ちょっとおもしろい話を聞いた。
昭和・平成・令和の恋愛事情についてだ。
昭和の時代はとにかく当たって砕けろ、根性ありき。
好きになったら告白してフラれてもしょーがないで玉砕覚悟が前提みたいな。
平成だと、コレいけんじゃね?あの子うちのこと好きっぽくね?みたいな、ある程度大丈夫な保険かかってる状態で告白。
逆言えば完全脈なしだったら告白はしないのだそうな。
へえ。
かーらの、令和式でビックリしたのだが。
そもそも今の若い人たちが最も大切にするらしいのがタイパとコスパと言われているのだが。
それで言うと、どうも恋愛はタイパもコスパも悪いものと判断されている傾向にあるらしい。
恋愛よりも友人との時間や、仕事や推し活などの方が上というか。
ほんで、先にマッチングアプリであらかじめ条件や状態を絞り、アプリ上でコミュニケーションをしてみて問題なしだった場合にようやく実際に会う?かも?みたいな。
わかりますかね。
徹底してリスク避けてるというか、そもそも失恋的なものの可能性を最初から排除しているというか。
まあこうなることは必然といいますか。
我々の若い頃なんか携帯電話もなかった頃があったじゃないすか。
相手と話すには家電にかけるとか、公衆電話からかけるとか。
待ち合わせとか一体どうやって相手と会ってたんだかもう思い出せないよ。
それが気づけばひとり1台スマホ時代ですよ。
スマホない生活なんか考えられないもんなあ。
そうなると確かに、予想されるリスクは極限まで避けたいってなるよなあ。
・・・・・というか。
もっと正確に言っちゃうと。
恋愛なんかリスクでしかないという見方もできるのだ。
赤の他人と友人でも家族でも共有しない自分の本質的な部分をさらけ出して付き合うのだ。
これはなかなかに勇気のいることだよ。
もっとフラットに気軽にやりゃいいじゃんと思われるかもしれないが、SNSの普及で行動も思考もネット上にばらまかれているこの時代だからね。
そういう部分はそう簡単に気軽になれないのかもしれないね。
以前は恋愛や結婚みたいなところは人間の本能や歴史と密接に関係のあることだし、そう簡単にシステムが変わることなどないと思っていたが、実際はそうでもないのかもしれない。
恋愛や結婚はタイパもコスパもよくなくて、リスクがあまりにも多いという判断をされてしまったら。
優先順位がどんどん下がっていくのかもしれない。
こういうのって経済状態もすごい関係あるからなあ。
頼むわジミントーさんよ。
不景気すぎて子供どころか出会いもムリってよ?
はーーー、さてさてーーーー。
この先の世界、スマホどころかAIが当たり前になってきているが、恋愛は一体どうなっていくんだろうね。
普通に恋愛っぽい恋愛できてたの平成までだったね、とか言われる時代が来るのかもな。
