まだまだ検証は必要なのでしょうが、やはり実際に現場を訪れて実感することは大切だと感じました。

高崎駅からバスで約1時間半の距離にある上野村の高齢化率は43%以上で、不便な中山間地の例にもれず限界集落となっています。しかしここでは自治体が積極的にリーダーシップをとって、豊富な木材資源を活かした地域経済の活性化や移住者の増加をめざしています。森林を活かして生きていこうという取り組みをはじめたのは、1970年代からだったので、全国でもかなり早い方ですね。

その旗ふり役を務めたのが1965年から2005年まで、10期40年もの長きに渡って村長をつとめた黒澤丈夫さんでした。なぜそんなに早くから森を活かす決断をしたのかということも、訪れてみればすぐにわかります。村の面積の95%は森林だからです。
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製材所では丸太が次々と運ばれ、用途別にカットされていく

そしてその取り組みは現在は、製材業の活性化から一歩進めて、製材には使えない材や、製材所から出た端材を利用したバイオマスエネルギーの取り組みにも広がっています。

上野村の森林は、今どきは珍しくほとんどが広葉樹でできています。かつて林業が盛んだった頃、日本のほとんどの山林では天然の広葉樹の森を伐採して、その後に杉や檜など成長が早くお金になる針葉樹を植林していました。しかしそれらが成長した頃には安い外材が流入して採算が合わなくなり、現在は日本全国で森が針葉樹ばかりで手つかずの状態になってしまっています。

一方、上野村の山林は険しすぎて植林には不向きでした。他の村が針葉樹を植林していた当時は、上野村の住民は残念がったようですが、バイオマス利用にはすぐに燃え尽きてしまう針葉樹よりも、広葉樹の利用価値が高くなります。結果的に、再エネを活用するには好条件の地となりました。

それではここから、視察ツアーでたどった場所を一緒にめぐってみましょう。ちなみに、当日案内していただいた上野村産業情報センターの三枝孝裕さんは、栃木県佐野市からの移住者です。この村の素敵な自然環境に魅せられて移住を決めたとの事でした。

◆上野村森林組合の製材所

製材所でカットされた際に出た端材。これが細かく砕かれて木質ペレットに加工される

はじめに訪れたのは上野村森林組合の製材所です。ここでは、森から切り出した木材を乾燥させ、製材、そして加工や木工品の制作まで行っています。1970年代までは村の収入源は、森から木を切り出して丸太にして直接販売するという方法でしたが、それだけでは産業として弱いため、加工まで直接手がけるようになりました。

ここで製材されて建築材として運ばれるもの、木工用の材になるもの、そして残った端材に分けられます。端材はペレット燃料に加工され、エネルギー利用されています。

木工品は小物やおもちゃから、食器や大きな家具まで多彩な製品が作られ、道の駅の隣にある工芸館で販売されています。

製材所内にある木工品の加工所。さまざまな製品が作られる

◆木質ペレット燃料製造工場

ペレット工場で加工されたできたてのペレット

製材所の端材や、山から直接降ろされる間伐材の一部はこの工場で細かく砕かれて、圧縮して木質ペレットに固められます。ペレットは、薪をそのまま燃やしたり、木質チップにするよりも、手間やコストがかかる面があるものの、品質が安定していて燃焼効率も高く、燃料として優秀です。また、水分含有量が少なく長期間の保存も可能というメリットがあります。

ここで作られたペレット燃料は、以下で紹介するバイオマス発電所の燃料となっている他、ホテルや温泉施設のボイラー、一般家庭のストーブ、そして農業用ハウスの燃料としても活用されています。


上野村で作られた木質ペレット

◆木質ペレットガス化熱電併給装置

上野村に今年(2015年)から導入された木質バイオマスの発電設備は、電気だけでなく熱も供給するコージェネレーションシステムになっています(コージェネレーションというのは2つのエネルギーを供給するという意味ですね)。

木質ペレットをいったんガス化して、そのガスで電気と温水をつくり、温水で熱供給を行います。温水は暖房はもちろんですが、冷媒を通す事により夏場の冷房として活用する事も可能です。設備は、この分野でドイツで長年の実績を持つブルクハルト社製のものを使っています。2015年5月に本格稼動を始めたこの設備は、まだ日本で一台しかないので、全国からバイオマス関係者の視察が相次いでいます。

バイオマス設備と竹林征雄さん

設備の発電出力は180kW、熱出力は270kWという小規模なものです。ドイツやオーストリアなどバイオマス利用が盛んな国々でも、大規模な工場が採算が取れなくなって来ていることもあって、近年は設備の小規模化が進んでいます。小回りがきき、近くの材を近くの需要に合せて使うという意味で、小規模の方が有効だというデータが出てきているようです。上野村のケースも、たくさん発電して売電収入を得るという目的ではなく、村内で生産したペレットを村内で利用しようという地産地消の方向をめざしているので、小規模の設備が適しているのですね。

この設備では単に木質ペレットを燃やす場合に比べて、ガス化することによってエネルギー効率を高めています。発電効率は30%以上、熱供給の効率も45%以上で、合せると75%以上という非常に効率の良いエネルギー利用ができます。
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バイオマス熱電供給設備のデータは転送され、ドイツ本社からも点検できるようになっている

ここで生まれた電力は、隣の上野村きのこセンターに供給されています。また、きのこは低い温度を保って栽培しなければならないため夏場の冷房の一部としても活用されています。さらに同じ場所では今後、いちご栽培も検討されています。その際、冬場の暖房の熱供給をこの設備でまかなう予定です。

この装置を上野村に導入する際アドバイスをしたのは、NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク(BIN)副理事長で、エネ経会議理事も務める竹林征雄さんです。

◆上野村きのこセンター

きのこセンターの職員から説明を受ける

電気と熱を供給する先が、発電所に併設されている上野村きのこセンターです。きのこセンターは、村の産業奨励と雇用促進を計って、自治体が2000年に設立したシイタケの栽培をする設備です。2013年には新しい設備の元に38棟の建物を本格稼動させました。昨年までは村営でしたが2015年から民営化して、現在約60名の雇用を生んでいます。

シイタケ栽培には、菌と空調の管理が欠かせません。菌の生育状況によって建物を移し替え、収穫時期になったものを手作業で摘み取ります。その空調管理に使われているのが、上記の木質ペレットの設備が生み出した電気と冷房です。まだ発電所が稼動して4ヶ月しかたっていないのですが、木質ペレットの設備による電気を使っていなかった昨年よりも、すでに電気代は安くなっているとの事でした。

一般のシイタケよりも肉厚な上野村シイタケは、名産として関東に流通しているほか、加工品として乾燥シイタケ、シイタケ茶やふりかけなどとしても販売されています。

◆村営福祉施設

村営の福祉施設では、太陽光発電と非常用蓄電池を設置。万が一孤立しても対応できるようになっています。険しい山間部で冬はマイナス10度まで下がる地域なので、こういう備えは大事ですよね。

ソーラーパネルが設置された福祉施設

◆スカイブリッジと揚水発電所
 
上野村の観光名所も訪れました。全長225メートル、高さ91メートルに及ぶ巨大な吊り橋「スカイブリッジ」です。急傾斜の山が連なる絶景ですが、当日は残念ながら雨模様、本降りになってきたので慌ててバスに逃げ帰りました(笑)。でも広葉樹が多いだけに紅葉の季節は本当に美しい景色になるそうです。ぜひ一度お越し下さいね。

スケールの大きなスカイブリッジ

最後に訪れたのは、東京電力が所管する神流川(かんながわ)揚水発電所です。揚水式発電所というのは、ダムを2つ作って、同じ水を循環させる事で蓄電池の役割を果たす水力発電所のことです。夜間の電気が余っている時間帯に下のダムから上のダムに水をくみ上げ、昼間の電力ピーク時に上から下に落として発電するという仕組みです。ただ、くみ上げる電力の方が割合が高いので、エネルギー効率としては良いものではありません。この発電所単体で電気を産むというのではなく、他の発電所とセットで電力を調整する役目として全国につくられました。

神流川発電所は、上部ダム(長野県南相木村の南相木ダム)と下部ダム(群馬県上野村の上野ダム)の間の落差653メートルを利用して発電するもので、2015年9月現在は発電機が2基で合計94万kWの出力があります。さらに4基の発電所が計画されていて、6基が完成すると世界最大の揚水式発電所となる予定でした。しかし、3・11の震災後に社会全体で省エネが進み、ピーク電源が間に合っていることなどを理由に、建設工事はストップしています。見学では、バスで地下500メートルの所に作られた発電機が置かれている大空洞まで降りることができました。

揚水発電所は、夜間でも電力が余る原発とセットで日本各地に増えていった経緯があるのですが、今後は原発の減少とともにニーズが変わっていくでしょう。もっとも有効な手段として、自然エネルギーなどの変動する電源をうまく活用するために巨大な蓄電池としての役割が期待されています。

◆上野村の取り組みについての感想

上野村を視察しての感想ですが、まずバイオマス利用という点では今流行の「とにかく売電」「設備を大規模化」という発想とは真逆で、地域の規模に合せた適正サイズをめざそうという心意気を感じました。その点で、非常に意味のある取り組みだと思います。


38棟が立ち並ぶ上野村きのこセンター。左端にバイオマス設備がある(提供:上野村産業情報センター


2012年からFIT(固定価格買取制度)が始まったことによって売電価格で採算が取れるようになったため、木を燃やして発電して、売電しよう、というやり方が主流になりつつあります。そしてより儲けをあげるために工場を大規模化しています。しかしこれは目先の利益にはなるかもしれませんが、持続可能性や、適切な木質エネルギー利用方法を考える場合はお勧めできません。

森林の面積が大きく、製材業の盛んな上野村では、林業や製材所から出る規模の端材でできることを考えました。そして売電ではなく地域内のエネルギー循環をどうするかに軸足を置き、キノコセンターなどの施設で電気を利用、さらに熱も無駄なく利用しようと計画しています。これがうまく回れば森の多い地域のエネルギー利用のモデルになりうるのかもしれません。これまでのご当地エネルギーリポートでも取り上げてきたように、木質バイオマスのエネルギー利用では、発電よりも熱利用を考えることが大事だというのが基本ですから、これは理にかなっています。
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加工された木工品は、村で販売される

ただ残念ながら、上野村の取り組みが黒字化したとしても、他の地域がすぐにここを参考に出来るか、といえばそうとは言えません。上野村では、前述の東京電力が管轄する揚水発電所がある関係で、村の年間予算を上回る多額の固定資産税収入が入っています。バイオマス関連の設備投資は、ほとんどここから出ているのです。木質チップガス化熱電供給設備には3.5億円(発電機単体では1.4億円)、きのこセンターには合計で13億円程度のお金がかけられました。この金額を他の自治体が簡単に出せるわけではありません。

これは上野村の問題であるとか、バイオマスの問題ということではなく、日本ではまだまだ森林を地域経済に活かす環境が整っていないため、本気でバイオマス利用を実践しようとすると、必要以上にお金がかかってしまうという事と関係しています。バイオマス利用が盛んなドイツやオーストリアなどでは、同じ設備を使ってもっと安く全体を回す事が出来るため黒字化しているのですが、日本ではそう簡単ではありません。

全国ではたくさんの人がバイオマスエネルギーを活用しようと頑張っているのですが、バイオマス利用を地域で循環させている成功事例は、まだ日本ではほとんどないといっていいでしょう。メディアで「里山利用のお手本」のように語られ、注目されるような場所であっても、実際に訪れてみると自治体が赤字で担っているものだったり、外国からの輸入材をチップにしていたりと、決して「日本の里山をうまく利用している」とは言えない事業がほとんどであるのが現状です。

ただ、それらの取り組みが「ダメ」なのかといえば、そうとは言い切れません。日本は森林資源が豊かな国です。エネルギー利用も含めて、その地域資源を活かすための挑戦がまさにこれから始まるのです。その第一歩を踏みしめた人々が苦労するのは当たり前のことのようにも思います。そしてその試行錯誤の中から、日本で持続可能なモデルになっていく事例も出てくるはずです。

ぼくはジャーナリストとして、気になる部分に目をつむり「成功例」として持ち上げる事はできません。でも同様に、最初の段階で補助金や助成金に頼っているからといって「失敗例」と切り捨てることもしません。上野村の取り組みも、2015年に始まったばかりです。採算的には赤字ですが、今後のありようによっては十分成功例になる可能性は秘めています。

また電力を供給しているきのこセンターで雇用を産んでいるように、エネルギー設備単体の経営だけではなく、村全体としてどのような循環や、持続可能性につなげていっているのかという視点で評価していく必要もあります。

摘み取られて出荷を待つ肉厚なきのこ

バイオマスを本当の意味で日本のエネルギー源にしていくために、全国で新たなチャレンジが次々と始まっています。今後のご当地エネルギーリポートでも、これからにつながる取り組みを紹介していきたいと思います。それでは今後の記事をお楽しみに!

◆関連リンク
バイオマス利用の先進事例についてはこちらの記事も参考にしてください。
岩手県紫波町の地域熱供給のチャレンジ



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