2011年3月31日。
私は、4年間勤めた会社を辞めました。
その最後の1日について、書きとどめておこうと思います。
①師匠
最後の片づけがあったので、7時45分頃出勤。
もちろん一番乗りです。
始業時刻は8時30分ですが、この日をもって支店(縁茶的訳語)そのものから引っ越さなければならないので、先輩方も8時頃までには続々と出勤してきました。
と、思っていたのですが。
「俺さぁ、一度4時くらいに来たんだよ。その後一度家に帰って、今また出勤」
おそろしいことをさらりと言ってくれたのは、もちろんこの4年間仕事を教えてくれた先輩です。
仕事だけでなく、車の運転の仕方やギャグの言い方(「冗談は真顔で言うべし」が鉄則)、さらにはパチンコの遊び方まで教えてくれた先輩。
最後まで、その言葉の真偽を見抜くことはできませんでした。
そんな先輩の、最後の教え。
「○○(本名)ちゃん、新しい職場に行っても、ちゃんと助手の人とボケとツッコミの会話をするんだよ。
4年間、俺はそれを教えたからね」
……その教え、一応胸に刻んでおきます。師匠。
②印象
11時から辞令交付式があったので、その少し前に本社に行きました。
平成23年度の退職者(日々雇用以外)は三人で、二人は早期退職をして再雇用で働いていた人たち(元No.3と支店長。いずれも縁茶的訳語)、そしてもう一人はもちろん私です。
社長(縁茶的訳語)から受け取った辞令には、「契約期間の満了により退職する」と書かれていました。
辞令交付が終わると、退職者3人は、前に呼ばれました。
小さな会社なので、社長は全員の顔と名前がわかります。
今年の7月に就任した社長は、一人一人の第一印象とその後の印象について語り始めました。
そして、私の番になって。
「○○さんはねぇ、最初は非常にウサギさんのイメージが強かったんですよ」
…………ウサギさん…………?
一瞬バニーちゃんの衣装で「きゃっ♪」とやっている自分の姿が脳裏を過ぎりましたが(余談ですが、同じ想像をしてしまった人が、少なくとも一人いた)、そんなサービスどころか社会の迷惑にしかならないような格好など、断じてしたことがありません。
しかし、社長が「ほら、こんな耳の……なんだっけ?」と続けたので、「メタボ赤犬(仮称、というか暴言)です」と小声で訂正させていただきました。
そういえば、7月の支店イベントで着ましたね……メタボ赤犬の着ぐるみ。
社長の中における私のイメージは、メタボ赤犬の女。
幸い、社長は1月のプロジェクトXYZ-typeSの打ち上げに参加していたため、「あの打ち上げの参加者の様子を見て、××さん(先輩)と○○さんがスタッフとして本当に感謝されているのがわかった。だから、○○さんの印象といえば、あの打ち上げのイメージが強い」という評価もしていただけました。
担当していた仕事で評価されると、やはり感慨深いものがあります。
だから、「でも私、全く触れられなかったけど、メインの担当はプロジェクトXYZ-typeMの方だったんだよね。」というつぶやきは、そっと心の奥深くにしまうことにしました。
③さよならをもう一度
交付式が始まる前に、本社の財務班に書類を届けました。
「これが最後のお届け物になります」
「そうだねぇ」
しみじみと会話する、私と財務班の皆様。
交付式の後は、各部署にもう一度挨拶回りをし、隣りにある本店の皆様にも挨拶回りをして、支店に戻りました。
「いつでも遊びにおいで」という温かい言葉に、「ええ、近い内にまた来ます。とりあえず制服を返しに来なきゃなんないし」と答える私。
そんな淡い涙の別れから、3時間後。
「すみません……また来てしまいました……」
まさかの本社&本店再訪。
引っ越し作業でてんやわんやの支店では、手の空いた人員などいるはずがなく、「ごめん○○さんっ、手が空いてるなら、ちょっと頼まれてくれる!?」と外回りの仕事を私が賜ることになったのです。
そのついでに、「ごめん、ちょっと本店に寄って、これを渡してきて!」「あ、それならこれ、本社に!」と書類を渡されてしまったのでした。
「最後にならなかったねぇ」と笑う本店の方々に、「そうですねぇ。でもこれで本当に最後ですよ。お世話になりましたぁ」と笑いながら立ち去る私。
そして、1時間後。
「……すみません……」
三度本店事務所のドアを開ける羽目になるとは、さすがに思いませんでした。
実は外回りの仕事を片づけてからの帰り道、携帯電話に職場の先輩から電話がかかってきまして、
「ごめん○○さんっ、ちょっともう一回本店に寄ってくれる!? とってきてほしいものがあるから!」
――と言われれば寄らざるをえないよね、みたいな。
マヌケ面を引っさげて登場した私に、事務所内の皆様は大爆笑。
「あ、最後が何回もある○○さんだ~」とのお言葉に「今度こそ最後ですっ! ……たぶん。」と答え、トボトボと支店に戻ったのでした。
④そして、最後の1日が終わる
支店の引っ越し作業は終わる兆しをみせませんでしたが、私と日々雇用の先輩は、定時で帰してもらえることになりました。
最後まで各所で笑いを取りまくる羽目になってしまった私ですが、「これで本当に最後なんだ」と思うと、やはりこみ上げてくるものがあります。
でも、「湿っぽいのは嫌いでね」(by Dr.くれは)が信条の私は、やっぱりみんながいるところでは泣くことができませんでした。
最後はみんなが外に出て、私と日々雇用の先輩がそれぞれの車に乗って走り去るまで見送ってくれました。
それが、4年間勤めた支店の最後の記憶です。
あの後、先輩たちが何時まで作業をしていたのかは知りません。
けれど、4月1日に新年度を迎えると同時に、支店の経営者は変わりました。
建物はあっても、事務所のドアを開いた時に出迎えてくれるのは、一緒に働いた先輩たちではありません。
そして私は、もう二度と先輩たちと一緒に仕事をすることはできないのです。
本社で、No.3や総務班の先輩が「ごめんな」と謝ってくれました。
「来年こそは正規職員として採用」と言っていたのにとうとう採用できなかったこと、再就職の手助けもできなかったこと。
それらのことに、全然まったく「え~」と思わなかったと言えば、ウソになります。
仕事の能力が低かったんじゃないだろうか、使えない人材だから採用されなかったんじゃないだろうか、と自分を責める気持ちも。
だけど、どんなに頑張っても努力しても、誰にもどうにもできないことはあるものです。
今回も、そういう類のことだったのかもしれません。
何もできなかったわけじゃない。
任された仕事もあった。
プロジェクトXYZ-typeSのブログは、少ないながらも楽しみにしてくれている人がいた。
プロジェクトXYZ-typeSもtypeMも、関わった人たちは最後に笑顔で「ありがとう、またよろしく」と言ってくれた。
失敗したりドツボにはまりそうになったりした時には、先輩方が助けてくれた。
大変なことも多かったけれど、その分やりがいもあったし、面白い仕事だった。
人間関係に恵まれた職場で4年間仕事を続けられたのは、きっと幸せなことだったんだと思います。
最後に9日間連続で働いて、翌日、つまり昨日からは早くも新しい仕事が始まりました。
新しい仕事についてはまたおいおい書いていきますが、まずはこれまでのことを思い返すことで、私の中に一つの区切りをつけたいと思います。
会社の皆様、今まで本当にありがとうございました。
次にお会いする時も笑える私であるよう、新しい職場でも頑張ります。