何故専用スタジアム建設にあたって「街づくり」が議論されるのか
提言が公表されて以降も、知事や山形市長もしくはファンその他目につくコメントを見る限り、山形盆地のどこかに専用スタジアムがポンと建つ以上のイメージは誰にもなされていないようである。一方で、提言にもあるように近年のスタジアム建設、とくに専用スタジアムの新設プロジェクトにおいて、「街づくり」「再開発」「地域活性化」と言ったキーワードが必ず付帯するのがトレンドのようである。Jリーグのスタジアム動向に関するレポートもしかり。
ところで、なぜスタジアム建設と周辺の街づくりとが一緒に語られる傾向にあるのか。それは議論に何をもたらすのだろうか。スタジアム建設だけを検討すること、「どうやって150億円を集めるか」を考えるだけでは何が足らないのだろう。 あたかも必然のように語られることが多い「専用スタジアム建設」と「地域、街づくり、再開発」というコンセプトの関係について、あらためて整理してみたい。スタジアム建設を単独で考察する場合と街づくりと一緒に考える場合とで、議論の方向がどのように異なってくるのかを見てみよう。
「専用スタジアム建設」だけを語る場合、これは従来の箱物行政の類似と言ってよい。議会を通して、税金を使って100億円超の建築物を建てる。クラブは公共施設としてのスタジアムを使い、年間30日程度使用する。仮にそのような動機でスタジアムを建設しようとしたら、どのようなものが出来上がるだろうか。ラウンジはきちんと準備されるだろうか?屋根は?シートの居住性は?試合日以外、すなわち1年間の9割以上にあたる330日間の用途は?そもそも、建てられるものは本当にサッカー専用になるのだろうか?
一般的に、箱物行政では建設そのものが目的となるので、作られるもの自体はある範囲の利益を平均化したものを指向する。要は、「公共性」の実現のための手段・方向性として「可能な限り汎用的で必要最低限のもの」を目指す、と考えてよい。たとえば専用スタジアムよりも陸上トラックを併設した総合競技場へ、試合の間座り続ける事がつらい椅子、何にでも対応できるといいながら何をするにも使いづらいブース、20,000人が一同に介する試合日のピークの動線に対応しづらい“汎用的”な通路、などなど。
何故そうなってしまうかと言えば、それはこれまでの地方自治行政における「公共性」の定義および運用のなされ方の中で、「スポーツ観戦」という観点での価値基準評価というものが存在した事がなく、扱い方の前例がないから、といえるだろう。端的に言えば、地方自治体が「スポーツを観る」という行為の価値をまだよく理解できていない、ということである。だから当然、税金投入先として「試合を観やすい専用スタジアム」を「サッカーもできる陸上競技場」と比較しようとした時に、「サッカー観戦がしやすい」というポイントをメリットとして評価する方法が準備できておらず、上記のような「汎用性」の基準でしか評価できないのである。そして作られる建物は計画に横槍が入る毎に「汎用性」と引き換えに当初のコンセプトを削られていき、徐々に国体競技場のようなものに変貌してゆく。
とすると、「サッカー観戦がしやすい」という点をメリットとして評価し、それに税金を投入するに相応しいと評価する基準・内容が必要である、ということのように思える。しかし、どう転んでも5,000人だか10,000人だかのサポーターのために150億の税金を投下する、という論理は成り立たない。行政が作って与え、住民が利用する。行政の目的は社会的貢献であって、住民の利用が自治体に価値を生み出し還元するものではない。この行政から住民への一方的な矢印が、従来の評価軸のもう一つの特徴である。つまり、「スタジアムの利用者」のみがその利益を享受する、という観点に立っているのである。そのような議論の延長線上においては、「スポーツ観戦」という観点を含めたところで結局建設するものにちょっと凝ってみたというだけの話に留まり、たとえ10,000人が40,000人になろうと評価の観点を変えたとは言えない。したがってスタジアム建設に対して新しい展望を与えることにはならないのだ。
自治体が税金を投資するに値する“モノ/コト”を確立させるためには、評価のための視野を広げなければならない。市場認識においても物理的な観点としても、単なるサッカーチームとそのコアサポーターという従来のスタジアム利用者という局所的な視点を離れ、もっとスコープを広げた中で、スポーツ観戦環境としてのスタジアムが公共建築事業の投資先“だけではない”別の価値をもたらす、という観点で評価を行わなければならない。箱を作るためだけに税金を投下するのではなく、それを建設した後の活用・その中での活動そのものが新しい価値を、経済活動を継続的に地域/自治体に与え続ける、という新たな認識とそれに基づく具体的な事業計画を元に、自治体はスタジアム建設に投資を行う、という論理構成が必要となる。
Webで公開されている事例「スマート・べニュー」
それではその新たな認識とは、言い換えればスポーツ観戦に最適化された専用スタジアムとそれを本拠地とするスポーツチームが、地域/自治体との間で継続的にやりとりする価値とは、どのようなものであるのだろうか。Webでも入手できる研究・考察の中から例を挙げて検証してみる。引用させていただくのは、日本政策投資銀行が提示している、「スポーツを核とした街づくりを担う『スマート・ベニュー』」という文書である。財務省管轄の政策金融機関という存在が示すとおり、地方行政にとっての今後の有用な投資対象の一つとして、スポーツ観戦施設への投資について定義と分析を行っているものである。その議論の中心となる施設の定義を「スマート・べニュー」という用語の独自定義、および商標登録まで行って実施しようとしているところに、将来的な市場の成長を期待する側面が見て取れる。
資料を簡単に紹介すると、まずスポーツ観戦に適したスタジアム、アリーナが何故税金による投資の対象となりうるかという考え方を概論的に導入し、その中で必要な機能を満たしたスタジアム、アリーナを「スマート・べニュー」として独自の定義づけを行っている。さらに、アメリカ、ヨーロッパの先行事例を交えながら、日本国内における市場の実現性を分析し、さらに詳細としての運営方法、収支分析、収益モデルを提示している。余談であるが、資料の中で具体的な新設構想のひとつに山形の専用スタジアムが挙げられているのが恥ずかしい。他には吹田(G大阪)、亀岡(京都)、長野、小倉(北九州)など本当に具体的に計画されているものばかりである。
閑話休題。その「スマート・べニュー」を訴求する都市の成り立ちについて、導入として第1章、第2章で論じられているので詳しく見てみたい。第1章ではこれからの日本における都市モデルとしての「コンパクト・シティ」、およびその都市構成の核としてのスポーツ施設、そしてそこにフランチャイズをおくスポーツチーム、という存在を規定している。次に第2章に移り、そのように街から求められるスタジアムが街づくりの中でどのような位置づけになるのかが述べられる。第2章の図表2-2で、現在および将来の地方都市が持つ3つの脅威と2つの機会がそれぞれの背景とともに挙げられている。書き出すと、
このような環境において、従来型の公共事業として建設される「郊外立地・単機能・低収益性」という特徴を持った施設ではなく、「街なか立地・複合機能・収益性」を兼ね備える施設を民間活力を参入させて実現させることにより
・中心市街地の活性化、さらに交流空間の発生による地域コミュニティの形成
・地方財政の負担軽減
・健康的な生活基盤の整備
・スポーツ産業の確立
・地方都市の活性化、国際大会後の有効活用
といった効果が期待できる、としている。またスタジアム・アリーナへの投資と価値創出についての概念図を下記のように表している。ここでは、一定レベルの税金が投じられて建設された街なかスタジアムが域外のビジターを集める装置となり、地域の経済活動が促されることで地域が活性化する、という図式になっている。また同時に、都市機能の観点では防災拠点や健康的な地域社会の形成についても機能的な価値を創出する、としている。
「スマート・べニュー」
それではその機会創出に対して十分に機能する「スマート・べニュー」と定義されるスタジアム・アリーナとはどのようなものであるか。資料では第5章で段階的な定義を提示している。第1段階はハコ貸し、いわゆる公共施設を間借りしたホームスタジアムの形式である。第2段階はハコ貸しから一歩進んだ場所貸しとでも言おうか、施設だけではなくその管理権も興行団体が一体管理する形態を指していて、いわゆる指定管理者制度などがこれに該当する。自治体は所有権を保持したままで興行団体に管理権を委譲するため、主催者兼管理者は「安く借りたい×高く貸したい」というオーナー・テナント間の二律背反が無くなって一体化した当事者となり、興行の成功と利益の最大化に集中して取り組むことができる、という構図である。モンテディオ山形もNDスタの指定管理者となり、この段階に踏み出している、といえる。
次の第3段階では、ハードが複合施設化した形態での一体経営というモデルとなっている。詳細は資料を参照いただきたいが、ショッピングモール、スポーツセンターなどの施設と併設し地域全体での経済活動を形づくる狙いが見えてくる。残念ながらその先の状態、第4段階について、資料では十分具体的な言及が行われているとは言えないのだが、少なくとも「だから専用スタジアムが必要」という説得力を持たせるためには第3段階にあたる構想が必要そうであることが分かるだろう。第1、第2段階ではまだスポーツ興行の域を出ておらず、スタジアムの新設が来場者による経済活動の規模を超えて地域への貢献を十分に果たすようには見えないのである。
なんか凄く難しくなってしまった・・・けど続けます。次回は、「専用スタジアムを必要とする街」という観点でもう少し考察を続ける予定。自分自身の頭の中で咀嚼するために同じような事を何度か繰り返すかも知れませんがご容赦ください。
参考:日本政策投資銀行ホームページ