京都旅日記 ~風の吹くまま気の向くまま~ その8 | 縁茶亭茶話

縁茶亭茶話

地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

【5月21日(金)】

⑲永遠ならざる者たちへの鎮魂歌

 寂光院と三千院は、だいたいバスロータリーを挟んで反対側に位置している。

 橋を渡り田園風景を眺めながら、ついに本日最後の観光地である寂光院に着いた。


 平成12年(2000年)に放火によって本堂が全焼し、重要文化財であったご本尊や建礼門院像が焼失してしまったことをご記憶の方も多いと思う。

『平家物語』に通底するテーマは「無常観」だが、そのゆかりの寺で未来へ守り伝えようとしてきたものが一瞬にして永遠に失われてしまった、というのも皮肉な話だ。


 その後新たに再建されたのだから、当然建物も木像も新しい。

 全体的に山に抱かれたようなこじんまりとした寺で、今の時期は人も少なかったけれど、その分濃い緑の中でとても落ち着いた気持ちで拝観することができた。

縁茶亭茶話-寂光院本堂  縁茶亭茶話-寂光院庭園


 また、この寺には、「諸行無常の鐘楼」がある。

 ついでに言えば、この寺の近くには、「沙羅双樹」の木もある。

 これらの言葉を聞いた時点で、『平家物語』の冒頭部分を思い浮かべた人も多いだろう。

 が、私の場合、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色は、……」までしか思い出せなかった。

縁茶亭茶話-諸行無常の鐘楼

 ちなみに話が前後するが、このすぐ近くには建礼門院の墓があり、こちらにもお参りしてきた。

 平清盛の娘として生まれ、天皇の后となって安徳天皇を産み、そして8歳の我が子を入水によって失ってしまった建礼門院。

 彼女の心を、この地は癒やしてくれただろうか。

 祇王たちとちがい、そう思ってしまうのは何故だろう。

 この地には、他にも後鳥羽天皇や順徳天皇の御陵もある。

 夢破れ、歴史の表舞台から追いやられて傷ついた人びとの魂を、大原という地は、その想いごと抱えこんでいるのかもしれない。


「無常観」――この世で変わらぬものなどない、というこの考え方は、わりと好きだ。

『平家物語』の作者、あるいは『方丈記』を執筆した鴨長明の場合は、どちらかというと永遠のものなどないという諦めの境地、あるいはこの世のはかなさを嘆く気持ちがあったように思うし、たぶん本来はそういう意味なのだろう。

 だけど、私としては、「だからこそ、今この一瞬一瞬を大切にしなければならない」ということなのだと思いたい。

 あるいは、「今がつらく苦しい日々でも、いつか幸せな喜びに満ちた日々に変わる時が来る」という考え方でもいいと思う。


 この地に眠る人びとの心には、そんな変化が訪れただろうか。

 そんなことを思いながら、どうか安らかにという願いを込めて手を合わせておいた。



⑳最後の夜

「あまり人のいない緑豊かなところで、のんびりしたい」「時間にとらわれない旅がしたい」という希望は、この大原の地で叶えられた。

 ――の割には、午前中からお昼にかけて携帯電話に振り回されていたような気もするが、その点については考えないことにする。

 とにかく、シーズンオフだった上に天気に恵まれたことが幸いしたのかもしれないが、「京都にもこんなのんびりできるところがあるんだな」ということがわかっただけでも大満足だ。

 完全に充電完了状態で、私は大原の地を後にした。


 ちなみに、バスが発車するま30分以上あったので、バス停3つ分歩いたら20円分バス代が安くなった、というのは余談である。


 京都駅に着いた後はすぐにホテルには帰らず、先にお土産を買うことにした。

 お酒を飲みたい気もしたが、ホテルの大浴場にゆっくり入りたかったし、翌日に友人とどれだけ飲むかわからなかったので、今日は我慢。

 その代わり、夕飯は湯葉や豆腐、生麩がうれしい京料理にする。(もちろん良心価格)


 家族や職場などにはお菓子、それと職場の女性の先輩二人にはご当地キティとチョッパーの根付けを購入して、ホテルに帰ったのは21時近くだった。

 風呂に入れば、軽く22時を回りそうだ。

「今日も早く寝られなかったな」「持ってきた文庫本も、読めそうにないな」とは思ったが、大原観光が思った以上に良かったので、まあいいやと思った。

「大浴場のフットマッサージ機に100円を入れたけれど、故障していたのか動かなかった」というオチを最後につけて、この日も非常に満足した気分で横になったのだった。(続く)