<父の『父の思い出:歯医者』>
小さい時に歯医者につれていかれたことがあった。
その時の痛かったこと。
もう二度と歯医者にゆくものかと心にきめた。
そのことが尾を引いてか、この歳までどうにも我慢できなかった一度だけを除いていったことがない。
八十を過ぎた今、三十二本あると言われる歯の大半を失い十本にも満たなくなってしまったが、いまだに歯医者にゆくつもりはない。
歯は三十二本ならんで助け合ってこそ、その役目を果しているのだと改めて感じている。

<父の『父の思い出:夕食』>
父は胡座(あぐら)のかけない人だった。
食事をするときの正座は見事なもので子ども心に感心していた。
その正座が少しゆるむときがある。
そのゆるむときは夕鍋に必ず一品父の好物が添えられているときである。
日頃無口な父のこのときの嬉しそうな笑顔。
そばで忙しく手を動かしながら嬉しそうに父を見ながら坐っている母。
母の父に対する愛情と感謝の心がそこにあったのだ思う。
何気ない母の思いやり、それを素直に受ける父。
我が家の最高の夜の一時であった。
<父の『兄の思い出』>
兄の一言
兄が亡くなる二、三年前だったらうか。
たまたま兄を訪ねたときのこと。
自分でコーヒーを立て御馳走してくれた。
何かと話がはずんでいた。
そのとき、お前は本当に要領がよかったなと言って笑った。
きっと自分勝手な生き方をしてきた私にもっと家族を大切にしなければいけなかったんだぞと言ひたかったんだと思った。
兄が本音で話してくれた最初で最後の一言。
誠に有難く感謝している。
<父の『息子の思い出』>
大学受験の最中の日曜は少し位の息抜きもいいではないかなとボーリングに誘ってみた。
ニコット笑って行くと言う。
まだ余裕があるなら一安心。
それでも誘っておきながら投げる後姿を見ながらこの子は本当に楽しんで投げているのかな。
受験のことを気にしながら投げているのかな。
と考えてしまう。
早く合格通知がくればいいのになあ。
親馬鹿とはこんなものなのか。
それから間もなく最初の受験校理科大から合格通知があった。
その時の喜びようは大変なものだったと帰ってから聞かされた。
その位嬉しかっただらう。
よかったなあとしみじみ思った。
一番お世話になった磯子の祖母がたまたまきていたとは。
祖母の喜びようも目に浮かぶ。
オバアちゃん有難う。
<父の『義母の思い出』>
磯子の母のこと。
今思うと本当は磯子の母が好きだったのでいかと、そして母の仕草の一つ一つが懐かしい。
世間気の母が孫のことになると大きな声を張り上げてあの大きな体をゆらしながら追かけまわし廻りのことなど一切おかまいなし。
孫の話になると母は親の方で恥ずかしくなるようなことも気にしないで話す人だった。
大学に合格したときの喜びようは最たるもので赤飯をたいて配って歩いたほどでした。
こときばかりは少し閉口した。
手塩にかけた孫だけによけいに嬉しかったとだろう。
いまでは有難く感謝している。
麻雀に負けると人一倍口惜しがり時間を忘れるほど夢中になった。
温泉好きな人でどんなにしなびた温泉であっても子供のように喜んだ。
この天真さが磯子の母そのものだったと、母はよく気をつかう人だった。
特に自分に対しては余りにもつかいすぎた。
このことがかえって母と疎遠になったのか、そんな気がする。
こんなことを考えたときふと目に浮かんでくることがある。
風呂に薪をくべ湯加減をみて湧きましたと母に言う。
薪をくべる自分がいてもなんのためらいもなく宏一を抱いて湯舟に入る。
オバアちゃんの大きな胸に顔を寄せて気持ちよさそうにしていた。
ときどき湯舟の中でそそおする。
オバアちゃんは平気な顔をしている。
このような母だから湯加減をみながらオバアちゃんさわっていいと聞けば、いいよと笑いながら言ったかもしれない。
そんなくだけた親子になっていたらもっと素直に母に接していられたと思う。
<父の『父の思い出:縁日』>
父につれられて縁日へ行ったとき、その帰り夜店とはかけはなれた本屋へつれて行かれた。
父の目的は本屋だったらしい。
父が言った。
好きな本があったら買っていいよと。
その時は丁度小学館の新年号がでていたときでその付録に目がうばわれこれと指さした。
父は別の本を指さした。
私はあくまで付録にこだわっていた。
父は何も言わずついと店を出て歩き出した。
あわててそれでよいと言った。
父の足は止まらなかった。
<父の『父の思い出:兵器学校』>
兵器学校入校時のときのこと。
入校時、私服から軍服に着替えたときに急に淋しく悲しくなり、父にこのままつれて帰ってくれと泣き言いってえらく叱られたことを思い出す。
叱られたというより論されたといったほうが正しいかもしれない。
自分から志願しておきながらこの体たらく。
なんでそんな弱気になったのか、今ではなんとなくわかるような気がするが父に対する最後のあまえであったかもしれない。
入校式を終えこんな頼りない陸軍生徒が一人誕生した。