私にはもうとっくに祖父母がいない。
両方の祖父は私が小学生の頃に他界し、父方の祖母も遠い昔に他界、母方の祖母は15年ほど前に亡くなったが、看取ることはできなかった。
というか、4人の祖父母を思うといつも浮かぶことがある。
もっといっぱい話しておけばよかった。
もっとたくさん遊んでもらえばよかった。
もっと多くの時間を共に過ごしたかった。
はっきり意図して孝行しておけばよかった。
4人の祖父母とはそれぞれ幼い頃の思い出がたくさんあり、とてもかわいがってもらった記憶に溢れているのだが、何せ私がただの子供過ぎて何一つ恩を返せていないのだ。
今頃になって激しい後悔である。
祖父母たちには途轍もない恩がある、それに気づけたのはだいぶ大人になってからだ。
彼らが他界して随分経ってからである。
ああ、悔しい。
おじいちゃん、おばあちゃん、もっとたくさん一緒にいればよかった、と。
最近、超高齢者が9割を占める病棟に入院しているが。
日中お話させていただく患者仲間さんたちはよくよく考えたら他界した祖父母たちと同世代だ。
もし私の祖父母が存命だったら、この女性と同い年だなあ!と不思議な気分になる。
ていうか。
そりゃもちろん本来なら、自分のおじいちゃんおばあちゃんに直接恩を返すべきだよ?もちろん。
でも小学生の頃に亡くなってるんじゃその大き過ぎる価値なんてわからないわけですよ。
祖父母の方からだけ大きな大きな愛をもらって、孫の方からは存在しか恩返し的なことができないってのなあ。
なんとも切ない話である。
そりゃ親孝行も同じ話だろうが、祖父母への恩返しとか祖父母孝行ってそれほど話題にならない。
しかし、祖父母あっての我々なのだ。
祖父母4人がいて、俺たちは存在している。
1人欠けても自分は存在できない。
このお礼を伝えたことのある孫ってほぼいないんだろうなあと思うわけだ。
ただねえ。
最近、超高齢者の患者仲間さんたちとお話しながらふと思うのだ。
私のおじいちゃんおばあちゃんではないけれど、でも喜ばせてあげられたみたいだ、楽しませてあげられたみたいだ、よかった!と。
直接、血縁の祖父母に恩返しはできなかったけれども。
一期一会のご縁のあった高齢者様たちに、もし祖父母が生きていたらするであろう励ましや共感を送ることで、少し変わった形にはなるが、間接的に感謝を贈ることができるなあと。
というかさ。
愛や思いの循環なんて、直接の血縁者相手じゃなきゃいけないなんて決まりは一切ないのだよ。
もっと言えば、血縁者でもなんでもない相手に血縁者レベルの愛や思いの送り合いができた時、魂の経験値は爆上がりするのである。
これは天の理の種明かしだけどな。
ピンと来た方はぜひ心に留めておかれるとよいかと。
いつか、宇宙のどこかで、たくさん愛してくれた4人の祖父母に会いたい。
そして、祖父母たちと改めて、ゆったりとした温かい時間を過ごせたらどんなにいいだろう。
