一人考えている。
僕には政治は無理だと。
自分勝手な自分をして
世の中の快楽を最終目標とするのなら
別に政治をせずに
普通にエロビデオ作っていた方が
誰に対しても
誠実であると。
不誠実であることは堪え難いもののうちの一つだ。
産んでくれた母親には
なんと申し開きをすればいいのか分からないけれど、
彼女も最終的には許すのだろう。
息子が笑えるのならばと。
100対0で
政治を頑張る理由などは見えない。
何度
自慢の千里眼を使っても
自分が
自己分裂をおこし、負ける絵しか見えない。
最後まで歩けずに
錯乱するというシナリオだけ。
人への不信は募り、
人間の根本である愛ある小さな幸せすら
どこか私にとっては現実味が無いものに映る。
愛を失えば、
快楽を頼みとする人間像が生まれるのも
当然。
小さい頃から助平だった。
助平であり、女を誘惑するのにきわめて長けており、
それをビジネスレベルに変化させれるくらい
強力な何かを心の中に持っているのはまぎれも無い事実。
そして、一度その色に完全に染まれば、
戻ってくるのは不可能とも思われる。
もう無理かなあと
そもそも
私の
自分自身の深い深い願望に流れて
浅いところにある
私の個人的な妄想である政治
を
人を説得させる材料など無いと
あきらめ始めていたときに
フランスから日本への
「エール」をみた。
私が
知恵ある物として
理性的に見る日本の将来像と
フランスの何らかの新聞かなにがしが
分析する
日本の将来像
が
全く
一語一句
きわめて近い分析をしている。
日本の
「将来的」な低迷を見抜き
100年にわたる長期的な対策を打ち立てる必要がある
と
注意を換気してくれている、、、、、
やはり
フランスは日本の事が好きなんだな、と
うれしく思った。
日本人では気づけない
そういう
微妙な点を
フランス人が
自分の義務領域を「危険を賭して」「放棄」
してまで
日本の将来へ
警鐘をならしてくれているのだ。
闇を知る、闇と質が近い私だから
闇であるにもかかわらず
闇を避ける方法を知っている。
闇であるから。
私が持てば
闇である者の
「闇切り」が出来る。
フランスからの歩み寄りがあるという
この
限定条件下であるのならば、
フランスが
私の分析に対して
一定の
有用性を認める
可能性はある。
私は受け売りで
日本の
危険を見いだしているのではなく
自分で
見極めた事が
政治、教育にきわめて強い
フランスと同じなのであるのならば、
年数を決め、
日本の
光に協力するのも
我慢できるかもしれない。
きっと、
日本人は
どうしようもなく
「馬鹿で救えない」点があるから
(ひとですら使い捨てれると思っている
人は人という前提を見失っている)
私が
光の事柄をしたとしても
使い捨てるだろうけど、
子々孫々が
恵まれるとするのならば
「闇」による
「闇よけの予知網」を
貼っておくことは
「出来る」。
まさか
あれだけ
私がぼろくそに言った
「冷たい冷たい」フランス人から
エールが来るなんて、
皮肉なものだ。
僕には政治は無理だと。
自分勝手な自分をして
世の中の快楽を最終目標とするのなら
別に政治をせずに
普通にエロビデオ作っていた方が
誰に対しても
誠実であると。
不誠実であることは堪え難いもののうちの一つだ。
産んでくれた母親には
なんと申し開きをすればいいのか分からないけれど、
彼女も最終的には許すのだろう。
息子が笑えるのならばと。
100対0で
政治を頑張る理由などは見えない。
何度
自慢の千里眼を使っても
自分が
自己分裂をおこし、負ける絵しか見えない。
最後まで歩けずに
錯乱するというシナリオだけ。
人への不信は募り、
人間の根本である愛ある小さな幸せすら
どこか私にとっては現実味が無いものに映る。
愛を失えば、
快楽を頼みとする人間像が生まれるのも
当然。
小さい頃から助平だった。
助平であり、女を誘惑するのにきわめて長けており、
それをビジネスレベルに変化させれるくらい
強力な何かを心の中に持っているのはまぎれも無い事実。
そして、一度その色に完全に染まれば、
戻ってくるのは不可能とも思われる。
もう無理かなあと
そもそも
私の
自分自身の深い深い願望に流れて
浅いところにある
私の個人的な妄想である政治
を
人を説得させる材料など無いと
あきらめ始めていたときに
フランスから日本への
「エール」をみた。
私が
知恵ある物として
理性的に見る日本の将来像と
フランスの何らかの新聞かなにがしが
分析する
日本の将来像
が
全く
一語一句
きわめて近い分析をしている。
日本の
「将来的」な低迷を見抜き
100年にわたる長期的な対策を打ち立てる必要がある
と
注意を換気してくれている、、、、、
やはり
フランスは日本の事が好きなんだな、と
うれしく思った。
日本人では気づけない
そういう
微妙な点を
フランス人が
自分の義務領域を「危険を賭して」「放棄」
してまで
日本の将来へ
警鐘をならしてくれているのだ。
闇を知る、闇と質が近い私だから
闇であるにもかかわらず
闇を避ける方法を知っている。
闇であるから。
私が持てば
闇である者の
「闇切り」が出来る。
フランスからの歩み寄りがあるという
この
限定条件下であるのならば、
フランスが
私の分析に対して
一定の
有用性を認める
可能性はある。
私は受け売りで
日本の
危険を見いだしているのではなく
自分で
見極めた事が
政治、教育にきわめて強い
フランスと同じなのであるのならば、
年数を決め、
日本の
光に協力するのも
我慢できるかもしれない。
きっと、
日本人は
どうしようもなく
「馬鹿で救えない」点があるから
(ひとですら使い捨てれると思っている
人は人という前提を見失っている)
私が
光の事柄をしたとしても
使い捨てるだろうけど、
子々孫々が
恵まれるとするのならば
「闇」による
「闇よけの予知網」を
貼っておくことは
「出来る」。
まさか
あれだけ
私がぼろくそに言った
「冷たい冷たい」フランス人から
エールが来るなんて、
皮肉なものだ。