こらそん(の中の人)のぼやき部屋

こらそん(の中の人)のぼやき部屋

介護保険事業を行なっている株式会社えんカウンターのマスコットキャラクターである『こらそん』が色々な事を『ぼやき』ます。
その時、そのタイミングで思った事を、ここに残しておきたいなと思います。

最近、退職代行会社の社長が逮捕されたというニュースが流れた。

 

この『退職代行』という概念がシックリこない年代で生きて来た俺としては、このニュース自体あまりピンと来なかった。

しかし、これも時代の変化だと思うし、新しいビジネスが出てくる事によってそこに新しい問題が生じるのも時代の流れなのかもしれない。

 

なんて考えながらこの事件の事を少し調べてみた。

簡単に言うと『退職代行』自体は別に逮捕されるまでの行為ではないが、それに伴う『交渉』等が必要な場合は弁護士の力が必要になるらしい。

今回はその代行会社のみの力では『交渉』が出来ないから、弁護士を紹介するにあたり、紹介先の弁護士との金銭授受があったのではないかという事。

また、弁護士しか認められていない『交渉』等の行為を代行会社が行なっていたのではないかという疑いもあるらしい。

 

『らしい』という文字が沢山出てくるのは、俺がこの事件にかかわる『弁護士法』を全て把握していない為である。

 

このような代行会社と弁護士間で行なわれる金銭のやり取りを『非弁提携(周旋)』、弁護士以外が『交渉』等を行なう事を『非弁行為』という。

今回はこの2点で法に反した行為があったのではないかという疑いなのだ。

 

『非弁行為』については言うまでもなく、無資格者が勝手に行なってはいけないという事だからわかるとして、『非弁提携(周旋)』については正直「そうなんだ…」という感想だった。

物凄く簡単に言うと、弁護士は代行会社などからキックバックを貰ってはいけないという事らしい。

 

でもこれって、弁護士以外の職種では良くある事なのだ。

例えば賃貸住宅の仲介等では、よく見る『敷金・礼金・前家賃・仲介料』があるが、この中で仲介業者に入る金額は『仲介料』のみ。

敷金・礼金・前家賃は大家さんの取り分(厳密にいえば敷金は家賃が滞ったり退去時に部屋の状態が著しく悪化していた場合に使われる金額で、基本的に退去時に利用者に返却される金額)となる。

『仲介料』は利用者から仲介業者が『直接』受け取る金額。

 

しかし、利用者には見えていない金銭のやり取りも実は存在していて、それが所謂『キックバック』と言われる金額なのだ。

利用者は一切支払う事の無い金額で、これは大家さんが仲介業者に支払う金額。

バック1なら家賃1ヶ月分、バック2なら2ヶ月分という感じになる。

仲介業者としては、この『キックバック』と『仲介料』で事務所の運営を行なう事になる。

期間限定とかで『仲介料無料』としている期間もあるが、それでも仲介業者は『キックバック』で収入を得ている形となる。

 

詳しく言うなら、なかなか決まらない部屋があるとして、大家さんは長期間家賃が入らないのは困るので『バック』を2ヶ月に変更する。仲介業者は売り上げを上げるために『バック』の多い部屋から優先的に紹介していく。

こんな流れで賃貸仲介業者は成り立っている。

 

では、弁護士は何故、それが禁止されているのか。

 

簡単な解釈をすると『弁護士は誰の為に動くのですか?』という事。

Aさんの為の弁護士なのに、キックバックを優先してしまうと、Aさんの希望とズレてしまうのではないですか?という事らしい。

 

例として今回の退職代行に当てはめると、Aさんは『退職したいだけ』で退職する会社から金銭は受け取らなくても良いという希望なのに、それだと退職代行業者には一銭も入らなくなるので、弁護士を介入させて金銭の交渉等を行ないAさんに入るようにして、代行料を得る。

代行業者はそのように動いてくれる弁護士を紹介して紹介料を渡す。

これは、だれの為の弁護士ですか?

という事になるので、弁護士法で禁止されているらしい。

※上記はあくまでも例であり、この事実があったという事ではないのでご注意を。

 

このニュースを見て内容を調べていた時、俺は昔あった出来事を思い出した。

 

とあるご利用者がサ高住を探していた時の話。

直接その住宅に空きの確認をしようと出向いたら、そこの責任者さんが対応してくれた。

空き状況を確認すると、相手はしかめっ面で「ん~…空いてはいますけど、おたくはいくら取るの?」と返答があった。

こちらは住宅紹介所ではなく居宅介護支援事業所ですよと伝えても、向こうは居宅介護支援事業所にも支払っていると言ったのだ。

 

結局はそこの住宅にご利用者はご入居したのだが、俺はもう一度聞いてみた。

支払った相手は本当に居宅介護支援事業所だったのか…と。

先方は「ケアマネさんでしたよ」と。

しかも「結構ありますよ、お金取る所」とも言っていた。

 

全部が正しい訳ではないとしても、そうしている事業所もあるのかと疑問だけが残った。

それから数年が経ち、今やケアマネのシャドーワークを懸念するが故に、ケアマネも自費でサービスを行なえば良い、という流れになっている。

 

これも、自費サービスのうちに入るのか?

そうであれば、あの時の金銭のやり取りは、居宅介護支援事業所の自費サービスという事になるのか…?

 

『誰の為の弁護士なのか』という言葉を、そのまま介護支援専門員に置き換えて考えてみる。

弁護士はダメで介護支援専門員はダメではない。

これは弁護士法があるからだが、なんかモヤモヤするなぁ。

 

所謂『キックバック』は他業種では良くある話だけど、それをやる事でクライアントの意向とズレてしまうから弁護士は『非弁提携(周旋)』に該当してしまう。

 

弁護士法が厳しいのか、他職種が緩いのか。

そんな事を考えながら、ご利用者中心という概念を忘れないでいようと思う、今日この頃だった。

 

 

今年も、もうすぐ終わろうとしている。

12月はどこに行っても前半はクリスマス、25日を過ぎるとお正月の色に染まるのだ。

子どもの頃は、この『何かが変わる』かも知れない世の中の雰囲気に、とても心が躍ったのを覚えている。

 

いつからだろう。

この雰囲気が嫌いになったのは。

 

気が付くと、この世の中のザワツキが嫌になっていたな。

クリスマスが来ても、正月が来ても、世の中は何も変わらないと気づいたのはいつからだろう。

 

我々の仕事は正直、盆暮れ正月なんて関係ない。

支援を待っている人達は、暮れだろうが正月だろうが、変わらずに生活をしている。

もちろんその方々には、季節感や正月気分を楽しんでいただきたいと思っているし、安全に生活をしてほしいと願っている。

 

しかし、近年『働き方改革』なるものが幅を利かせている。

もちろんこれも大事な事であり、年末年始などは積極的に休みましょうと言うのは、どちらかと言うと賛成だ。

だが、先に述べたように、在宅支援という業界ではこの改革を優先する事で、自宅での生活がままならない人たちも存在するのだ。

 

掃除や洗濯等の家事支援は前倒しもできるし、最悪それを優先しなくても命に直結はしないだろう。

しかし、買い物や調理は別だ。

今年度の様に連休が長くなればなるほど、この不安は大きくなっていく。

訪問看護はもっと命に直結してしまう。

緊急時の訪問を休む事業所は流石にないが、ご本人が自覚しない体調不良等はとても困るのだ。

そして、予期せぬ問題は得てしてこのような時に起こる。

 

年末年始に緊急連絡対応の当番をしている方々がいるという事、その人たちは大みそかや正月も酒を飲まずに、いつ鳴るかもわからない電話を肌身離さず持ち歩き、気持ちを緩めずに過ごしているという事を忘れてはいけないね。

 

そして何故か、この休みの時期にケアマネの緊急電話がなる事も多い。

内容は体調に関する事で、その方は訪問看護を利用しており緊急時の加算も算定しているのに…だ。

 

お話を伺うと、体調に不安があって連絡した様子。

看護師さんには連絡したのか確認すると「今年はもう看護師さん来ないから…」との事。

 

ケアマネもお休みいただいてるんだけどなぁ…と、思わず微笑んでしまった。

こちらから訪問看護へ連絡、看護師さんが訪問して下さり、ご本人も安心してくれたようだ。

 

ここで思うのは、今回の訪問看護は通常の電話番号で繋がったから良かったが、事業所によっては緊急連絡を携帯番号のみで受け付けている所も多く、その場合はケアマネ側もその番号を知らなければ連絡できないという事。

看護師さんサイドは『ご自宅の見やすい場所に番号を貼っている』『ご本人の携帯に登録している』などの意見が多いが、緊急の場合はご本人も混乱していてそれを把握できない場合の方が多いのだ。

ケアマネ側も訪問看護導入時に、その事業所の緊急連絡先を教えてもらう事を徹底していきたいなと思った。

 

そんなこんなで、今年も今日を入れて残り2日。

緊急連絡当番の方々、本当にお疲れ様です。

関りのあった各事業所様、そして担当させていただいている利用者様。

今年も大変お世話になりました。

 

良い年をお迎えできますよう

心からお祈り申し上げます。

 

 

いつの間にか暦は『師走』

なんだかんだで、もう年の瀬である。

人によっては『あっという間』であり、別の人は『長かった』1年なのだろう。

 

師走という言葉の意味は諸説あるが、一例として

 

年末に各家庭で法事を行うため、僧侶(師)が忙しく走り回ることから「師馳す(しはす)」となり、「師走」

 

となった説がある。

今の時代だとどうなのかはわからないが、個人的には、たしかに忙しい。

我々の場合は年末年始だろうが何だろうが、やる事はあまり変わりない訳だが、関わりのある業者が年末年始の休みに入ってしまうので、通常の調整を前倒しにする必要が出てくる点も、この忙しさに一役買っているのかも知れない。

 

後は、周囲の雰囲気が『気持ちを焦らせる』という点もあるだろうね。

だから、俺はこの年末年始の雰囲気が大嫌いなのである。

 

そんな師走の出来事。

とあるご利用者宅へ訪問した時の話。

この方、老健の短期入所を活用して、ご自宅と老健を行ったり来たりしている。

ご本人がご自宅で独り暮らしができない事や、ご家族が遠方にお住いである事、薬価の問題で老健持ち出しが困難であり入所が現実的ではない事、などなど他にも理由は多岐にわたる。

 

ご自宅に戻られる日時を老健やご家族と調整し、訪問診療の先生が訪問する時間に同席させていただく。

モニタリングを行なうと同時に、今後の方向性をご家族や医師とリアルタイムで検討できる絶好のチャンスなのだ。

 

このご家族、頭の良い方で、1伝える事で10理解するようなタイプの人。

故に色々な選択肢を想像できる凄い人なのだが、介護の経験が無いに等しい。

この方がキーパーソンとしてご本人に携わる事になったのも約半年前からで、それまでは介護に携わったことが無い人だった。

以前は別のご家族がキーパーソンとして携わっており、ご本人と前キーパーソンの意向は『自宅で最期まで』だった。

しかし、理由あり、キーパーソンが変更。

ご本人は以前よりも判断能力低下が著しく、今後どのようにしていきたいかの判断は難しい状況。

現在のキーパーソンは、いわば0からのスタートではなく、既に目的に向かって走り出している車の運転を、途中から変わる事になってしまった形での在宅チーム参加となってしまった訳だ。

 

そんな人が、ご本人の為に色々と頑張っている。

しかし、先に述べたように『介護の経験が無いに等しい』人が、頭が良い故に複数の道が見えてしまうのだ。

 

想像してほしい。

言葉も通じない未知の土地にいきなり放り出され、目の前に複数の道があり、そこから目的地へ向かえと言われたらどうなるか。

道が1本や2本しか見えない人の方が、まだ気持ち的には楽なのかもしれない。

見えるが故に、一歩踏み出す事が困難になってしまう。

 

そりゃ、判断つかないよな…と思った。

 

『知っている』と『できる』はイコールではない。

時には『知っている』が故に行動できない事もあるのだ。

究極のリスクマネジメントと言えるのかも知れない。

しかし、時が止まる事は無い。

今回の場合、立ち止まっていてもリスク回避とはならない。

 

そんな状況の中で、我々は何ができるのか。

ご家族はもちろん、今見えている『道』の先がわからない為、色々な質問をしてくるし、こちらも『その道の先』を想像し、メリットとデメリットを含めて返答する。

ご家族は、また迷う。

メリットだけを取る選択肢が無い状況で、付いてくるデメリットを受け入れなければならない。

 

そんな状況の中、訪問診療の先生の一言がとても印象的だった。

 

それは「僕たち(在宅チーム)が関わる事で、ご本人に負担をかけてしまっているのではないか。」という一言。

 

この一言には、とても重要な、複数の意味が込められている。

理由があるにせよ、老健と自宅を行ったり来たりする為の、ご本人にかかる負担や、現時点でのADLを維持する為行なっているリハビリの継続で犠牲になるご本人の身体的ダメージ。自宅に戻る為に時間を調整して遠方から遥々来るご家族の負担など。

 

先生が伝えたいことは

『目的地は今までと同じで良いんですか』

という意味なのだ。

 

そう。

現在のサービス内容は、ほぼ前キーパーソンが追い求めた目的地に向かっている道筋。

ご本人の状態も変わり、キーパーソンも変わった。

現キーパーソンは前キーパーソンが示した目的地に向かう事を考え、迷っている。

ならば、今一度、目的地を考え直しませんか、という意味。

 

ご利用者は軽いとは言えない病気を抱えており、この先生の判断が物凄くマッチしている為、今は安定している状態。

選ぶ選択肢によっては、その先生が離れてしまう可能性もあり得るし、そうなると病状安定という均衡が崩れてしまう可能性もあるのだ。

 

先生はおそらく、ご本人の事のみではなくご家族の心身負担の事も考えて発言したのだと思う。

結果、ご家族には再度提案した選択肢を考える時間を持ってもらい、次回訪問時に煮詰めて話し合う事とした。

 

ご家族は沢山あった選択肢を絞る事もできたし、再考案された目的地の検討も、今までより遥かに考えやすくなったと思う。

 

 

誰がために鐘は鳴る

 

『個人は人類の一部であり、他の人の弔鐘はあなたのためにも鳴っている』という意味の言葉が頭をよぎった。

 

個人のため『だけ』に行なう支援ではなく、そこに携わる人々のためにもなる支援。

その時、そのタイミングで何が重要か。

おそらく、主治医がこの先生じゃ無ければ、このケースに関しての医師の意見は「ゆっくり考えて決めてください」で終わってしまう可能性もあっただろう。

言いたくはないが、そういう訪問診療も存在している。

 

しかし、この先生は『業務』ではなく『人』をしっかり診て、考えてくれている。

そこにクリニックの『利益』が無かったとしても

自分の『正義』を貫く勇気を持っている。

 

頼りになるよなぁ。

負けてられないな。

 

と思った。

 

 

 

 

あっという間の年末。

今年の後半は本当に色々な事があった。

まだ終わっていないから油断はできないが、もう勘弁してほしいくらい色々あった。

 

そんな中、介護報酬の臨時改定の話も色々と進んでいた様だ。

 

この2.03%

数字だけ見れば『足りねぇよ…』なのだが、3年毎の介護報酬改定を見比べてみると、意外にも大きな向上なのだ。

いままでは0.○○%とかしか上がっていない所を見ると、まぁ上がったかなと言う感じか…。

 

しかも、本来なら2027年度の改正が前倒しになった形。

この動きをみると、やっと政府も介護保険業界の低賃金がヤバい事に気付いたのかなと思った。

 

それでも他の業界に比べると遥かに低いわけだが。

 

でも、これって物価高騰に対応した形での報酬アップではなくて、処遇改善加算が主なんじゃないの?

今回はやっと。

大事な事だから2回言うと

やっと介護支援専門員や看護師、リハビリのセラピスト等も処遇改善加算の対象となった。

 

この加算を取りにいかないと報酬アップにならないんじゃないかと思う。

今回の処遇改善加算取得条件に、たしか『ケアプランデータ連携システムの導入』という文言もあったような…。

 

国はどうしても、このデータ連携システムを導入したいようだ。

現時点での導入率が確か7%くらい。

残り93%は『必要ない』と感じているのだろう。

そりゃそうだ。

このシステム、双方が導入していなければ意味をなさないシステムなのだから。

居宅介護支援事業所が導入しても、サービス事業所側が導入していなければ連携ができない。

その逆もしかりだ。

だから、各事業所は周りの様子を伺いながら、まだ導入しても無意味であると判断している。

しかも無料ではないのだから、人柱的に先行導入しても経費だけがかかってしまう事になる。

 

そこで『処遇改善加算が欲しいなら、このシステムを導入せよ』という条件を付けてきたようにしか思えない。

記憶が確かなら、導入しなくてもキャリアパスや環境などの要件をクリアしたら算定できるような気もしたが(間違っていたら申し訳ない)このデータ連携システム導入を取り組む事で一発クリアできるんじゃなかったかな…。

 

そこまでして導入させたいんだな。

これなら、データ連携システムの無料キャンペーンを活用すべきだった。

 

もうひとつ。

今回の改定はあくまでも【臨時】の改定。

本来の改定は2027年度なのだ。

 

今回の臨時改定でアップさせておいて、本来の改定で元に戻す…なんて事はさすがに無いと思うが、2027年度の改定でさらにアップさせないと、本当にこの業界はダメになると思う。

 

12月24日に正式決定らしいので、それまで気を抜かずに動きを把握しておこう。

介護業界にやってくるのは、サンタクロースかキングボンビーか…。

(キングボンビーわからない人はググってくださいね)

 

 

おおよその人は皆そうだと思うのだが、

俺は仕事中とそれ以外の時間では人間性が大きく異なる。

態度も、行動する方向性も違う。

 

昔の俺を知っている人は口をそろえて

「お前に福祉なんてできるわけがない」というだろう。

それ程までに違うのだ。

 

自分でも自覚しているが、

それでも俺は、この業界で生きていくと決めた。

決めた以上、プロとしてのスイッチを備えなくてはならない。

そのスイッチを切り替える事で、言葉遣いや態度、知識や考え方の変更、

その他諸々を切り替える事ができる。

パソコンで表すならユーザーの切り替えを行なっている印象だ。

 

俺の場合、このスイッチを切り替えないと、

ストレス発散が困難になる。

いわゆる心の開放ができなくなってしまうのだ。

 

こんな事をかれこれ20年くらい続けているので、

スイッチの切り替え自体は特に難しくなく、

オートで切り替わっているのだと思う。

 

 

そんなある日、事務所の電話が鳴った。

その内容は「夫が転んで立てなくなった」というもの。

 

この方、ご夫婦2人暮らし。

ご主人が要介護者、奥様は自立。

奥様が主介護者で福祉用具のみのご利用。

担当のケアマネは今までずっとこの事態を懸念し、訪問看護等の打診をしていたが、ご夫婦共にそれを拒否。

ご主人も病気などの関係で体調は万全ではなかったし、身体状態も良くない。

 

この内容を受け、担当ケアマネは「やっぱりか」と思っただろうし、俺もそう思った。

こうなる可能性については伝えていたが、我々には強制力はなく、あくまでもご本人の意思によるサービス調整となる以上、今回の状況は『起こるべくして起こってしまった』と言えるだろう。

 

とにもかくにも、今の状況を解決しなければならない。

ご主人は体格が良く、奥様は小柄。

担当ケアマネは女性。

ベッド横で倒れている状況となると、2人で介護を行なう十分なスペースは無い。

これらを考え、俺も同行して助けに向かう事とした。

 

少し話が横にそれるが、これが介護支援専門員の支援内容ではない事も重々理解している。

が、この方の場合、頼れる身内もサービス事業所も無い。

救急隊を呼ぶ可能性も考えたが、

まずは状況の把握が先だと考えた。


 

そんな思いで現地に到着。

予想通り、複数人で介助を行なうスペースは無い。

 

俺は考えた。

介護技術を行なうスペースが無いなら、

俺の身体機能を活用するしかないと。

俺が技術不足である事も露呈した瞬間だったが…。

 

俺は大柄なご主人をお姫様抱っこで抱きかかえ、

優しくベッドにお連れした。

幸い大きな怪我はなく、しばらく様子を見たが問題なし。

 

ここでご本人、奥様へ伝えた。

体調管理や緊急時の対応の為、訪問看護の必要性について話し、病院受診も大変だろうから訪問診療の導入を提案。

すると以外にもあっさり「お願いします」との返答。

これには俺も担当ケアマネも唖然とした。

今まで散々伝えてきた事なのだ。

サービス導入はスムーズに進み、現在もご利用中。

転倒などの事故は起こっていない。

事ある毎に「あの時はありがとうございました」と言って下さる。



ふと考える。

頑なだったご夫婦が、サービス導入を受け入れた理由。

 転倒があったから必要性に気付いたと言う事もあるだろうが、

俺は違う気がするんだ。


本当に困った時に助けてくれた。

このアドバンテージなんだろうと。


その助けてくれた人は、

ケアマネの俺ではなく、

技術不足だったが故に力任せでお姫様抱っこをした

プロじゃない方の俺。


ん〜…

なんだろうね

このなんとも言えない感情。


プロとして頑張るために修行してきたつもりだし

今もそれを研ぎ澄ましている…つもり。

でも、お2人が感謝してくれてるのは

素人の方の俺。


助けられた事は本当に良かったのだが、

プロが素人に負けたのだ。


俺もまだまだ全然足りてねーなぁ

と思う出来事だったな…。


でも、物凄く悔しいです!!

精進しようと思った。

 

 

 

 

上記のような記事が目に入った。

ケアマネジャー不足が深刻化している理由は『業務の多さ』『仕事の過酷さ』そして『賃金が見合っていない』事なんだ。

なんでわからないんだろう。

 

資格要件を緩和したところで意味無いって。

むしろ、あんたら行政機関が言っている『質の向上』から遠のいてしまうだけじゃないのか⁉

 

むしろ資格取得は大変でいいんだよ‼

迅速にやらなきゃいけないのは報酬アップだろうが‼

 

今までの累計ケアマネ合格者は70万人を超えているはずなんだ。

それが現在ケアマネとして働いている人が20万人を下回っている。

大変な思いをして資格を取って、大変な思いをして仕事をして、更新にも高い金をかけて頑張っても、報酬が見合ってないからみんな辞めちまうんだよ‼

 

無駄に介護支援専門員のハードルを下げるな‼

報酬と労働条件が大事なんだよ‼

 

報酬アップ‼

業務内容改善‼

更新研修無し‼

国家資格化‼

 

これが必要なんだろ?

まさか、この方針に日本介護支援専門員協会、同意しないだろうな?

 

本当にわからないのか?

わかっててやってるのか?


 

どちらにしても、舐めすぎだ‼

 

 

 

 

先日、総理大臣が高市氏となり、わが国では初の女性総理大臣の誕生となった。

これは歴史的瞬間なのだろうな…と思うものの、我々医療・介護・福祉の立場からすると、別の意味で今後の方向性が気になる所。

 

ケアマネジメント・オンラインの記事にて『医療・介護現場に補助金支給』という文言が出ている。

「いま手をつけなければ間に合わない」と発言があったようだ。

総理大臣の立場としてそう発言してくれることは、とても有り難いし感謝しているが、この業界の人間から言わせてもらうと『もう間に合っていない』んじゃないか?

何年も何年も低賃金の事は言われていた事だ。

高市氏が総理になって、ようやっと言ってくれる人が出た。

 

検討してくれるのは『補助金支給』との事。

無いよりはマシだが、これでは一時的なものであり、やはり慢性的な人材不足の解決には至らない。

ガソリンなどの暫定税率撤廃の案件も、俺の記憶が正しければ令和6年末に国民民主党との話し合いで合意したんじゃなかったか?

もうすぐ一年になるが、ガソリンは一向に安くならない。

民主党が政権を担っていた時、当時の首相である野田氏と自民党の安倍氏は議員定数の削減を『約束』して、解散総選挙を行なった。

その後に政権を取り戻した自民党は、その約束を今の今まで反故にしてきた。

高市氏には期待したいが、この過去の内容が脳裏をよぎるのだ。

 

とはいえ、政権が変わる事による影響は少なからずあるだろう。

現場の期待に叶うかどうかはわからないが、少しでも良くなってほしい。

 

現場が期待するのは物価高騰を抑える事と、収入のアップだろう。介護報酬を上げる事も大事だが、そこから引かれるものも少なくしたい。

消費税などの税金を下げる事も大事だが、大きいのは社会保険料だと思う。

この辺りを今後どのように解決していくのか。この視点で今後の動きに注目していきたいと思うし、是非、現場が納得できる改正を行なってほしいと願う。

 

 

 

 

前回『抱え込みは誰が悪いのか』という記事を書かせてもらった。今回はその続編っぽい内容になる。

 

ケアマネジメント・オンラインに上記のような記事が出ていた。

どうやらケアマネジャーに住宅系入居時のケアマネ交代についてアンケートを取り、その内容を加味した上で厚労省が『入居条件』としてのケアマネ交代を禁止する方針を出したらしい。

 

俺の意見としては「へ~…そうなんだ~」である。

それをやったとしても、正直、焼け石に水なのだ。

問題視されている住宅側はケアマネのアセスメントなど気にしていないから、ケアマネが何を言おうが強行的にサービスを導入してくる。

何度も言うが、これは全ての住宅有料やサ高住が行なっている訳ではない。真っ当にやっている住宅だってある。

しかし、裏を返せばこれをやっている住宅はケアマネが根拠とするアセスメント等どこ吹く風なのだ。

 

ダメージがあるとすれば、住宅と同じ組織の居宅介護支援事業所、もしくはそこと癒着している御用聞きケアマネだろう。

組織の目線で言えば、担当件数が少ないケアマネは兼務で住宅の介護員として配置、ひとりしかケアマネが居ない居宅だった場合は事業所を廃止しケアマネを介護員として配置するだろう。

結果、ケアマネが減り、住宅は何も変わらない。

こんな結果が待っているだけだ。

 

また、ケアマネ交代を禁止して今まで担当していたケアマネが継続になった場合、今よりももっとケアマネの戦いが増えるかもしれない。

戦うケアマネは決して戦いが好きでやっている訳ではない。

そこに戦わなければならない理由があるからやっているのだ。

できれば平和の中でケアマネジメントをやりたいと言うのが本音だろう。

 

戦う理由は『自己満足』になってはならない。

あくまでも『ご利用者の為』なのだ。

ご利用者に不利益が生じないよう努め、且つ、『公正中立』でなければならない。

 

今回の議題で言う『公正中立』を考えるなら、ご利用者に必要な介護サービスについて『不必要なサービスを導入しようとする住宅からの依頼』もあれば『必要サービスなのにご本人が拒否』または『ご本人によるサービス事業所へのハラスメント行為』等が良くある状況だ。

こういった状況の中でケアマネジャーは立ち位置を把握し、どちらにとっても『公正中立』な対応を行なっていく。

これらが住宅と同じ組織のケアマネや御用聞きケアマネは出来ないというのが問題だろう。

 

だが、先述の通り、これらの問題はケアマネ交代を禁止しても解決しない。

何故ならケアマネ交代を『入居条件に入れるな』という事だからだ。

この文言を極端に解釈したら、ご入居時は今までのケアマネ担当のままで、ご入居後数か月経った後に交代をするという事は禁止されていない…とも受け取れる。

今のまま『入居条件』のみで方針を進めるなら、上記のような解釈で受け止める組織も出てくると思う。

 

どちらにしても結局は『いたちごっこ』で次から次へと抜け道を通ってくるものなのだ。

行政として問題視して動いてくれるのはとても有り難いが、どうも点でしか物事を見ていないようにも感じる。

何故、このような事態になっているのかと言う目線で検討しなければならない。

 

根本的な問題は2つ。

ご利用者が主体のサービス調整を行なう事と、それを貫いても従業員を養えるだけの介護報酬の確保。

 

これができなければ、いつまで経ってもこの問題は解決しない。

 

 

俺は結構ストレスを吐き出せない。

溜め込んでは、時間をかけて自分の中で消化する方法を取る。

 

何かに集中している場合、一時(いっとき)だけストレスから離れる事ができる。

が、ふとした時に心の中からモヤモヤが滲み出てきて、またストレスとの戦いとなるのだ。

イメージとしては『イトミミズ』の動きそのもの。

外敵を感じると土の中に隠れ、安全を確認すると土から体を出し、うにょうにょと動き出す。

 

これがなかなか厄介なもので、心の中がズシリと重くなっていく。

心がやられると体も万全なパフォーマンスを発揮できなくなる。

それでは対人援助など務まらないので、いつも以上に気合を入れる事になる。

 

しかし、こうなると根本的なエネルギーがすぐに枯渇してしまうんだ。

マラソンを短距離走くらいの勢いで走る馬鹿の如く。

 

エネルギーを補充する為、いつもより美味しいものを食べたくなる。

そうすると、その一時は幸福感を得る事ができ、心の中のイトミミズもおとなしくなる。

エネルギーも充填される。

 

これって、あの感覚だな。

昔々、B級ホラー『バタリアン』という映画があった。

バタリアンは所謂『ゾンビ映画』であり、死体を蘇らせる『トライオキシン』というガスのような気体が漏れ出し、これを直接吸い込む、または墓場に埋められている死体(諸外国は火葬ではなく土葬という設定)に反応し、町中がゾンビで溢れかえってしまうというストーリー。

通常ゾンビは生きている人間を食する為ノロノロと動き回る(当時のゾンビは動きが今ほど早くなかった)のだが、このバタリアンは違った。

人間を見つけると全速力で走り、人間の体ではなく頭にかみつく。

バタリアンは脳を食べるゾンビなのだ。

当然、脳を食われた人間はバタリアンとなり、次の人間を捕食する。

そしてバタリアンは人の言葉を話す事も可能だ。

 

そのバタリアンの中で人間側に捕獲された個体がおり、捕獲された時に腐りはてた下半身が千切れ上半身だけになったバタリアンがいた。

『オバンバ』と名付けられた個体。

バタリアンDVDのパッケージにも出ている程、この映画を象徴する存在の彼女に、人間たちが問う。

 

人間「お前らは何故、人の脳を食べるんだ。」

オバンバ「脳を食べると死の苦痛が一時和らぐんだ。」

 

と、むき出しになった脊髄をウネウネ動かしながら返答する。

小学生だった俺には衝撃的な話の内容だった。

 

映画の説明が長くなってしまったが、俺の心のイトミミズは、このオバンバの苦痛と同じ感覚なのだ。

美味しいものを食べても、その一時だけ苦痛を和らげるだけ。

気付くとまた、イトミミズがうねり出す。

 

人に相談するか?

そこに解決策が見いだせない。

話すだけで楽になる?

他人のストレス話なんて聞いても相手は迷惑なだけ。

嫌な思いをさせてしまうだけだ。

俺にはそんな事はできない。

 

そんな事を、時間が許す限り、ずっと考え続ける。

なのでこうなると週末が地獄になる。

釣りをしてもキャンプに行っても、ずっと。

 

そのうち、自分の中で消化するのか風化するのか、はたまたその苦痛に精神が慣れるのか。

それを待ち続ける日々なのだ。

 

良い方法があれば聞かせてほしいな…。

 

 

ケアマネジメントオンラインにてこのような記事が掲載された。

最初に言っておくが、こんなの今更な話なのだ。


この記事では『ご利用者に対して住宅有料やサ高住にご入居後も、サービスの選択はご利用者自身にある』という事をケアマネや包括支援センター、医療ソーシャルワーカーが周知すべきと言っている。

こんな事を説明できないケアマネジャーがいるなどと、本気で思っているのだろうか。

運営指導で徹底する?

法定研修で触れるのも一案?

何を舐めた事を言っているのか。

これを元に戦っている在宅のケアマネが、どれだけ沢山いるのかわかっていない証拠なのだ。


入居条件として同法人のサービスを利用する事、ケアマネを変更する事、こんな事をご利用やご家族へ当たり前に伝えている所は腐るほどあるんだ。

仮にケアマネが変わらなくても、必要のない住宅のサービスを限度額上限まで詰め込んだ週間計画を提案してくる住宅も沢山ある。

以前にも話したと思うが『その後利用者に対して必要なサービス』なら、そこに問題は全くない。

週間計画を提案するなら、そのサービスが必要だと言う根拠まで提示して議論すべきだと思ってる。

何でもかんでも『抱え込み』と言って攻め込むケアマネジャーがいるなら、それはケアマネジャー側に問題があるだろう。

だが、引っ越してきたばかりのご利用が、どの程度ご自身の身の回りの事ができて、何に困っているのかわかっていない状態で提示される上限ギリギリの計算されたサービスに、どんな真実性があると言うのか。

一週間過ごしてみて初めてわかることもある。

そこから再度サービス内容を検討して行く事が本来の姿ではないのか?

そこを面倒だと言うケアマネジャーが居るなら、そのケアマネジャーがクソなのである。


この記事のコメントを見てると色々な意見がある。

同一法人に務めているケアマネジャーの意見としては肯定派が多いのかな。

その中でもっともだと思うのは『自宅で生活ができなくなってしまったから引っ越ししてきたのだ』という意見。

それは全くその通りで、サービスも多くなる可能性が高い訳であり、それに伴う区分変更等も検討が必要だ。

ただ、そうじゃないのに『要介護1ならこの位のサービス』『要介護3ならこの位のサービス』と言うような決め方をしている住宅が多いと言う話なのである。

多分、この方は真っ当にアセスメントを行ない、ご利用者に必要なサービス内容を検討してるからこそ、この意見が出るのだと思う。


この問題を解決する為の方法としては、ケアマネジャーやソーシャルワーカーに周知徹底するとかでは無く、住宅型有料やサ高住に対して行政機関がしっかりと指導をするか、一定のサービス量を超えた場合の減算を大きくするしかないのだ。

あとは経営者への周知徹底。

それをやると同時に、真っ当なサービス量で従業員の生活を守れるくらい単価を上げること。


誰のせいでこんな事になっているのか。

それは安い単価で20年以上も介護保険法を走らせ、物価が上がってエンゲル係数が高くなっているのに、一般家庭に見向きもしなかった政治家達が作った国だろう。

そこをなんとかしない限り、こう言った問題は解決しない。

ここを締め出しても、次にまた似たような問題が出てくる。

そうしないと福祉の業界で満足に飯を食っていけない人達が沢山居るという事なのだ。


福祉を支えているのは若い世代だ。

30〜60歳までの世代が福祉の業界で働いて、満足に家庭を守って行ける。

それが出来ないと、この業界に未来は無い。

高齢者や非課税世帯だけを守れば良いという訳ではないのだ。


今、守るべきは何なのか。

そこをしっかり考えなければ、いかなる問題も解決なんかしないのだ。