出産後は看護師さんに頼むと息子を部屋に連れてきてくれました。


退院したら、すぐ火葬の予定なので入院中しか一緒にいられませんでした。


顔を見るたび、本当に愛おしくて可愛くて

でも、それと同時に何で目が開かないんだろうと悲しい気持ちになる。



たくさん、抱っこしたいのにあまりにも小さくて、少し触れただけで壊れてしまいそうであまり抱っこ出来なかった。


看護師さんが息子の写真を撮ってくれたり、手形、足形を取ってくれたりしました。

色んなペンや折り紙を用意してくれたので、息子のエコー写真を貼っていたアルバムに写真を貼って息子への手紙を書いたりしていました。



そんな物を書くより、もっと息子と触れ合えば良かった。




本当は出産後、3日ほど入院の予定でしたが、とにかく家に帰りたかった私は無理行って1日早く退院しました。





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息子の奇形がわかってから、旦那は仕事を休み、ずっと私のそばにいてくれました。


入院中もずっと一緒に寝泊まりしてくれました。



責任ある立場で部下に指示を出したりしなくちゃいけないので、会社に電話するために少し病室の外に出ることはありましが、それ以外はずっと一緒。


本当に心強かったです。


いつも仕事で帰りが遅く、夜中や朝方に帰ってくることも多々ありました。


妊娠中はこんなに毎日遅くて子育て手伝う気あるの?とイライラして、ケンカになったこともありました。


でも、そんなに忙しいのに私のために、私を1人にしないために付き添ってくれて嬉しかったです。


きっと、この人は良いパパになるんだろうな。


そんな旦那の父親としての最初の仕事が息子の死亡届を出すことなんて…。


すごく申し訳なかったです。



どんな顔でどんな気持ちで役所で息子の死産を伝え、死亡届と火葬の手続きをしたんだろう。



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陣痛に耐えている間に赤ちゃんは逆子になっていました。

何もわからないはずなのに逃げ回るように。


まだ、産まれたくない!


そう思っていたのかもしれません。



逆子になり、先生も困っていた頃

パン!と水風船が割れたような感覚が。

破水でした。


その後すぐに泣く事のない我が子が誕生しました。



すぐに赤ちゃんは別の部屋に連れて行かれ、私は分娩台の上で呆然としていました。


そして、すぐに看護師さんに

『男の子ですか?』

と聞きました。



まだ、性別がわからなかったけど、何となく男の子だと思っていたので…。


『そうね。どっちだったかな?後で確認してみるね。』


この時、あんなに会いたくなかった赤ちゃんに『会いたい‼︎』と強く思いました。

『早く会いたいです!』

と言いました。



少し経つと綺麗にしてもらった赤ちゃんが来ました。


白い小さなニット帽をかぶり、白い服を着てタオルに包まれていました。

『男の子だったよ』

看護師さんに言われて

『あぁ、やっぱり…!』

と言い、顔を見ると旦那そっくり!


こんなに似るものなのか⁈と思うぐらいそっくりでした。


涙は出なくて、ただただ、会えたのが嬉しくて。


産んだ高揚感からなのか、みんなに私の息子を見てほしくて、お見舞いに来ていた義理の両親に会ってもらいました。


その時、義理の父が泣いていました。

年配の男性の泣く所なんて、あまり見たことがなくて、その時、やっと我が子が死んでいる現実に直面した気がします。



抱っこしてみると息子の下に引いてある保冷剤のせいで冷たくて重かったです。



今回の事を告げていた友達に一斉にメールしました。


『今日の16:05に280gの男の子を出産しました。』


まるで、普通の出産報告。



ただ、違うのは

返信が

『おめでとう!』

じゃなくて

『頑張ったね』

というのだけ。



私にとっては我が子が死んでても生きていても出産して母親になったんです。


可愛い我が子を見せたかったけど、きっと皆は困るだろうと思い、やめました。


その夜は病院側に預かってもらい、睡眠薬を飲んで寝ました。






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