【あさか選挙波をおこした人編②∼2】
前回に引き続き小山田さんです。今回、小山田さんが引き受けてくれた大きな役割のひとつは、わたしは「勝つということへの執念」を体現し続けてくれたことだったと思います。
私が小山田さんのスピーチを生でちゃんと聞いたのは、あさかさんの事務所開きパーティーのときでした。
声のポリュームや話し方、勝つことへのこだわり等共産党の候補者のパーティーでこういうスピーチをする人はいないだろうと思いました。
私は「こういう感じ足りてないな」と思いましたし、痛快にも感じました。
私は小山田さんの話は、支持者の人を元気にさせるんじゃないかなとも思いました。
共産党支持のベテラン世代の人たちは、若い頃や現役時代、元気いっぱいがんばって、
組合運動、保育園運動、学童保育、平和運動…。日本の元気な時代を運動でつくりあげてきたような人たちです。
私は、小山田さんの痛快さは、みんなに響くだろうし、
実のところ、私も、わりと元気がいいほうで、自分がベテラン世代の人たちから可愛がられてきた経験からも←笑
「小山田さんは、とても愛されるだろうな」と確信めいたものがありました。
そこから小山田さんには、取材やら、演説会の弁士やら、ありとあらゆるところで鼓舞する役割を担ってもらったと思います。
勝つという意識を高く保つことはそれ自体エネルギーの必要なことですし、
小山田が応援する人間はどんなもんじゃいと責任を引き受ける面もありますし、
全力で応援したその候補者が当選するかどうかが自分の評価に跳ね返るところもあると思います。
だからだと思いますが、小山田さんは「こうしたほうがいい」という意見をはっきり伝えてくる人でした。
私は、小山田さんから届く意見は、実現しようと腹を決めていました。
これは偶然でしたが、小山田さんと私はわりと考えが一致することは多かったとは思います。こうしないとマズイなとか、ここは勝負どころだよねという感覚は似ていました。
だけど仮に、小山田さんが私と意見が一致しないところがあったとしても、私はとりいれようと思っていました。
小山田さんは、あさかさんとは違う背景をもって、この選挙に関わり、そして、小山田さんがあさかさんの当選のために本気だと信じたし、信じられました。
だとしたら、わたしは多様な意見の実現に賭けるべきだと感じていました。
選挙を通じて、わたし自身、小山田さんに鍛えられたし、小山田さんのおかげで妥協せずにすんだと思っています。
長くなったので、次の投稿で書こうと思っていますが、こういったやりとりを経て、あさかさんの選挙のスジも作られていったように思います。