父は作家に憧れていたのかもしれません。旅行に行ったときや日記メモなどを見ると、文章に『気』を感じます。私が小学生の頃の夏休みの宿題の作文など、父が自分から手伝ってくることがありました。おかげで作文コンクールで賞をいただいたこともありました。
その父の残したいろいろな文章を保管しておくだけだと申し訳ないということと、父の書き込んだものの中には、大袈裟ですが昔の日本人の生活の一部があったりするので、子孫に残そうと思います。
父は軍隊に志願、天皇のために働きたいと思っていた人たちの一人として、日々鍛錬していたようです。そんな父は不正は大嫌い、正義感の非常に強い人でした。私は若者だった頃、そんな潔癖な父に反発を覚えるときもありました。
前出したように、父の文字は達筆なので私の誤読も多々あるかと思いますが、ご容赦。
父の母からボタモチの差し入れがあったのは、この兵器学校にいたときのことだと思います。
<軍隊生活の一片>
1.陸軍に志して
男子七歳にして女子と席を同じゆせずとは古の言なり。
我長じて十七歳ともなれば強固なる意思と信念とをもち進むべき道を求めんと努力せり。
時あたかも大東亜戦争酣(たけなわ)なる秋なり、国を念ふ少年の真心軍人を志望せるはあに愚然ならんやと今にして想えば正しき道なるを喜ぶなり。
然るに十七歳にては少年兵を除いては軍部に駐するは不能なるを知り遂に道を之に求めぬ。
凡そ人たる志をたて之を遂げんにはあまたの困苦と努力との結果に於て之が可否が定まるなり。
我とても之が道を踏むを覚悟せり。
然して後の我は日々を苦しみの中に置きぬ。
即ち「己に勝ちて後楽しまんと」の座右の銘を机上に配置し唯一すらに勝利を神に念じ奮闘せぬ。
少年兵の斈校について世評をきくに陸兵校程の難関なしとは世人総からと一致するところなれば我が如き愚鈍なる輩に之が貫徹の無謀なるを危懼したれど「男子立志云々」の詩に鞭打たれ船出せり前途の波の如何なるやを知らず・・・・
「試験経過は喋々しく述ぶるを意とせずんばここに記載を省けどこの世に生を稟けて初の難関たるを述べておくにどどむ」
十一月三日奇しくも明示の佳節に合格の通知に接したるは何を物語るや我の知るところに不ず 然れども我が欣快察するにあまりあると知る。
2.陸軍に入りて
空曇天の十一月二十四日、父にともなはれ淵の辺に致る。そこには我が志をたてし憧景の的、陸兵校が存ずるなり。すんで英雄豪傑面を輝かしい門前に氾濫し意気正に天を衡とのがいあり。
我もここで遂に宿望を達し国家の千成の一人たる末席を汚するを憶い聊か得意になるを知る。
午前十時我等が起居すべき兵舎に入る。そこには世界唯一の光輝ある軍人精神が宿りいるなり。我等は之に接し無敵皇軍の第一歩を踏み出しぬ。
3.陸軍兵器学校の生活
相模の清き流れの西に丹沢連山の雄大なる眺望を南に配し高台にたたるば即ち陸兵校なり。ここは約三十の紅顔清純なる少年が規律正しく起居しおるなり。
彼らが一日の生活は冬季夏季とに於て差あれど冬季に例をとり之がつまびらかに述べん。
起床六時嚠喨たるラッパ号音に若き人々の目覚めとともにあたりの静寂は破られ生々きとした明るい空気にかはるなり。
何事も一人でやるしつけにやかましい校風に練磨されし体はあます所なく溌きせられ若鮎の如く整理して怱ち舍前に集ふ。
六時三十分厳粛なる点呼が開始さる。人員報告、宮城遥拝、勅論朗読、之が岑はれつつの寸段も間断なく丹澤風が吹きつけ さすがのと右人も五体に泌みる寒さには手も足も凍え、一日中の最も辛き行事とは誰しも言うなり。
之が終われば直ちに己が区分に従い清浸に洗択に或は食事当番に誠をもって之が忠実に行ふなり。
各々の任務が終了するや朝食へと若き人の歩も軽く舎に入る。
そこにまっているものは冷い味噌汁に粗末なる麦飯に過ぎざりき。
されど彼らは不満ないはず感謝しつつエネルギーの吸収に黙々とし口に運ぶなり。朝食終れば課業出発前の寸段を見つけ、銃の手入れに余念なき者、〇(読めず)に洗濯に或は帳簿の整理に無中している者、実に彼等には暇というものはない。
七時三十分自習開始、ラッパ号音と共に怱ち静粛なる兵倉に帰る。
私語はなくせきもなく唯黙々と目は字を追ふ筆は走る課業の予習に復習に将又実験に皆々真剣の二字に盜きぬなり。
全国には学校はいくつあるや我の知るところにあらずも凡らく軍の学校程真剣なる所はあるまい。
八時二十分自習をやめ直ちに課業に出発する。出発前にあたり舎前にて、服装検査、携行品検査、訓示等の行事あり。
即ち正しき着装、洗濯の可否、繕の有無等、一人々々区隊長が検査するが実に一点の隙もない。
暫くして元気一ぱい課業に出発するなり。況や教練に於ては軍装も凛々して広大なる練兵場に向ふ、或は郊外へと校門を後にする。
課業といっても範囲は広く且深い因に順を迫て彼等が習得すべき道則を述べん。然し、各工科に依って術課に差異あるが、故、ここでは我が学びし鍛工科に重きをおかん。
数学、歴史、化学、物理、英語、以上は普通学課の重なる物なる故、地方の中等学校のそれと同じなり、然し、勉学の体友意気ここに差あり即ち彼等は何事をやるにも死にもの狂ひでやる。故に地方の生徒の如く親の愛にすがりつつ一日を過ごすのとは全く差が出、明かに優劣の損もここに定まる。
術課は前に述べたるが如くなり。然した鍛工科に於ては火砲重火機を専門にそれが構造に機能に精通するべく努力せり。
それが合間に仕上、火造、溶接の如きも行ひ之が修理技能の養成に遺憾なきを期すなり。されば皇軍の使命達成の如何は我等が擔ふといふも過言ではあるまい。
故にその精進には涙ぐましきをあるは察するにあまりあらう他には電気工学、材料力学、機構学等あるも之は工業学校程度以上を学ぶ人には何も喋々しく述べずともうなづける。
以上を割合を日々の日課とするなり。
課業に出発したよりの彼等は 午とか中二時間の課業に身をやつし、尚も意気揚々と帰隊するなり。十二時には昼食を摂りほっと一息気をやすめ一時に又も課業に出発する。
午後に二時間全力を盡くしここに課業を終了し隊の人となる。然しあくまでも彼等に暇といふものはない 夕食前の寸暇に銃の手入れ靴、被服の手入れに冒頭する。
五時三十分夕食、最も楽しきは入浴なり 一日の汗を心ゆくまで流し、俗人に帰るもこの一時ならんや。
七時より自習開始となりしんしんと身にせまる寒さに身さらし又々読書にひたすら精進するなり。八時には舎外へ出て軍歌演習を実施士気を鼓舞するなり。彼等には地方の如き甘いメロデーはない。華やかな飾りもない唯あるは軍歌のみ。されど彼等は幸福そうに大声は張り上げ歌ふのである。
八時十分より第二自習に入る軍歌で鬱憤を晴らした後は彼等にとってはより以上の熱が入るのである。
九時より一日を反省し修養録を綴る。
九時三十分点呼。彼等の最も苦痛なるはこの時なり。
即ち点呼後相当幹部に締められなればなり。
十時哀想淋しく消燈ラッパが静かに流れるとさしも騒々しい世界も総べて暗黒にとざされ彼等をつつむすこやかな寝息もかすかに・・・
期して一日の行事を彼等は忠実に履行し楽しくまどろむのである。
然し彼等には一寸といへども暇はないのだ 何故なれば非常呼集といふ曲者があれば故なり。いづくんぞ知る人ぞ知るし一旦非常ラッパが鳴れば静寂は怱ち破られ彼等は見る間に軍装に身を包み対敵行動にうつる。この間約十分如何に彼等が敏捷なるは押して知るべし。
教練は野に山に所きらはず本科の兵と同じく銃に軽機に衝弾筒に真一文字に生令を捨て倒れるまで錬へられるなり。
以上の如くなれば彼等が肉体的に於ても精神的に於ても地の兵科に比べ何倍かの苦痛なるは吾人の領づく命である。
然し彼等にも楽しみはある 之が順次述べんか。
即ち休暇先ず第一にこれより彼等の心境を述べん。
十二月二十九日より明く年の一月三日までは何もかも忘れ心ゆくまで孝養に励み山河に接し旧師旧友の門を叩き人生の幸福に浸るなり。彼等が衿持はあくまでも強い。襟には工科章を輝かし肩章を怒らし堂々と大手を振て歩く。袖には赤き線が一本附せられ活歩する様は実に偉大なりというべし。
第二に揚がるは遊泳演習なり 静岡の風光明媚なる袖師の海辺に至り三保の松原を眺め心ゆくまで水に戯むるなり。
兵営より開放せられ民家に宿り村民としたしく膝を交へ語るも又嬉しきものなり。
最後に述ぶるは大なる楽しみといふよりむしろ身のしきしまるを覚え覚悟を新にする時。即ち卒業式なり 三ヶ年の辛苦の甲斐ありてここに任宮の日を迎へる。果して我等が喜び宰絶に蓋をせぬとも当然といふべし 然し我等は不幸にして雨天にあい講堂の一室にて之が興行し例念の如く盛大さはみれなかった。因みに之を述べん。
先ず式場に礼装に身を固め感激に身をふるはした彼等が整然と並ぶや校長閣下に案内されて陸軍大臣が出席さる。
台上に陸軍大臣立つや之が敬礼の号音と同じ礼奏三吹かくて式の火蓋はきらる式酣(たけなわ)なるや新進気鋭の彼等の分列行進が始まる見よ彼等の偉大なる歩調を大東亜の雄呼びの如く、ラッパは天に轟き国家の砦を祝ふ如し。
4.任地
七月十五日午後六時三十分波涛多き任地へ向ふ淵野辺を後にひたすら心は夕残惜しめど東北線を下って行く行く先は何処。栃木県間々田の奥く深き部隊とは・・・
ここにてひたすら技能の練磨に邁進し足らざるを補ふ。
八月十一日卒業式後命じられた任地千葉県国府台にある東部八十五部隊へと行く。
いよいよ我々の腕と智とを発揮せんと張切っていた若い下士官材料厰長は我を愛してくれた「高野伍長お前の頭と腕を借りたぞ」之が申告後の彼の我に言った言葉だ「ハイ」我は答えへた。
然し隣に起居する兵隊は我を子供といった面と向っては班長殿といった。我は幾分くすぐったい様な気にもなった。
されど我は不幸だった。いよいよという時に口惜しい・・・
八月十五日 終に 敗戦となる。思ひてもみぬ敗戦に・・・
5.復員
自動車には大きな荷物と人とが満載されている。
一ゆれがとくに揺り落ちそうだ我もこの仲間だ。道行く人々は冷たい目で見送る。
速度はますます速い。上空では勝誇ったB29がゆうゆうと大空を旋回している。頬には熱いしずくが伝はる・・・
上野駅に至る。満員の電車に重い心をゆられただ黙々と桜木町に至る。懐かしい敗戦。故郷への第一歩しばしば涙を流し駅頭に立つ。之が八月三十日の我の一吋なり。家は焼かれ祖父母を失い将又生きる望を失った今、希望多き卒業式の想いでを明日に迎え萬憾胸に迫るものあり、卒業式を思ひここに陸軍ありし日を偲びここに駄筆愚文を振い一書にし、これが、永久に我が楽しき思い出とし保存せん
昭和二十一年七月十四日