<出来事>

・職場に無能な新人が入ってきた

・伝えたそばから忘れていく

・メモを取っているがメモを見返すこともなく同じことを何度も聞いてくる

・少し考えれば分かるような無能な質問が多い

 

<感情>

・イライラする

・辞めてもらっても困るから優しくしなきゃ(我慢)

・「なんでこんなに無能なんだろう」という自動思考的呟きの繰り返し

・見下すようなバカにした気分、蔑み

・こいつのおかげで何度もフォーロー出勤せねばならんだろうが(怒り)

 

ここで少し強引ですが、大まかに原因自分論で自分の感情を整理し直す

・彼が覚えやすいような教え方、声掛け、もっていきかたをできなかった自分

・自分の思い通り動かない他者にイライラすることを選んでいる自分

・「なんでこんなに無能なんだろう」という自動思考に使うリソースを彼がなんとか

 動けるような仕組み作りに注力しない自分

・自分の教え方が創造的ではないのでフォロー出勤が増えている可能性は

 みない自分

・何より雇用にokだしたの自分じゃ~ん

 

 

 

というわけで、かなり強引ですが、起きている「事態」と称するものの「因」を

自分に求めることでかなり謙虚になれるし、起きていることの全体像を理解

する上で「相手が悪い」一辺倒では見えないものも見えてくる。

 

結局、喜怒哀楽の発現を行っているのは「自分」そのものであり、

他者の行動が切っ掛けだったとしても、そのことで苦悩するかどうかの解決も

全て自分の中にあるんですよね。

 

とはいえやはり日々の生活の瞬間の中では感情が先行です。

時々こうしてブログネタにすることで、感情基盤でのみ事態を見つめる癖を

変えていけたらなぁと。