7/27、とあるところから、ペーパーを入手した。
それによると、私にとっては人生の師であり、また、小田原市長選挙で20年付いて来た人間を結果的に切り捨てた氏が8月末で、会社の経営の第一線を退く
という。
1955年生まれだから、今年67歳。
私の父親より2歳年
小田原箱根商工会議所会頭
でもある。
なんというか、非常に複雑な存在…
今でも、心の奥底では、私に生きる道標を示してくれたことも含めて、とても、尊敬もしているけれど
わたしは、正直、鈴廣の鈴木悌介というのは、まあ、アイデンティティなんだろうし、それがなきゃ、人はついてこないのだろうけど
僕は、人間的な魅力に学生時代から惹かれて20年間、近くにはべったわけで
つまり、鈴廣の副社長だからついてきたわけではないということです。
大体、彼と出会わなきゃ、結婚もしてないし、小田原には住まなかったろう…
それだけ、人生を変えさせられた存在…それが、僕にとっての、鈴木悌介さんです…
だから、鈴廣を代弁してる鈴木悌介を見てしまった小田原市長選はものすごく嫌だったし、好きになれなかった…
だから、、この報道を聞いて感じたのは
彼なりに、1つのけじめをつけたんだな
と感じました…
責任をとったんだな、
とも感じました…
まあ、私は、恐らく、小田原箱根商工会議所の会頭はあと1期やるんだろうな、とは感じましたが
鈴木さんのことだけ思ったら、すべての役職から自由になって、、自由にやりたいことをやれたらいいのにな、とも感じました。
同時に、小田原のまちづくりの世代交代だな
いよいよ、私らの時代
2年後に控える小田原市長選挙をどうするか?
そうしたことも含めて、
私は自分で鈴木悌介さんの薫陶を一番うけ、再生可能エネルギーとまちづくりという分野では悌介さんの思い、気持ちを最も忠実に継承する人間だと自負してますので
悌介さんができなかったこと、また、悌介さんとは違ったまちづくりを、我々の世代は、彼の意志を、どこかに引き継ぎながら、、違うやり方で
体現していきたい…
鈴木悌介さんから教えてもらったことはホントにデカい…だからこそ、袂を分かったけども、気持ち、精神は理解してるつもりなので
私は、私なりのやり方で
新しい現実を創る
そこに、こだわりながら、やっていきたい
心からそう思っています…