一緒に何かやっていける人

 

手を携えて共に前に進める人

 

の要件として、

 

価値観や趣味やノリが全然違っても

まぁいいかと思えるのだけど、

一点だけ、

 

「感情」

 

についての取り扱いが同じであること。

同じとまでいかないまでも、目指すゴールが同じ人。

ここは気になるところ。

 

どういうことかというと、

 

感情≠自分

 

ということ。

 

そもそもある事象に対してどのような感情を抱くかは

人それぞれ違う。

 

上司に叱責されたとして、

 

「傷ついた。ショック。あの糞上司」

 

と怒り狂うか

 

「まぁ上司も疲れていたんでしょう。指摘に正当な

部分もあるのでそこは改善して、それ以外は忘れよう」

 

と現状の受け止めと流しをうまくやって

疲弊しない選択をとるか。

 

自分次第でどちらも選ぶことができる。

 

トリガーは「上司の叱責」

だとしても、感情的にその後、怒りや怨嗟に繋げるか否かは

自分の選択次第なわけだ。

 

 

「このような感情を抱かせた相手が悪い」

 

 

という理屈が世の中の常識みたくなっているので、

 

「(あなたの発言により)傷ついた」

 

という表現が何の疑問もなく普通に蔓延している。

 

でも、その「傷」は絶対的なものなんだろうか。

傷つく人もいれば全く平気な人もいるということは

主にそれは受信側の問題であって、普遍的なもの

ではないのではないだろうか。

 

 

日々、他者の動向に左右される毎日。

他人の発言により右往左往は普通にあるもの。

愚痴も出るし、経過の中で相手への悪口も当然出て

しまうが、最終的には

 

「自分の感情は自分に責任がある」

 

という理解に向けて頑張れるかどうか。あるいはそうした

目標をどこかに持っているか。

 

そこが一緒にやっていく上で重要かな。

 

これは以前書いた原因自分論にも繋がっていく。

 

その目標が同じなら、他者から受けた影響をどのように

自分の中で整理したらいいかという建設的な

会話ができる。

 

ガス抜きのための上司への陰口を否定するもの

ではなく、自分も普通にやっていますが(笑)

 

最終的には「自分」でなんとかするしかないよね。というのが。

「感情」は外にあるのではなく、自分の中にあるものだから。

なんとかできるのは自分しかいないというラジカルな理屈。

 

 

 

 

 

 

 

 

車通勤がこんなに楽だとは・・

 

緊急対応のため、

期間限定で職場の車で出勤しているんだけど、

まさにドアトゥードア。家の前に職場があるかのよう。

 

寝不足や疲労度が高い時は要注意ながら、

片道10分なので、そんなリスキーでもなく、

あっという間。

 

これまでの45分間の徒歩通勤からすると

夢のようなショートカットだ。

 

雨だろうが猛暑だろうが関係ないし、荷物は重くないし

人と関わらないから超安全。

 

何より、運転しながら、あーこのまま山梨まで行って

しまいたいとか思った。可能だよね。

JRを介さずに、海山森に行こうと思えばできる。

休日の行動選択肢が増える。

 

東京の車持ちなんて、

家内に白アリがいるようなもんだと、

無駄の象徴だった。

 

でも時代がこうなってしまっては

むしろ公共交通機関依存のほうがリスキーかもと。

 

購入をシュミレートしたけど、うん、まぁ安い買い物では

ありません(笑)

これから未曾有の不況が来るかもしれないことを

考えると、キャッシュ削りたくないなぁ。

 

レンタルやシェアは・・たまになら。

常用なら買ってしまいたい。

 

新車がいいよねー

 

とかいらんこと考えて思考がすすまない(笑)

 

仕事が今きつい状況なので、そんなこと考えて

現実逃避している感じもあるので、のちのち

「なんの話し?」なんてしらばっくれる可能性も

あるけど、頭から離れない青写真。

 

 

調査するとか、分析するとかやりたいなぁと思いつつ、

データが大量だとパニくって精査する気にもならない

というのが本当のところ。

 

twitter見てると、みんな正しいこと言っているかのように

見える。

特に疲れている時に見ると、いつのまにか脳が侵食される。

 

ぼちぼち本気でここらを防止したいなぁと。

 

そのために得意な目標の分散化を使って、少しづつやっていく。

謎情報に接したらまず

 

「ソースの確認」

 

これだけでもやる習慣をつけるとかね。

 

なんとか研究所・・どこ?

 

なんとか内科医・・どこの、誰さん?

 

筆者がライターならプロフィール見て、普段どういう記事書いてるの?

あれ、医学系素人くさいけど・・

 

とか、そこまででいいので、皆さんの発言の「根拠」に少しでもいいから

近付く癖をつけるようにしたいと思ったね。

 

情報の海はますます荒れ狂っている。

 

船の方向を決めるオールは、良質な「問い」だ。

 

誰が?何を?なぜ?

 

SNSはこのオールを捨てさせ、海流により海底に引きずり込もうとしている

渦のようなもの。

いいねやRTの数が発言の信ぴょう性を担保しているわけではないはず。

 

いきなり航海のプロは無理なので、

まず立ち止まって深呼吸してから読む・・これぐらいからでも随分違う

のではないかと思う。流されないように・・