ハリー・ポッターと死の秘宝 PARTⅡ | 縁茶亭茶話

縁茶亭茶話

地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

 さて、8月31日に観てきた『ハリー・ポッターと死の秘宝』の感想です。

 以下ネタバレしていますので、まだ観ていない方はご注意ください。



 映画版を観るのは、3作目の『~アズカバンの囚人』以来です。

 とはいっても、原作は全部読んでいるので、話がわからないということはありません。

 何だかんだで映画は見る機会を逃していた、というよりは積極的に行く気にならなかったのですが、今回ようやく重い腰を上げた理由は、映像で観てみたい場面がたくさんあったから。

 最後だから、というのももちろんありますが、原作で泣いたポイントがたくさんあったので、最終作くらいは観に行こう!と思っていたのでした。


 というわけで、以下個人的に好きな場面についてです。


 やっぱりこれだけは外せない!と思うのは、スネイプ(ハリーが嫌っていた学校の先生。ハリーの両親と同級生)に関する全エピソードでしょう。

 死に際の一言「私を見てくれ(原作では『僕』)」は、何度見ても切なくなります。

 映画では「リリー(ハリーの母親)と同じ目だ」という台詞が追加されて、よりわかりやすくなっていましたね。

 でも……そうか、この場面は「リリーと同じであるハリーの目」、つまりハリーの目を見ることでリリーを偲びながら死んだということだったのか。

 私としては、最初に原作を読んだ時、ハリーの目にリリーを重ねて「(ジェームズ[ハリーの父親]ではなく)僕を見てくれ」とリリーに向かって訴えていたと解釈していました。

 生涯を通して愛し続けた、しかしとうとう振り向いてもらえなかった女性へ、ずっと口に出せなかった願いを最後の最後で口にしたんだな、と。

 どちらにしても切ない。


 スネイプの過去の場面は、省略されていたところも多々ありましたが、彼がリリーを想い続けていたことが強く伝わってきました。

 特に、リリーの遺体を抱きしめて泣くところは原作にはなく、映像として見せられると本当にこちらまで涙があふれそうになります。

 泣きませんけどね、外ですから。(←意地)

 ちなみに原作だと、赤ちゃんのハリーと両親が写っている写真はリリーの部分だけ、シリウス(ハリーの名付け親)宛の手紙は最後の一文「愛をこめて リリー」の部分だけを破り取って持ち去っています。

 この場面も好きだったんですけどね。ものすごく純愛っぽくて。

 変更されたのは、映像的に物足りなかったからなんでしょうか。

 それと、最後のヴォルデモートとの対決場面(これは原作からかなり変わった)でのハリーの台詞「(スネイプの守護霊が自分の母と同じ牝鹿なのは、)スネイプは子どものころからほとんど全生涯をかけて、ぼくの母を愛したからだ」がなかったのも残念でした。


 でも、スネイプとダンブルドア(ハリーを庇護していた前校長)との会話「まだリリーを?」「永久に」は省略されていなかったのがうれしかったです。

 やはりこれを略したら、スネイプは語れませんからね。

 そして、19年後のハリーがアルバス・セブルスと名づけた息子に「おまえは、二人の校長の名前をもらっている。その一人は、いちばん勇気のある人だった」と告げる場面も。

 唯一母の目を受け継いだ我が子に、母を生涯愛し抜いた男の名をつける。それも、「いちばん勇気のある人だった」という敬意をこめて。

 スネイプ……よかったねぇぇぇ、と、最後の涙腺直撃ポイントになったのでした。



 スネイプに話が偏ってしまいましたが、もう一つ涙腺がゆるんだのが、ネビル(ハリーの学校仲間)について。

 ハリー・ロン・ハーマイオニーが学校を去った後、残った仲間をまとめてヴォルデモートに立ち向かおうと活動していた時点で「ネビルったら大人になって……」と目頭を押さえたくなったものでした。

 が、一番感動的だったのは、彼が一人ヴォルデモートに立ち向かい、そして組み分け帽子の中からグリフィンドールの剣を引き出したところ。

 ネビルが……あの頼りなくてドジばっかりしていたネビルが、真に勇気のある者でなければ引き抜けない(でしたっけ?)とされる剣を自分の力で引き出すなんて……!

 この場面も、映像化するにあたってどう表現されるかな、と楽しみにしていました。


 で、映画を観て。

 ……まず、大人になった(厳密には17歳という設定ですが)ネビルのかっこよさにびっくりしました……。

 ハリーたち主役3人はポスターなどでよく目にしますが、そういえばネビルって、それこそ『~アズカバンの囚人』以来観ていないですからね。

 あの子が成長して、こうなったのか。

 ネビルは今回の映画ではけっこう活躍していましたが、それでもやはり、剣の場面ではうるっとしてしまいました。

 状況や展開は、原作とかなり変わってしまいましたけどね。

 原作だと、確かにヴォルデモートがさくっとやられすぎてしまったような印象があったので、映画の流れの方が話が盛り上がっていたと思いました。




 さて。

 スネイプを語り、ネビルを語り。

 そろそろ、こう思った人がいるのではないでしょうか。

「主人公に関する感想はないのか。」と。


 うん、知ってる。

 この話って、『ハリー・ポッター』っていうシリーズなんだよね。

 つまり、主人公はハリー・ポッター以外の誰でもないんだよね。


 が!


 ごめんハリー、というかラドクリフさん。

 とりあえず「大人になったね」以外の感想が思い浮かばなかったわ。


 それと、ハーマイオニー役のエマさん。(なぜ「ラドクリフさん」ときて「ワトソンさん」とならないのかについては、私にもわからない)

 私もう、彼女を「エマちゃん」なんて呼べない!

 ものすごく美人になったのね、エマさん。

 そして、実はハリーよりも背が高いのね……というのは禁句でしょうか。


 ロンについては……実はハリーもだけど、ごめんなさい、ものすごく正直な感想言っていいですか?

 ――二人とも、もう少し運動した方がいいかも……。


 あとは、ちゃんと恋人していたロン&ハーマイオニー、そしてハリー&ジニーに、もうみんな子役じゃないんだなぁと実感しました。

『~アズカバンの囚人』まではDVDがあるから、機会があったら見直してみようかな。



 というわけで、長々と書いてしまいました。

 スネイプやネビルのシーンはもう一度観たいような気もするけど、どうしようかな。

 本当は、まず2Dを観て、それから3Dを観に行こうと思っていたのですが……3Dじゃなくても十分な気はします。

 あの映像が立体的に迫ってきたら、ちょっと酔いそうだ。(←実は2Dでも、ちょっと気持ち悪くなった)