ドキュメント8.13 | 縁茶亭茶話

縁茶亭茶話

地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

※長文なので、お暇な方はどうぞ。


それは、いつも通りの帰り道になるはずでした。


17:30ちょっと過ぎ。

鳴り響く雷と土砂降りに怯みながらも、定時と共に去りぬ!と退勤。

通勤に使うバス停は交差点にあるのですが、そこにたどり着く少し手前で5分遅れで到着したバスを見送り、「5分遅れかぁ…ということは、次のバスまで15分待ちかな」とのんきに構えていました。

吹き込んでくる雨にバス停の屋根も意味をなさず、傘をさして待つのもいつものこと。

時刻表の時間を5分10分過ぎても、バスが来ないのもいつものこと。

結局25分遅れでバスが来たのも、この雨じゃ、まああるよね。

そのバスが、普通なら5分もかからない3つ先のバス停に、15分かかって到着したのも想定のうち。

「この雨じゃ、下手すりゃ終点まで1時間くらいかかるかもな。まあ、この時間ならそこ始発のバスもあるから、20時には帰れるだろ。」

そんな風に考えていた私は、まだ日常の中にいたのです。

この時は。


バスに乗って15分後の18:30頃。

付近の道路が冠水。

バス会社のバス全便に対し、安全のために待機命令。

そんなアナウンスが流れました。

バスを降りる人もいる中、私も歩こうかと思いましたが、土砂降りも雷も収まらないので、このままバスで行くことを決断。

その瞬間、終わりに近づいていたはずの1日が、長い1日の始まりへと変わったのです。

…まあ、本人まだそんなことになるとは知らずに、「バスが動かないなら本を読めばいいのよ♪」と本を読み始めましたけど。


本を読み始めて…もといバスが止まって約2時間後の20:30頃。

バスが動き始めました。

さすがに動くバスで本を読むと気持ち悪くなるので、読書は中断。

稲光で時々フラッシュをたいたように明るくなる真っ暗な窓の外を、ぼけぼけと眺めていました。


ぼけぼけし過ぎて、1時間近く経過している自覚もなかった21:20頃。

通常のルートの一部区間が通行止めになり、バスは迂回ルートへ。

この地点から家までは徒歩1時間半、迂回ルートに入ってしまうと徒歩では難しくなるなと思いましたが、相変わらず雨と雷が止んでいなかったために断念しました。


さらにぼけぼけと外を眺めること40分後の22:00過ぎ。

ほぼ同じくらいに、埼玉と東京の友人から「赤犬県(仮称)大丈夫!? ニュースでえらいことになってるんだけど!?」 (要約)とLINEが入りました。

「バスに乗ってりゃ終点までは運んでくれる、その先のことはその時考えること」程度にしか思わず、iPhoneを駆使して情報収集をしていなかったので(警報とか避難指示情報は通知が来てたけど)、自宅の地域が心配されるほど大変な状況になっているとは全く思っていませんでした。

…とは言うものの、自宅は道路より高いので浸水の心配はなく、土砂崩れするような場所もないので、自宅の母については「帰りが遅くなって申し訳ないな」程度の心配しかしていなかったのですが。


バスに乗ってから4時間20分ほど経った22:35、ようやく終点に到着。

そこから自宅までは40分くらいですが、雷も雨も止む気配はありません。

そこが始発のバスはとうに無くなっている時間のため、自宅近くのバス停に行くには長距離便を待つしかありませんが、私の乗ったバスの3本くらい後にあったはずの長距離便は、待てども待てどもやってきません。

雷光が閃くたびに停電で街灯が消え、点いてはまた消えを繰り返すロータリーをぼんやりと眺めながら、駅の屋根下で立ち尽くすこと1時間ちょっと。

23:40、一向に収まる気配のない雨と雷に、ようやく私は「ま、いっか。何事も経験。」と帰宅を諦めたのでした。


幸い、東京の友人が駅近くの施設が避難所になっているのを教えてくれたため、そこに行こうかと思ったのですが、その前に通った駅の改札が開放されていたので、「あ、ここでいいや。」と思い、配られていた水とカ⬜︎リーメイトと保温シートをゲットして、敷かれていたブルーシートに落ち着きました。

で、早速カ⬜︎リーメイトを食べて横になったのですが…まだ眠りに落ちていなかった0:15、何やら人の動きに変化が。

もしやと思って改札を出ると、雷はまだ鳴っていますが、少し雨足が弱まっています。

というわけで、「そうだ、避難所に行こう。」

その理由が「駅で寝るより快適なのでは」ではなく、「避難所がどう開設されるものなのか見ておきたい(仕事的に)」だったのはご愛嬌です。


0:30頃、避難所到着。

受付の方に尋ねると、まだ受け入れ可能ということで、避難者名簿に名前を書いて、非常食(カ⬜︎リーメイト的なものとビ○コとで選べたので、前者を選択)をいただきました。

避難所は基本的に3階の講堂で、一画にブルーシートが敷かれ、避難した方々が空気で膨らませるビニールクッションの上で銀色の保温シートや毛布をかぶって横になっていました。

床以外にも、椅子に座っている方、講堂ではなく廊下に横になっている方と様々です。

ただ、廊下やロビーはところどころ雨漏りしていて、雨が吹き込んだのか窓際のカーペットはびしょ濡れになっていました。

最初は椅子に座って目を閉じていましたが、首が痛くなってきたので、観念してブルーシートの上で寝ることに。

ビニールクッションはありませんでしたが、駅でもらった保温シートをかぶって、ようやく1日が終わっ…


いや、うちへ帰るまでが遠足。(遠足じゃないけど)

1時間寝ては目が覚めるのを繰り返し、いよいよ本格的に目が覚めてきた4:30頃。

5:00を過ぎる頃には周りの人たちもぼちぼちと起き出し、クッションを畳み始めました。

バスの始発は6:23でしたが、雨が止んでいたので、5:40頃避難所を出発。

一応出勤する心づもりで、道路の様子を確認するためにバス通りを歩いたのですが、下り車線は渋滞、時々故障車が止まっています。

渋滞の理由は、自宅近くの道路が通行止めになっていたからでした。

(余談ですが、すれ違った子連れのお母さんが、「ほら、通行止めだから、道路の真ん中歩けるよ〜」と真ん中に行っていたのが微笑ましかったです。)


うん、ダメだこりゃ。


実は昨日の段階で上司から安否確認のLINEがあり、元々そのように勧められていたので、今日はお言葉に甘えてお休みをいただくことにしました。


そして6:20、ついに帰宅。

充電が切れかけていたために控えていたLINEの返事を各方面に送り、風呂に入ってからご飯を食べた後、ちょっと横になるつもりで寝たらお昼を過ぎていました。

自分で思っていたよりも疲れていたようです。

まあ、そりゃそうか。

帰れなくなって着の身着のまま外で寝るとか、なかなか無い経験だし。

とはいえ、昨日は暑くなかったし、命の危険を感じるような場所はなかったし、徒歩で帰って来られるところまではバスがあったので、かなり幸運だったと思います。


そんなこんなで、初めて帰宅困難者になってしまった今回の豪雨。

せっかくなので、まとめてみました。

数年後、こんなことがあったと読み返してみたいですね。