2009/02/02 | 遠藤一平のブログ

遠藤一平のブログ

率直に思ったことを適当に綴ってます。極私的散文

今なかなかものつくりが難しい世の中になってきている。何か目標を掲げて100%達成させるということが更に難しくなりつつある世であると思う。ましてや十二分という120%の結果はもはや存在しないのだろう…
ここ最近、自分の周りにも自分の中だけの大義にすがる無責任な人間が増えたことに気付かされる。
何かやろうと始めたはいいが、やろうと言い始めた当人が、自分の都合でプロジェクトを放棄するというような輩がそこら中に多々いないか?ノンポリで無精で身勝手で利己的で欺瞞に満ちたご都合主義な発想が当たり前のようになってしまっている輩が多々いることが様々な悲劇の要因になっているのは自明の理であろう。昔にはなかったような重犯罪、聖職者による不正、家庭内や学校や職場の事件は全て現代人の強固な道徳の欠如からくることであろう。
首相からその他政治家までが堕落しているのだから日本人にあった道徳はどこかに吹き飛んでしまったのだろうか…
利益にならないことはやらない、という現代的資本主義の発想は真人間を育成することはできず、責任転嫁をして誤魔化すことばかり長けた人間を生み出し、人間性を崩壊させることに貢献してきたように思う。
派遣労働者やニートが増えるのも少子化の理由も人間が生活しにくいシステムを築いたことから生まれてきたことだろう。社会的な有用性を学問に求め、道徳教育を怠ってきた結果、自己中心的な人間が増えたことも多いにそれらの要因になっているのだろう。これだけ社会が不安定になってきているので道徳の必要性は精神論ではない筈だ。
現在の世界的な大恐慌は世界大戦後築いてきたものの崩壊する前の状態で、労廃物が溜まりに溜まって吐き出す直前なので一番気持ち悪く苦しい時なのだろう。その場しのぎで逃げても逃げても老廃物のマイレージは溜まる一方…
こういう状態ならば一度全て崩壊してしまい溜まったものを吐き出してしまえば楽になるのかもしれない。
自由や愛や幸福が好きな人間はどこにいってしまったのだろう…

何かを築いてゆくことに努力を惜しまない人間性を社会が築いていかねばならない時だろう。
堕落、崩壊(破壊)、そして再生というプロセスを世界が歩む宿命にあるならば、個人レベルで各々が何かを生み出してゆくということを、消費することより享受することより意識した方が矜持をを育むことになり、新種のウィルスならぬ人間の精神に襲いくる病原菌に対してのワクチンになる筈だ。矜持というワクチンが身体にあれば人間は更に豊かになる。