世間の論旨は大体二つに分かれていて、「勝ち抜けのルールを踏まえて戦略的に試合を壊したのは妥当」というのと「正々堂々と勝利を目指すプレーを続けなかったのは不当」というのになるかと思います。まずこの場合の日本は別に、ルール違反すれすれの行為、たとえば審判に見えないような悪質なタックル、みたいな手法をとったわけではないので、いわゆる「合法/違法」を争うような話題ではないということをはっきりさせておきたいと思います。なんか、FIFAの憲章に「最後まで勝利を目指して競技する」みたいに書いてあることを拾ってきて「違法的行為」と指摘する意見を見かけましたが、この場合「勝利」の定義によって解釈が変わってしまうわけで、1次リーグ勝ち抜けを勝利と定義すれば妥当になってしまいます。つまり本質的には、あの試合において日本代表が「決勝トーナメント進出という結果」と「90分のゲームに勝利を目指すという戦いの美学」のどちらを重視すべきだったと考えるか、という価値観の比較なのだ、と理解しています。
先にはっきりさせておきますが、これは好みの問題なので片方100%からどの程度の中間地点まで、色々な意見があってよい、と思います。さらには、状況や競技によって意見が変わってもいい、と思っています。たとえば、柔道の日本代表の選手で「勝つだけではダメ、全部一本勝ちで金メダルを取らないと意味がない」とオリンピックに臨んだ人がいましたが、私はこれにほぼ100%同意です。日本のお家芸である柔道には、たとえ国際大会で、本来の柔道の要素が薄められてスポーツ化してしまった国際ルールを適用されたとしても、柔道の技の美しさを見せながら、なおかつ圧倒的に勝ってほしい、という期待があります。
では今回のワールドカップの日本についてはどうか。私は妥当だと考えています。柔道の例と比べてみると分かりますが、サッカー競技における日本は、競技の美学を、ワールドカップという最高峰の大会での結果と天秤にかけてまで追い求める段階に至っていない、と考えているからです。0.5%でも先に進める可能性の高い方法を選択する。その意味で西野監督は賭けの要素を含んだ判断を行ったわけで、「身の程を知っている」ファンはその点を評価できているのではないか、と思います。そんなの、「日本のサッカー」が体現できた上で、なおかつワールドカップを1回でも取ってからの話だよね。
一方で、実際にスタジアムで観戦した観客からはブーイングが浴びせられたそうですが、これはこれで正当だと思います。何故なら彼らはチケットを買って試合を見に来ているからです。チームのためを優先して取った戦術がつまらない試合になったのだとしたら、お金を払って見に来た人は「つまんねーぞ金返せ」とブーイングする資格は十分にあります。
そのように考えると、そこから見えてくるのは結局、日本のファンが現地なりテレビなりで観戦をして意見を述べるときの立ち位置による違いが出てくるのではないか、ということです。つまり、代表のファンだ応援しているだ言いながら、「面白い試合をやって勝ってくれる」ことを期待している、つまり部外者の立ち位置の人は、今回のプレーを不当と考え、日本代表、サムライの名にふさわしくないと非難し、もう応援したくない、とがっかりしたのだろうと思います。私は最初は競技力の買い被りが原因なのかな、と思っていて「日本ってそんなに強くないんだから、身の程を知ってほしいな」と思っていたのですが、それも一部あるにはあるでしょうが、やはり日本代表が自分の代表であり、自分自身である、と考える立場の人であれば、監督や選手がコメントしたように「不本意ではあるが、結果を第一に考えたプレーであって次につながったことは評価できる」というのが感想になるのではないか、と思います。
ただ、日本のマスコミ報道がこういった意見の一部を安易に扇動するのは論外だと思います。日本のスポーツ報道ってまだまだ全然成熟していないと思っていますし、何よりマスコミは日本の同調圧力の強力さを都合のいいように利用している、と思っているので、基本あんまり信用してないんですよね私。
ということで、これも子供にも言ったんですが、「唯一の残念なところは、サッカー協会会長の田島幸三氏にも利する結果となったことだ」ということです。田島幸三は今大会の結果にかかわらずサッサと辞めろ。山形の昔の理事長にもいたんですが、田舎の善良な公務員的な人間が権力のある組織のトップに座るとどのような不幸が起こるか、という結果をまた見せつけられました。これはもう日本人の宿業であるわけなんですが。
