クリスマス・ボックス | 縁茶亭茶話

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地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

『クリスマス・ボックス』(リチャード・P・エヴァンズ作)

<あらすじ>

「大通りの大きな屋敷に住む老婦人が、(略)住み込みの夫婦を求めています」――リチャード一家とメアリーアン・パーキンとの共同生活は、そんな新聞の広告記事から始まった。

 妻のケリー、4歳になる娘のジェナと共にメアリーの邸宅に移り住んだリチャードは、すぐに彼女とも打ち解け、家族のように日々を過ごす。

 しかし、やがてメアリーの脳に腫瘍が見つかり、余命幾ばくもないことが判明した。

 そんなある日のこと、仕事に打ち込んでばかりいるリチャードに、メアリーが尋ねる。

「この世で最初のクリスマスの贈り物はなんだったか、考えたことある?」と――。(続きは解説でネタバレします)



<解説>

 クリスマスが近いので、クリスマスの話でも紹介したいと思います。


 タイトルにもなっている「クリスマス・ボックス」ですが、これはクリスマスの飾りやカードを入れておく箱のことです。

 私はこの本を読むまで知らなかったのですが、欧米ではなじみ深いものらしく、立派なものになるとかなり凝った装飾などが施されているようですね。

 いつか実物を見てみたいものです。


 さて、この物語でも重要な鍵となっているクリスマス・ボックスですが、リチャードはそれをメアリーの家の屋根裏部屋で見つけます。

 中に入っていたのは、ラブレターと思しき手紙の数々。

 しかし、愛に溢れた言葉が綴られているそれらは、彼女の亡き夫ではなく、幼くして亡くした娘へと向けられたものでした。


 そして、彼は悟るのです。

 メアリーから課された問いの答え。

 この世で最初のクリスマスの贈り物は、親が子に寄せる純粋な愛情だということに。


「神は子供らを愛していたので、その御子を子供らに遣わされた。いつかは神に返すことになる御子を。」(本文127p)


 クリスマスは、言うまでもなくイエス・キリストが生まれた日。

 キリスト、つまり人々を苦しみから救い出す救世主は、神が人を思うが故にこの世に生を受けた。

 なぜなら、人々もまた神の子供だったから。

 キリストは、〈父〉である神が〈子供〉である人々を愛する心から遣わされた、この世で最初のクリスマス・プレゼントだった――。


 この辺りは少しキリスト教色が強いですが、物語の要となるメッセージは強く伝わってきました。


 同時に、リチャードは気づくことになります。

 今当たり前のように存在する幼い娘は、決して永遠のものではないということに。

 彼もまた一人の父親。

 娘を愛していなかったわけではありませんが、つい仕事の方を優先して、娘との時間をないがしろにしていました。

 メアリーのように死別してしまうことや、成長した娘が自分の元を巣立っていくことなど、想像すらせずに。


「なんとおろかだったことか。娘の子供時代、つかのまでしかない貴重な彼女の子供時代が消えていこうとしているのに。永遠に消えてしまうのに、気づかなかったとは。(略)そのうち娘は大きくなる。そのうちわたしのもとを去り、あとには、彼女の笑い声の記憶と、わたしが知りえたかもしれない秘密とともに、わたしが取り残される。(略)

 父親とはこういうものだった。いつの日か、こちらが振り向いたときは、すでに小さな娘はそこにいないということに気づくのだ。ときたま幼い娘の寝顔に目を向けながら、少しずつ死に近づいていく。わたしの腕に抱けるのは、ほんのつかの間の貴重な時間であり、その時だけ時が止まるのだ。(略)

 この上ない貴重なクリスマスの贈り物をメアリーは私に贈ってくれた。わたしの娘の子供時代という贈り物を。」(本文128~129p)


 いきなりこの部分だけ抜粋しても伝わらないかもしれませんが、読んでいて涙が出そうになりました。



 私自身には、子供がいません。

 ただ、甥や姪のことを考えた時、こうした言葉がすとんと胸に落ちます。

 小さい頃は散々遊びにつき合わされた甥1号と2号ですが、今や高校1年生と中学2年生。

 少し寡黙になって、昔のようにはつきまとわなくなりました。

 今は手がかかる姪1号も、やがては大きくなり、自分の力で何でもできるようになるのでしょう。


 子供が子供でいるのは、本当にほんの一時の間だけ。


 子育て中のお父さんお母さんに、ぜひとも読んでいただきたい1冊です。

 私も、甥や姪をあまり邪見に扱いすぎないように気をつけたいと思います。