父は胃癌で亡くなりました。胃癌だとわかってから何通か文章を書いて残しています。昔の事、孫の事、俳句・・・父は倹約家だったのだと思います。新聞に入ってくる広告の裏紙に書き残していました。このことだけで倹約家の評価をしているわけではありません。『モノを大切に使う』という精神はすごいものがありました。
字はすごく上手でした。しかし崩し字が上手すぎて解読の苦しいところが多々あります。なんとか解読したつもりですが微妙な間違いはあるかもしれません。
父の見た夢
我は夢を見た。瀬谷の駅(昔の木造の駅舎)にいる。亡くなっている父母、そして兄と待ち合わせて電車に乗ろうとしている。我が切符を買いに行こうとすると
兄が、「俺は違う電車に乗る。」と言って姿が見えなくなった。
気が付くと電車の中にいた。我は立っていた。我の前で父母が並んで座っていた。
我は父に向かって話をした。
「子供の頃に騙されてしまった。絶対に痛くないと言われ歯医者に行ったけれど、あの痛さのせいで我は二度と歯医者に行かないと決心した。どんだけ痛くてもガマンした。薬でごまかしてきた。80歳を越えたところでとうとう抜け始めた。今は2、3本しか残っていない。我が胃を痛めたのは噛むことができず胃に負担をかけたからかもしれない。」
父は無言で聞いていた。
今度は母に向かって話していた。
「我が兵器学校で学んでいたころ、ボタモチを差し入れてくれた。あれはすごくうれしかった。あの味は80歳になった今でも覚えている。」
母は応えて話してきた。
「そりゃ国のために頑張っているムスコにうまいものを食べさせたいと思うだろう。だいぶ無理したがお前の今の言葉で安心した。あの日は渡しただけで帰ったからお前の反応がわからなかった。」
父母に向かって我は続けた。
「もうすぐ胃を手術する。歯の治療よりもはるかに痛いと思う。胃を取ったらうまいものはもう食べれないかもしれない。」
父はその後胃の手術をしました。転移が激しく胃とそのまわりの臓器もだいぶ切除しました。手術は父が恐怖に感じていたほどは痛くなかったようです。
木造だった頃の瀬谷駅。1960年代に撮った写真です。
