自分自身と
向き合うのは苦しい。

特に私のような、まがい物が
困難な相手と正面きって向かい合うのは
難しい。


エロビデオをつくる、

もしくは、
皇帝になる。


面白くもない。

それか、幸せな日常のために
今までの自分を戒める。



エロビデオを見ているときは楽しい。
工夫と創作により、
それ自体の価値を上げ、製品、商品として
加工できる。

無から有を作り出す。

市場も豊か、材料も簡単に手に入る。
望む、望まざるはさておき、
必ず社会には、それを望む人、提供したい人
がいる。
そのような人たちをまとめて、
妥協点を見いだすだけだ。

「ビジネス」のルールに基づいて。
その上で、必要な部分の法律を学ぶだけでいい。

簡単な事だ。
起業、独立も含めて。
5年あれば、軌道に確実に乗るだろう。
もともとそこに適正は高いほどある。


もう一点は、
皇帝だ。

私のような愚か者が皇帝になるのは
あり得ないことだ。

民主的な皇帝になろう。
インターネットで得た情報を体系化していく。
歴史を独学でどんどん入れていく。

敵国でもあるフランスから、
その世界観を吸収する。

日本が平和でよりあり続けるために、
日本の誤った認識を外し、再教育のサイクルを再稼働させる
ためのくさびをうつ。


天蓋を意識し、絶望の中
フランス人女性を抱き、誘惑に支配されている
私では、かなわぬ問題と言えるが、
その「力の圧倒的不足」は同時に
人間の心を心に打ち込んだ。
同時に、「力の圧倒的不足」は
自分の中にある「魔」を増やすことで
カバーする事になった。


正確診断をする限り、
かなりの割合で「魔」に染まっており、
来世は家畜として生をうけるらしい。

地獄行きではないらしい。



何を書いていたのか、、、、


横やりが入った。

今日はここまでとする。
自分がコントロールできていない。

肯定する事も難しくなった。


つまるところ現実逃避といったところか。

何もかも。


体に聞いてみるのが一番早い。
オナニーをしているときは、
たいてい、現実逃避をしている。

証拠といっては何だが、
明日は休みだから、ゆっくりしようとしているときは、
性欲なども起こらなかった。


4年前くらいのエロ動画を何の気なしに
見ていたら、
そこに一人の女性が現れた。

「映画を頒布したいから、フランスに行って、英語も同時に学んで、、、」


正直、こいつ馬鹿だなあ、利用されてぼろぼろに
言いくるめられてかえってくる以外に選択肢もないだろうに、、、


と本心から思った。

自分を客観的に見れば、
彼女とおんなじだと、痛感した。


そのときに、ほとんど性欲すら感じていなかったものが
抜けた。

そこにある人間の
思いをなすための「犠牲」に敏感に反応してしまったのだろう。


同情もあった。

みんな弱さを抱えて生きているんだなと感じた。



人間は程度の差は大きいが、
そんなに強くない。

何かにすがって生きているんだ。


夢も破れて、希望もなくなり、
そうであっても、すがっているんだ。


何もこれから結論は出せないし、出すつもりも無い。

「主観」はこれからの私にはあまり意味を持たない。



僕も
ああなるんだろうな。

4年前のビデオに出演していたように、
「才女気取りのかなうはずも無い夢に
奔走され、周囲からは見透かされている
哀れな世迷い事を
大層に述べる
「偽善者」に。」



それが滅びの未来ならば、

その滅びの未来を

打破するのは、

やはり超常の力だけだろう。



もしも、

例え「絶対に心から望まない大切な人との死別」
などが起こったとしても
また
自分の
すべき事にすぐに
頭が切り替わるほどの。


人に
なってから、
人として
生きる事を選んでから、

毎日が
精神不安定かもしれないけれど、

人のことは
分かりたい。


眠たい。

ねよう。
何もしていない。

今日は、ストレスが爆発した日だった。


勉強しようとしたけど、
自分に負けた。

今は、夜の九時半だから、もう、そんなにできることも
ないだろう。

というより、
エロビデオ見ていた。
6時間も。


彼女が欲しい。

男と女の生理状態は違うと思うけど、
男はマスターベーションでいってしまうと、
ひどい
罪悪感を感じる。

なんでなんだろう。

本能は、女を「狩れ」というが、
おそらく、
男である前に
運命と対峙する漢

の部分が痛むんだろう。


同じ男たちに聞いてみたい。
少なくとも私はマスターベーションをした
次の日は、
ひどく体調が落ちる。

他の人たちはどうしているのか、、、

エロビを見ても、
渇いてしまうだけ。



理論的には、
常に目標に向かって走れればいいのだが、

私は、性欲が強いようだ。

エロビデオを制作する仕事でもいいと思う。


面白そうだ。

おっと、
その前に
フランス語だったな。


結局自分はこういう人間だった。


従って、この状態では
人に心を開けない。


友達もいない。



一人でやらないといけない。


一人でやらないといけない。


素直に生きれば楽なんだ。


この私の心の奥底にある気持ちを
押しつぶして生きていこうとするから、
ちぐはぐになるんだ。


戦争は一手、二手、三手先を見越してやるもの。


自分が自分である事は
かえられない。


強大な力を秘めつつも、
それを解放させると、とてつもなく
卑猥な存在になる。

いや、自分の中にある強烈な創造力と、
元来ある性欲の部分がリンクしたんだ。
映画を作るという中で、
非常に芸術性の高い作品を間違いなく作れると
いう確信が頭の中から消えないのかもしれない。

そうであるが故に、
宗教色の強いイスラムとは接点は無かったし、
創作意欲と調理の部分がリンクして
日本刀を作る事ができると思ったんだ。


越えてはならない一線と定義し、進んでいるが、
なんの
事態打開の道しるべも無ければ、
遅かれ早かれこの方向に進んでしまうのか。



、、、、、


まあ、それが本音だ。
そして、
人が人のために何かをするという
崇高なものの価値を認めているのも
また私の以前の一部。

改悪されてしまったものの、
崇高に触れたいと思うから、
その線を残そうとしているのが
今の私か。


そうであるが故に、
今回のビザの件で失敗する事は、
現時点の私にとっては、「快楽への道」
になり、
一つのみちが 開ける事になるだろう。

他の道でやっていく事は、
魅力がない。


しかし、
ビザ取得に成功すれば、
運命と抗う道が記され、
さらに苦しむ事になる。

真実など見る目も
持たぬというのに。


日本人って強いな。

他人のブログをみてると、
自分の感情を処理するオナニーブログではなく、
具体的な事実を盛り込んだ、
書類としての
情報ブログになっていることから、

社会が助け合いで出来ている事を体現しているようで、
感嘆する。

もしくは、誰かに見られているという恐れからなのか?


いずれにせよ、私の場合は自分の記録だから、
駄目な部分を書いておくこともある。


今日は、働いて、(5時間)
そのあと昼寝して、勉強して、書類をつくるというサイクルだ。


フランス語を落とさずに、徐々に上げていく事が求められているが、
労働をして、書類を作ってという
作業を進めているので、
正直、面倒くさい。

書類は8割完成しているが、
どうしてもなんとなく、嫌な、計画自体が、始まる前から
破綻しているような気がして、

慎重になっている。

いかに事前に破綻を防ぐか、この書類通過云々に関わらず、
意志の弱い自分へ
あらかじめ方向をつけておく必要性から、

なんども書類を書き直す機会をうかがっているわけだが、

予想よりも労働の時間が増え始めているため、
警戒が必要な状態になってきた。

金が必要なのは分かるが、
働き過ぎは
決して好ましくない。

働く日は、やはり5時間では済まない。



思考できる量は、
次の日にならなければ回復しない。

前日までの情報を
自分なりに処理して次に進む。


最近思う。
如何に自分自身の能力が足りないかを。

こんなにあれこれ苦戦しない人の方が多い。


それはそれでいい。

この段階で自分は肯定するだけ。

どんな結論になっても、
どんな運命になっても、
抗い、抗い、そしてその
運命になったのかもしれない。



まあ、
まだいまは何も考える時期でもないだろう。



どのみちでも極める。
誰にも追随を許さないこと、
それは実際には不可能と思うが、

(まあ、日本刀作成とう、私に才能が恵まれている分野ならともかく)

人の世は、100年後を見越して
行動してこそ、
100年後の人々に貢献できてこそ、

と思うから、
自分自身に才能がほとんどない分野で、
一定の
てこ入れを
行う事にする。


まあ、許さない人は許さないし、
自分は狭量だから、
悪人は何があってもたたくだけ。

良き世にする人だけに
声が届くように、工夫しよう。

僕は、
このタイトルと同じ事は思わない。

人は、死ぬものであり、
一刻も早く、その人が目指すものへ、
回り道をしながら全力で駈けることこそ

人生の本懐であると思う。


全力でやっても、少しずつしか進めない場合のことを
このタイトルでさした。


日本に帰国して、一ヶ月、
バイトは押さえたし、
キャンパスフランスの書類も、結局自力で書いた。

作戦としては、ギリギリのラインで動いているから、
方針自体に変更があるかもしれないけれど、
たたき台は出来た。

あとは、私の写真を撮るだけだ。




今は、おそらく、最高のモテ期にいるが、
私の能力を上げる事に専心する。

私が裏切った女の人、人、友達、家族の痛みはこんなものじゃない。
紅蓮の気持ちで、さわやかに、黒く
私の人生を彩ろう。

そして、前世であるアサシンの特性を利用して、
きらねばならぬものをきるために、
ただひたすら牙を磨こう。


顔面に強烈なパンチを受ける事、受けられる事
でしか通じない言葉はある。

そして、正々堂々でないものには、遠慮なくこの
紅蓮パンチを
直接的、もしくは間接的に喰らわせてやる。


泣き言は言えない。


で、
山となっていた
書類イメージの変換に成功し、
安心しているところだ。

嫌な予感のする一点を回避すれば、
当面、問題点は
金の問題くらいか。


友達がいないことは、この際割愛しなければならない。


ひとりでやると決めたんだ。

そして、
精神崩壊する前に
女をつくる。


もう方針はかえない。

天蓋と対決するにあたり、
一人では
自我崩壊する。


能力優先。最優先。

正々堂々であれば悪もやむを得ない。
相手が悪であると裏がとれれば、
相手は人間にあらず。
なんでもしていい。
こちらに被害が及ばぬよう、全てのことをする。

しかし、
他人様に関与するほど、お人好しではない。


許されないな。これは。


天蓋か。

清々しいよ、なんか、魔界にいる感じ。
因果とかそういうものがあると
考えて生きる生き方は面白い。

何か、超自然的なものにつながって生きている
と考えるのも悪くない。


しかし、どこからかは、「思い込み」の要素がやはりあるのだと思う。

この考えは、
「防御を解く」と言う考え方に発展(改悪か?)する。

自分に自信が無い事を逆手にとる。



自分はゴミの価値だとすれば、
そんなものを守ってどうする?

と言う事だ。


うのみにしてもらってはその人の寿命が縮むだけだが、

自分に対するこだわりを捨てる。



自分は誰かから大切にされているから、
自分の価値があるとか、

そういうのではなくて、
自分は自分であって、

人からすかれても嫌われても自分で、


また、
自分に対して何の偏見も持たないから、
愛情を得られない事で
悔やんだり、悲しんだりする事も無い。


人が去っていくのも当たり前。
仕方の無い事
関係のない事


私からみた
主観の世界と

他人の主観の世界は異なる


利害関係で共通することはあるけれど、

他人と自分は関係ない


過去の友人にすら
刃をためらいなく向けることは
出来るのだろうか


過去の友人と思っていた人が
私を敵に回したときに

私は彼を切れるだろうか



できる

なぜなら、
問題は私の主観ではなく、
私が仮に友達と思っていた人でさえ
その友達が私の事を友達と思っていなかったのなら、

そこに
私が遠慮も手加減もする「余地」など存在せず
過去の
「それらしく見えるような気のする思いで」
すらも

ゴミ粒以外の何者でもなく


敵と断ずるのならば、
こちらも敵である

ゴミと断ずるのなら
互いにゴミである



愛着や
執心の霧を払う事
払える事
理解をする事


それはこれから、異物になってゆくお互い、
知っておく必要はある
フランスから帰ってきてから、
風邪ににた体調だ。

疲れがとれていないのだろう。

無駄な焦りだけが回っている。

やるべきことは分かっているが、
それを書く時期じゃない。

どんな気持ちなのか、
簡潔に書きたい。

結果、独りよがりだけど、
それは別問題。

自分の夢と、自分の現在の状況は
混ぜて考える必要も無い。


フランス語を勉強して、
フランス人の友達を作って、
いかに自分の中にある「未練」
を的確に
+のエネルギーにかえるかという一点のみに焦点はあたる。

残念だが、
私には多くの事を語る力は無い。
自分の事は自分が一番よく分かる。



だからこそ、
誰かの言葉を借りるのなら、
精力を貯めておかねばならない。

私は私が何なのかを知っている。
どれだけ小さく、脆いものかを知っている。

だから、
目を閉じて、
ただ一重にテンションを溜めていたい。



幻覚、幻想、はかなきもの、よわきもの、たよりにならないもの、

自分を含めてだ。



まやかしのほうがおおいとするのなら、
ただ残った時間を
気持ちの枯れた私の心と体を
いたわることに、使うだけ。



幻想。
妄想。

まあ、しかし
それを使って商売したら楽なんだけどね。


馬鹿だよ、俺。
自分が対陣している相手を知る事はよい事だ。


という訳で、
フランスの教育に関する情報収集を始めた。


結論は、
「いかに日本が努力を怠ってきたかということ」だ。


国民は悪くない。
むしろ、私は、その一人一人余す事無く尊敬の念を持ち始めている。

ここまで
一生懸命に社会に誠心誠意、意識高く奉仕している、
奉仕を「強要している」社会は無いのかもしれない。

フランス人は馬鹿だ。

しかし、社会は成立している。

「何故か?」

これは、私のしこりであった。

最近、インターネットがつながる自宅にいるので、
随時最新情報が手に入れる事ができる。

フランスでは、広場とか公園にいって、
ルンペンと同じ環境だったし、これからもそうだろう。

話が逸れたが、
バカが勢揃いしているフランス社会が、社会として機能している理由は、
「エリートに対する帝王学の提供」

だ。

これ以上でもなければ、これ以下でもない。

対外史をみれば何となく分かっていた事だが、
かれらは1800年頃には、すでに苛烈な
国際間の紛争に何度も何度も修羅場を経験し続けた。

その結果、国を挙げて、それまで彼らが蓄積した頭脳を伝承、研究する
機関を、他国に負けぬよう作る必要があったのだ。
それが「グランゼコール」と呼ばれている。

私は、若い頃、とにかく必要としていたものが、
「この帝王学」なのだ。

日本には探しても無かった。


残念な事だ。

日本は、戦後の「何となく頑張ったつもりになっている間抜け」ども

100年にわたる長期的な教育にたいする
「自覚」もなく「意図」もなく「未来図」もなく

ただ富める人が富み続ける「ため」だけに
「愚民化」を押し進めた。

搾取する側としては、民衆が
「知恵をつける機会を設けぬ」ことほど、心強い事は無い。

確信には触れず、民衆が聞きたいと考えられる
ことを「読み」それを何となく表現して
支持を取り付ける。

多少知力があるものなら、これほど容易い事は無い。


その結果、
戦後50年にわたり、
「搾取を調教された”新・日本民族”」が成立してしまったのだ。


確信にかわった事は、

自殺者の日本国における定義だが、
「強力な才能に守られたものは、鋭敏であるが故にもろい」
ので
「何らかの形で才能を開花させる者」の支援を
受ける必要がある場合が多い。


私もその端くれだったからだ。


しかし、
現時点の日本は
「二虎強食」により、内部分裂
”政治家とうの特権階級の策略により搾取調教され
同じ方向を向く事を忘れている”新・日本民族”が、自滅している状況”

しているが故に、
才能を「受け止める」事の出来る
才能を「伝える事」ができる
体験を「蓄積し伝える事」が出来る

そういう
才能者を
軒並み

「自殺」と言う形で失っており、


その結果が

現在の「漫才ブーム」、「食事ブーム」といった

男”運命”社会の
「末期現象」に終焉してしまったのだろう。



フランスに
その「帝王学」を奪いにいくつもりだが、


私の才能、年齢、逆境を踏まえると、


「負ける」。



しかしやる。

なぜならば、
真の王は


その背中により
後輩へ生きる道を示す。



でも、
負けるから、逃げるかもね。


だって、
何万回
シュミュレーションしても


フランス人の「選民思想、エリート主義」の
悪意
を通過する方法

は思いつかない。

でも、
私はやってみよう。


こういう
「犬死に」も悪くない。

今日は、午前、昼と働いて、今、自分の時間を持った。

ふと、
フランスにて留学をしている
という
大学生のブログをみた。


内容も完全、時期も恵まれている。

しかし、流されている。

薄い。



留学などと夢物語に自分の生をつなぐ人は、
洗礼を浴びなければならない。

俺はなにしてるんだろうって。





才能が無いのは仕方が無い。
やる気が無く、あきらめた方がいいのも仕方が無い。
魔に染まってしまった方が楽なのも自明の理。


でも、それでも
まだ、自分が生きる事に執着できるとするなら?




それが、
エリートになく、英雄にあるものだ。



恵まれ、味もなく、
苦労はするだろう。

しかし、かれらに幸せがあるように願う。


彼らのように、
エリートになった人たちを恨んでも仕方ない事。


今は、一円でも多く貯めて、
両親への親孝行の機会を待つ。


命をすてるとも思わんが、
汚れている私でも、するべきことは残っているのは
これは、うれしい事だ。
パソコンを新調したが、

マックパソコンを新規に取り入れた。

非常に早い。

使っているうちに、その性能の高さに驚く。


たまにはこういうものもいいものだ。


現在は、気持ちに余裕は無い。

心も穏やかであるとは言えない。

本来であれば、妻をもち、安定に向けて動いている時期だ。

女が欲しいのだろう。


それは、おいておく事にする。
なぜなら、解決は出来ない問題だからだ。

現時点の状況としては、
とにもかくにも、自己実現の為に力を注ぎたいし、注がないといけない。

もはや、引く事が出来なくなってしまったという方が正しいかもしれない。


書類は、よく見て、30%ほど、
予定よりも遅れているのは、
女を知った事で、雑念が入ったからだろう。

しかし、私は、最終的には子供を残すし、人間として生きるから、
それはそれで問題は無い。


きちんとフランス語を学ぼう。
英語も納得がいくところまで頑張ろう。
そして、同時にアラビア語にも牽制する。

全てをすすめていったら言葉だけで3年はかかるだろう。


両親や家族に、
または自分が納得するように、
言語とそれに伴う文化の理解を優先したい。


きっと、過酷な運命になるだろうが、
きちんと自分の物語に終着点をうちたい。

今は、
きれいに自分の能力を研ぎましょう。


タイトルとちぐはぐになってしまったが、
現在のパソコンは非常に強力であることを
自慢したかっただけだ。


早めに書類を終了させて、
余裕のある状態で家族と接したいし、その他の事柄も
少しずつ充実、補給したい。