屋久島旅日記 ~人生登ったり下りたり~ その1 | 縁茶亭茶話

縁茶亭茶話

地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

【3月23日(金)】

①いきなり波瀾万丈

 なぜ行くのかって?

 それは、縄文杉が呼んでいるからさ。




 ――というわけではなく、単に山歩きが好きな私と母の意見が一致した結果、屋久島に行くことになりました。

 もちろん目的は、縄文杉登山。

 11時間ウォーキングがなんだ、山道がなんだ!

 緑深き山奥で、悠久な時の流れの中ただひたすら立ち続けてきた縄文杉を、生きている間にぜひともこの目で見てくるのだ!



 そこまでは盛り上がりませんでしたが、着々と登山装備(というか雨具一式)を整え、ついに迎えた3月23日の出発日。


「本日鹿児島空港は視界不良のため、福岡空港に着陸するか、羽田に戻ってくるかの条件付き運行となっております」


 羽田空港の受付カウンターに立つお姉さんは、心底申し訳なさそうにそう曰ってくれました。


 ――いやいや、そう言われても私たちはツアーで申し込んでいるし。

 そもそも飛行機を操縦するのはパイロット、旅行を中止するのも飛行機の着陸場所を決めるのも私たちじゃない。

 というわけで、私と母はチェックインを済ませ、搭乗口へと向かいました。



「これでツアー中止になったら、完全にネタだよな」と思っていましたが、幸いなことに飛行機は無事に羽田を飛び立ち、定刻通り鹿児島空港に到着しました。


 が、ここでアクシデント発生。

 普段滅多に乗り物に酔わない私が、飛行機酔いになってしまったのです。

 だって、飛行機の揺れがハンパなかったんだもん!


 幸いすぐに復活しましたが、空港内を移動する飛行機の中で「もぉいやぁ~、ひこーき乗りたくないぃ~」などとほざいていると、こんなアナウンスが流れてきました。


(うろ覚え)

「屋久島行きの飛行機に乗り継ぎのお客さまに申し上げます。

 屋久島行きの飛行機は、現在運行を見合わせております。

 屋久島行きの飛行機をご利用される予定だったお客さまは、空港で係の指示に従ってください。」


 …………いや、そりゃ確かに「飛行機に乗りたくない」って言ったけどさ…………。




②ちなみに6年生の時の夏休み自由研究は「西郷隆盛」

 飛行機は、屋久島空港の管制塔に不具合が生じたために運行再開の見通しがつかない、ということで、屋久島へは鹿児島市の港から高速船トッピー号に乗って向かうことになりました。

 空港から港へは、ツアー会社が急遽手配してくれたバスに乗って移動します。



 ところで、鹿児島と言えばうちの母の出身地。(といっても、母の実家は宮崎寄りですが)

 そして、幕末明治を駆け抜けた多くの人物を生み出した薩摩藩。

 幕末ファンなら、京都と並んで一度は訪れたいところではないでしょうか。

 いや、それを言ったら山口県の萩(長州藩)とか、高知県(坂本龍馬)とか、福島県の会津若松(白虎隊)とか、函館の五稜郭(戊辰戦争終焉の地)とか、長野県の上諏訪(赤報隊終焉の地)とか、それから……(きりがないので省略)


 それはともかく、当然のことながら添乗員さんもそういった見どころを通るたびに解説してくれますし、バスの運転手さんもその時は少し速度を落としてくれます。

 それでも、走るバスの中から写真を撮るのは至難の業ですが。


「ほらみなさん、あれが西郷隆盛像ですよ~」(鹿児島の西郷さんは軍服を着ています)

縁茶亭茶話-西郷どん


 おぉ、たかもちゃん!(←内輪ウケ呼称)



「そして、大河ドラマ『篤姫』の人気で数年前に造られた、小松帯刀の銅像です」
縁茶亭茶話-瑛太さ~ん♪(違)


 尚五郎さぁぁ~んっ♪♪♪(上様こと徳川家定よりは、いつも一生懸命な小松帯刀派だった)



 他にも、仙巌園や鶴丸城跡(敷地内には篤姫の像もあるらしい)などの近くを通りました。

 もちろん、下車観光はしませんでしたけど。



 その他、若い頃の西郷隆盛が僧の月照とともに錦江湾に入水し、一人だけ助かって息を吹き返したという「西郷隆盛蘇生の家」の前も通りかかりました。

 もちろん、その話は私も知っていたのですが。


「この家は、征韓論に破れた西郷隆盛が京都の僧月照と錦江湾に入水した時に……」


 ガイドさん、それちがうっ!

 征韓論は明治維新後、大久保たちの外遊中に西郷たちが唱えた「朝鮮に攻め込む」という主張!(厳密には、この説明にも異論がありますが)


 思いっきりつっこみたかったのですが、「ならば、なぜ若かりし日の西郷どんはお坊さんと一緒に入水してしまったのか」の答えを忘れてしまったので、何も言えませんでした。

 レキジョ失格。(続く)