紫子 ―とりかへばや物語異聞 ~後編 | 縁茶亭茶話

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地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

 では、改めて内容について語りたいと思います。

 まずは、ざっとあらすじを。



 時は戦国の世。

 男として育てられた紫子(ゆかりこ)は、病気の母を養うため、遊女として働くことになりました。

 彼女の初めての客となったのが、流れ者の風吹(ふぶき)。

 二人は強く惹かれあい、恋人になることを誓ったのですが、風吹が少し席を外した間に紫子は行方知れずとなってしまいました。


 それからしばらくして、佐伯家の家臣・天野外記(げき)から国主碧生(みどりお)の暗殺を依頼された風吹は、身分を偽って佐伯家に潜り込みます。

 ところが碧生は、なんと紫子にそっくり。

 それもそのはず、それは碧生と入れ替わった紫子本人だったのです。

 実は紫子は碧生の双子の妹で、病に倒れた兄の身代わりを務めることになったために、風吹の前から姿を消していたのでした。


 その頃佐伯家は、東の織田、西の毛利に挟まれて、かろうじて中立を保っていました。

 天野は毛利と内通し、碧生を暗殺して、自分が佐伯の領地を乗っ取ろうとしていたのです。

 毛利はその布石として、娘の舞鶴姫を碧生に嫁がせます。

 兄になりすまして対面した紫子は舞鶴姫を気に入り、舞鶴姫もまた碧生(本当は紫子)に好意を抱きますが、婚礼を前にして、碧生は急死してしまいました。

 碧生の死が公になっては、佐伯家の危機――紫子は悩んだ末、碧生として生きることを決意。

 そして、予定通り舞鶴姫と結婚し、その夜、薬を飲ませた姫の寝所に、自分の代わりとして風吹を送り込んだのでした。


 しかし、紫子の決意もむなしく、織田が攻め込んできます。

 どうにかそれを撃退したと思ったのも束の間のこと、今度は毛利が佐伯を裏切って攻めてきました。

 主君が紫子だと知ってもなお忠節を誓う家臣たちに支えられ、紫子は善戦。

 そんな彼女に毛利も温情を示し、城を明け渡すこと、舞鶴姫を毛利に帰すことを条件に、紫子に降伏を勧めます。


 毛利の勧告に従い、家臣たちを城から逃がし、舞鶴姫と別れた紫子。

 しかし彼女は、最後まで自分に忠節を誓う家老の三太夫、彼女を心密かに慕い続けた小姓の定嗣と共に、城と運命を共にする覚悟を決めていました。

 城に放った炎が迫る中、紫子は、婚礼の夜以来姿を消していた風吹と再会。

 二人は互いに刺し違え、紫子は風吹の腕に抱かれて、炎の中に消えていったのでした。




 感想。


 ………………………………。(涙)


 ふーぶーきー。

 わざわざやって来たのに、なんで一緒に死んじゃうかなぁ?

 そこはやっぱり、「城と共に散っていくのだ!」と意地をはるゆかりんの頬を平手打ちして、「ばかやろう! 死ぬことに美学なんか求めるな! 泥まみれでも無様でも、命ある限りは生きろ!」と怒鳴りつけるところでしょう。

 あるいは、「佐伯家の国主としてのお前は今死んだ。これからは一人の女紫子として、俺と共に生きろ」とか。

 で、炎をかいくぐりながら、手に手を取って脱出する、と。


 とは言うものの、ものすごく納得いかない結末と思う一方、何となく納得してしまったのも事実。

 これが風吹の愛し方なんだな、というか。

 情熱的に強引に自分を押しつけるんじゃなくて、想う相手のすべてをただ受け入れる。

 単にわがままを聞くというわけじゃなくて、相手の願いの裏にある苦しみも悲しみも知った上で、全部包み込む。

 それが例え自分の意に添わぬことであっても、相手の苦悩もわかるからこそ、黙って従う。

 だから、舞鶴姫との初夜も引き受けたし、落城のときには、すでに覚悟を決めていた紫子と共に逝くためだけに現れた。

 決して主体性がないわけじゃなくて、愛する者のすべてを受け入れ、包み込む力――それゆえに、こういう最後にならざるを得なかったんだな、と。


 ……それでもやっぱり、個人的にはハッピーエンドで終わってほしかったなぁ……。



 妄想はさておき、改めて主人公について。

 霧矢さんかわいい♪というのは昨日散々書きまくりましたが、それを別にしても、ゆかりんはキャラクターとしてかわいい。

 彼女は最初遊女として登場するわけですが、「身体を売る」という悲壮感はまったくなく、むしろあっけらかんと「(病気の母を養うには)この仕事が稼げると聞いたから」と割り切っています。


 余談ですが、少し解説。

 彼女は「男女の双子を忌む」という慣習により、国主の娘として生まれながら養女に出されていました。

 そこでは跡継ぎがいなかったために男として育てられるのですが、養父の死で家も没落、生活に困って遊女になった、という事情があります。

 もっとも、彼女が兄の身代わりとして佐伯家に行った後、この養母がどうなったのかについては触れられないのですが。


 とはいうものの、そこは男として育てられたゆかりん。

 客である風吹を強引に円座に座らせ、まるで男友達のノリで(というか、ちょっと親父系?)「まあ飲め飲め」と酒を勧めます。

「俺は女を買いに来たんだ。いくらきれいでも、男はイヤだ。」「私は女だ」というお約束のやり取りに、客席も大ウケ。

 しかし、「やっぱりこの仕事は向いていないのかな……」としょんぼりするゆかりんに、「最初から上手くいくことなんかないさ」と慰めるところはさすが風吹、大人です。

 風吹の年齢設定は、20代前半でしょうかね。


 そんなやり取りの末に、二人は結ばれます。

 ゆかりんの「浮気するなよ」という言い方が、またかわいらしかったです。


 そんな「若竹のようなさわやかさ」(風吹談)のゆかりんが、唯一女をむき出しにした場面。

 それが、舞鶴姫との初夜でした。

 碧生として舞鶴姫と結婚したものの、最大の問題は夜の過ごし方。

 延々と回避するわけにもいかないし、国主として跡継ぎも作らなくてはいけません。

 そこで取らざるを得なかった手段が、薬を飲ませた姫の元に、自分の身代わりとして風吹を送り込むことだったのです。


 仕方がないとわかってはいても、10代の女の子にとってはつらすぎる選択。

 そして、筋違いとはわかっていても、舞鶴姫への嫉妬は抑えられない――。

 その燃えるような想いを、般若面をつけた舞で表現するところが圧巻でした。



 ちなみに舞鶴姫ですが、出番こそ少なかったものの、なかなかいいキャラクターでした。

 しとやかに振る舞ってはいるのですが、内心で「なかなか気骨のある若者だわ」とチェックを入れているあたり、したたかでしっかり者の一面も垣間見せます。

 みどりんとはとうとう会えなかったわけですが、この二人も、いいカップルになったんじゃなかろうか。

 最後はちゃんと性別が元通りになってハッピーエンド、と期待していただけに、みどりんの死は本当に残念でした。



 そのみどりんも、出番が少ないながらもいい味出していたキャラでしたね。

 ゆかりんと違って優等生タイプな彼ですが、お茶目な一面も持ち合わせています。

 特に、「紫子」として家臣たちにお披露目された後、我先に自分をアピールする若い家臣団に取り囲まれて、思いっきりしとやかに振る舞うところが楽しかったです。

「お前ら自己紹介しまくってるけど、全員名前知ってるよ。だって碧生だもん」という副音声が伝わってきたので。



 そんなほのぼの場面が続いた前半ですが、碧生の死によって一転します。

 展開としては、あらすじと感想の最初の方で述べたとおり。

 最終的には、熱く燃え上がる恋心を象徴するかのように、二人は炎の中で劇的な最期を遂げたわけです。


 が!


 個人的には、ドラマティックに最期を飾った主役二人よりも、その少し前に逝った家老夫婦の方に涙腺を刺激されてしまいました……。

 家老の三太夫と妻のたづ、年齢的にはちょっと上の熟年カップル。

 この二人が、死を前にしていても本当に静かで。

「やるだけのことはやった」「よい人生でございました」と、自分たちの人生に満足し納得していて、交わされる言葉の端々には、お互いへの感謝と信頼と愛情が溢れていて。

 効果音といえば炎がはぜる音だけ、という静謐な空間で、ただ穏やかに立ち上がり、炎渦巻く隣の部屋に、二人連れ立って入っていく――


 うわぁ。

 なんかものすごくいいわこの夫婦、と、切なくも温かな気持ちが溢れてしまったのでした。



 こんな感じで、「霧矢さんかわいい!」を抜きにしても、十分以上に楽しめた『紫子―とりかへばや物語異聞』。

 このまま勢いにのって、原作の『とりかへばや物語』も読んでみるか。

 でも、確か学生時代に、平安文学に詳しいすせりんが「あまり面白くなかった」と言っていたような気もする。

 というわけで、ここは無理せず、『ざ・ちぇんじ』(コバルト文庫刊。氷室冴子さんが少女小説風に『とりかへばや物語』を書き改めたもの)あたりを読んでみたいと思います。


 ……いつになるかはわかりませんが、まあそのうち。