父がガンだと宣告されてからの日々の記録です。
うろたえていたり、神に祈ったり、覚悟を決めたり、気づきがあったり、心境が複雑だったことを察します。
日々の記録は、父の字が読めなかったり、バラバラの紙に書いてあったので、内容が前後している状況があると思います。
<宣告されたときの手記・・・読めない字は〇で>
紹介された病院で癌と宣言された。
予想をしていたのにドキドキ。
朝から検査検査。
これで終わりは午後2時頃。
やれやれと思ったとたん、後の検査は苦を〇された 以前の真○先生の違えば診断に若干のずれがあるから薬でなおらないかきいて○○にだめ、薬ではなおらんという。
○○の一はその全長○を源だった。
耳としむ○○○けみて。
身にしみる医師の一言一言。
このまんま すいこれるか 秋の空
医者の診察心電図肺活量
血液○○尿レントゲン胸と腹
<少し冷静になってから書いたようなメモ>
病気になったときの言い方にいろいろある。
いままで真面目に生きてきたと思っている人は、なんで僕だけがと。
いろいろと悪さをしてきた人なら身からでた錆び悪のむくいと。
同じ病気にとりつかれても考はいこう違う。
これは廻りの人が聞くと、前者についてはほんとうに気の毒にという。
後者については悪いことばかりして悪人だからしかたないだろうという。
なんともはや他人は勝手ながんだから。
いずれにせよ、何はともあれ天にまかせて手術台に登るしかない。
<以下父の日記となります。>
10月12日
紹介された病院で癌と診断された。
よきしていたものの・・・
心電図の検査につづいて肺活量の検査。
やれやれと思う間もなく採血検査、尿採取をたてつづけ、終わってみれば午後二時ごろを廻っていた。
落ち着いたところで入院手続きの話。
家に着いたのは三時を廻っていた。
かすかな望みで薬の投与だけでなおらないかなと思っていた 駄目・・・。
未練がましいか。
あれほどいやがっていた注射をたてつづけに受け声もでない。
あれほどいやがっていた注射をたてつづけにうたれ、これには参った。
軍隊における三種混合の注射でさえなんとか免れた位嫌だった。
これから先退院までのスケジュールを見るか
紹介された病院で癌と診断された。
予想されたもののドキ。
朝から心電図の検査ついで肺活量の検査。
やれやれと思ったのもつかの間、採血検査尿検査とたてつづけ。
終わってみれば午後の二時を廻っていた。
おちついたところで入院の手続きの話。
家に着いたのは三時を廻っていた。
かすかな薬剤投与でなおらないものかと思っていたはついて聞こしまた即座にダメ。
未練がましいか。
11月17日
本日はバリュームによる胃の検査。
バリュームを呑むに一応の抵抗があった。
聞くよりは意外と楽だった。
ただここでも苦手の注射が待っていた。
投影台に立て一くちでバリュームを呑む。
投影台が上下に動くその間右をむいたり横をむいたり果ては腹ばいになり遂に一回転する。
その位置を変わる度スコシづつバリュームを呑む。
これだけですむとは・・・一安心
11月20日胃カメラ
長坂病院で胃カメラの検査を受けていたのでさ程不安はなかった。
ところがその流れは大分違っていた。
長坂さんでは初から喉にマスイ剤のようなもの吸込せすぐに胃カメラを挿入されなんなくすんなりと入りそれなりの処理をしましたが、最後まで穏やかに終わったのに、ここでは胃の水泡を除くためといって小コップ一杯のなんともいへない液体を呑まされ喉奥え麻すいやくが注射器の様なもので注がれそのままの状態で五分。
五分たつとその液体を吐き出して処置室へ。
口に管を喰され歯がないのでバンソウコウでとめてカメラが挿入された。
なかなか挿入しぬくく少し不安になる。
やっとカメラが入った。
その後にカメラの動きは手で見る様にわかり不安は不安をあおった。
それでもそれ以上の痛みはなくなんとなく感じている。
そのうちお疲れ様の声で処置が終わった。
12時を廻っていた。
あとはCTのみ。
11月24日
今日はヤナ検査。
初めてのこと少々心配。
注射されるのは覚悟している。
その後造影剤の投与は射れた経験はない。
どんな痛さがまっているのか、結果は普通の注射プラス造影剤の注入時は体がばりばりと暖かくなること位で、いわれている副作用もない。
万が一、酸素マスクの際に義歯をしたままでよろしいか。
(上の歯が2本しかありません)
これでスケーンマルの検査終了。
後医師と結果これらの検査から診断を待つばかり。
11月26日
検査最終日。
最初の受信してから十四日。
その結果胃と食道とのすなが目は○に腫瘍があり、これを取り除く手術が必要となった。
手術しなくてもすむかなと○にはそんな甘い気持ちもなったが日を重ねる中手術になるだろうと覚悟していた。
今担当者に手術といわれ此程の驚きになかった。
手術は来週木曜日(12月3日)の予定となる。
11月27日
病院より手術の日が決まり入院の知らせがあった。
一応12月4日ときいていたの今は通知があろうとは、宏一の方へ連絡がをいく。
何か気せわしくなってきた。
入院準備に気を取られ何事もおろそかになる。
一度はやられるのなら一日も早い方が良い。
強がりをいうが心おだやかにあらず。
11月29日
入院の日が確定した。
一人くよくよ一日前になって留守する妻一人。
心細いことだろう今日になってふと思う。
それも一日過ぎて初めてこのことに気がついた。
本当自分勝手な人間だと思った。
お互いの身を案じることが夫婦というしお互い頑張ろう。
定刻受付。
病室に案内担当看護と担当医師決定。
医師より説明あり、おもいがけない程重篤手術ができないかも知れない。
相当の覚悟が必要か。
なんとか腸らうの手術だけは逃げたい。
気持ちたかたか神だのみ。
今日は最悪!
本日手術担当の先生から病状の詳しい説明あり、今まで余り簡単に考へていた己の甘さにがくぜんとした。
いずれ早かれ遅かれどこかでさしれば命とりとなることが解った。
どうあがいても病巣は取り除けないのこと抗がん剤がどこまで助けてくれるかそれだけが頼りとなった。
今日は最悪の日重ねていう!
11月30日
本日ただ今一人の男が癌ということなった。
その名は永田幸男。
はかなき望を一本の糸に操り寄りせんとせもう。
そこは癌という強物(ツワモノ)情容赦のないこと。
○○の先生の宣告何んともはや厳しいものとなり、病室は四人部屋。
現在は私を入れて三人。
先の二人の住人はすでに手術を受けた患者さん。
ときおり言葉にならぬわめき声を発。
初めはこれが人の声と驚いたが明日は我が身かと少々不安になる。
今だからあんな状態になりたくないと思っているが、結局は同じ状態になるんだろうと思ったが情けなくなってきた。
竜子が帰って一人にになりなおさら淋しく感じる。
願はく軽いお仕置き位にとどめおかれんことを。
11月30日
本日入院。
くるものがきた。
おおよそのことは書いた物を見て納得するものの未知のことが多い。
尺○の不安はぬぐいきれない。
とにかく痛さには弱い痛くない様願っておく。
夜の事。
入院初めての夜。
なんともいえずさみしいもの。
病人とは思えぬ為寝言はいいとしても雄叫びのすごいこと。
たまにならよいがのべつまくなしこれには参った。
もう一つ参ったのは便のくさいこと。
どこからともなく臭いがまぎれこんでくる。
これには参った。
とうとう夜があけてしまった。
明日が手術というのに今夜はどうなることやら。
12月1日
明日の手術。
昨夜の同室の患者さんのひどいこと。
手術をすれば己も同じなのか、つつしまなければと思うがどんな痛さがまっているのかそれにたえられるだろうか、矢張りこの患者はみんなのようにうめき声を出すんだろうか。
心配のたねがまた一つふえた。
今日はこないといっていた妻が来た。
やはり心配なのか、お陰様で入浴がスムーズにできてよかった。
時のたつにつれ不安でいっぱい。
とに角予想もつかない手術の事、彼は天にまかすしかあるまい無事終わるのを祈る。
12月1日
二十一時三十分下剤を呑む。
二十七時迄は水分をとってよいとのこと。
翌朝7時迄に医者の許可のあった薬は少量の水で服用せよとのこと。
それ以後は一切水もだめ。
明日の今頃はどんな風になっているのだろうか。
12月2日
五時三十分目覚。
初めうるさかったがいつのまにか眠りにつけた。
八十三年共にしていた胃・・・我が生命を長らえるため。
本日敢えなく最後宴すべきや、ここに至れば万事はサイオウガママ、稲荷大明神と再びその手術の成功を伏し奉る。
いざ戦場へ必ず勝つ。
どんな音出して初まるのだろうか。
12月3日
朝食のハプニング。
手術前の前後の食事。
酢豚の豚が喉につまり苦しみ最高これが前後の病を甘くみていた己への天罰とひたすら平身低頭。
麻すい迄○の話も又深刻。
外科医の先生の話では手術に要する時間は五時間位とのこと。
午前中に終わると思っていたのにすべて悪い方へ悪方へとかたむいてゆく。
助けたまえ稲荷大明神のお狐さま。
これで一通り先生方のお話をきいた。
つきるところ事は重大だということ、願はくそこに○○情をかけ大禍なく終わらんことお。
手術前入浴ということでシャワーを浴びた。
久し振りに大鏡の前で髭をそろうとしたとき、アット驚いた。
体のいずれの部分に縞のようなしわが浮き○○になって○っていた。
エット。