戦艦大和の最後から見る | おやまだやまと公式ブログ『推譲(すいじょう)』

戦艦大和の最後という本があります。

 

直接は読んだことはないのですが、昔「その時歴史が動いた」という番組で紹介されていました。

 

「日本人は進歩という事を軽んじすぎた。負けて気づく。僕らはその先駆けとなる。大いに結構な事じゃないか」

 

大和に乗り合わせて、沖縄特攻の命を受けた乗組員の一人の言葉だそうです。

 

おととい、とある政党の関係者と小田原駅前で会って話をしました。

 

女性初の委員長を誕生させておきながら、その期待値を自らの行為でへし折ってしまった。

 

その大きな問題が、松竹問題に端を発する神奈川県議会議員への意見に対する結語の振る舞いです。

 

私ははっきりと「今のままでは応援は出来ない」ことは伝えておきました。

 

色々と話をしましたが「非を認めることも、認めないことももはやできる状態ではない」という事がよくわかりました。

 

私は「次の選挙では100%負けます。勝てません」「徹底的に負けて、党存亡の危機、という状態までメタメタに負けたた中から、党再生の改革を標榜する勢力を待つ以外にない」という趣旨のことを話しました。

 

今、この政党は二けたの衆議院議員がいたと思います。一けた台になると私は思っています。

 

この政党をオールドで支えている人たち。残念ながら、進歩という事を軽んじすぎたと僕は思います。


戦後、党を作ってきたと自負している人たちのかたくな迄の、硬直化した、プロパガンダな主張が、


この党の若い人たちが有している柔軟でまだ自由な発想と行動を阻んでいるのだと私には感じられました。

 

こういう場合は、メタメタに負ける以外に党再生の機運は高まらないだろうと思います。

 

負けて知ればいいと思います。

 

でもね、この政党は、この国にとって、この国の民主主義にとってなくてはならない。

 

私はそう思っています。

 

本気でこの党が政権を奪取して、国民全体の負託にこたえようとするならば、


党員や元党員の意見だけでなく、国民全体の声に心耳を澄ませる必要があります。

 

しかし、外圧というか、内からの改革ができない、というのは、一番リベラルな考えを持つ政党でも変わらないのか?


という点において、日本の硬直化した組織というのは救いようがないな

 

そう、思うわけです。

 

さて、本日から、新潟、福島、那須高原に行きます。ちょっとした家族旅行です。

 

妻、こども、じじ、ババ、わたしで楽しんで来ようと思います。