ロケットストーブ作りをした日、串原の隣町は上矢作(かみやはぎ)町から、お客さまがありました。
photo:01


お家で実際に、調理や風呂の煮炊きにロケットストーブを利用しておられる、矢部さんです。
かわいい息子さんと一緒です。
photo:02

矢部さんは、毎日の必需品としてロケットストーブを使っている為、消耗が早く、この写真の一斗缶製のロケットストーブは、3ヶ月で、中の煙突が駄目になってしまったそうです。

ロケットストーブは消耗品である、という認識で、使う材料や設置の仕方も考えないといけない、ということのようです…。
こころの準備が無い上での故障は、精神的ダメージが大きいので、気をつけましょう…と、矢部さんは憂いを帯びた笑顔で語って下さいました。
矢部さん、為になるお話を、ありがとうございました。

photo:03

後日家に持ち帰った作品No.5で、火をおこしてみました。
写真の通り、すごい炎です。
ベランダにあった、木材の端材や、竹の断片などを、燃やしました。
大体火付けには3回くらい失敗してからようやく付けられる、という私にとって、このロケットストーブの火付きの良さは、感動的なものでした。
はじめに、焚き口ではなく本体の垂直部分で少し火を焚いてやると、上昇気流が起こるのか、火がスムーズに付きます。
photo:04

黒い煙が出なくなって、静かな強い火が燃え出すと、煙突の中も綺麗になります。
二次燃焼で、完全燃焼し、水蒸気と二酸化炭素だけが出ている状態、ということでしょうか?
photo:05

ベランダで猪鍋をしました。
直火での料理は、やはり心躍ります。
野生の喜びです。

このタイプのロケットストーブは、野外での煮炊きに便利です。
これからも、活用しつつ、その使い方を考えていきたいと思います。

以上です。
みなさんも、いろんな火との関わり方を楽しんでおられるかと思います。
そんな情報を教えていただけたら嬉しく思います。
最後までお読み下さり、ありがとうございました[みんな:01]

A bientot.
[みんな:02]sato[みんな:03]

みなさん、こんにちは。



私が冬の眠気から覚めずに、ぼーっとしている間に、風は季節と共に、山を春色に染めてゆきました。



新緑の木々から放たれるエネルギーが空気を照らし、その眩しさの中、鳥さん達はいろんな声で、春が来たと唄っています。



…それにしても、継続は力なりとはよく言ったもので、ブログの定期更新のなんと力の要ることよ…

と、また考え始めて、なかなか本題に入れないさとこです。



[みんな:01][みんな:02][みんな:03]

さて、去る3月9日。

森林塾のイベントでは、いつも率先して作業にあたって下さる、頼もしきアニキ、山口さんの発案で、ロケットストーブを作ってみよう、という事になりました。



ロケットストーブとは何ぞや?

名前だけはちらほらと聞いていましたが、それが何なのか、まず調べるところから始めました。

しかし、インターネットでは、なかなか求める核心の情報にたどり着けず…

ひとまず自分なりに、出した答えは↓



○ロケットストーブとは…



①簡単な構造(焚き口から立ち上がる断熱された煙突)で、それを保持すれば、用途や状況に応じたいろいろな作り方で作ることができる。

②その構造から得られるもの=

2次燃焼によって、排ガスが出ない=

無駄が無く、少ない材で高エネルギーを生み出せる。

③その構造を生活の場でどのように活かすか、その工夫にいろんな可能性をもっている。



…というものです。



なにはともあれ、実際に作って使ってみて、それを勉強としようじゃないか。そんなことで、それぞれにロケットストーブについて調べて、それぞれにやりたいように、作ってみよう、そうしよう、というのが今回の趣旨でした。




photo:01



ガソリンスタンドで手に入る、20リットルのペール缶が主原料になります。

そのカットには、電動回転式のグライダー、細かい部分には金切り鋏を使用します。

ロケットストーブは、その煙突から出る高温を、そのまま煮炊きに使用するか、煙突を延ばして暖房とするか、主にふたつの利用法があるようです。

photo:02



それぞれに、てんでバラバラに…

出来上がった作品を紹介しましょう。


photo:03



作品No.1

焚き口でっかいぜ、いっぱい燃やせるぜ、でもチョット重いぜ

『端の男前ストーブ』




photo:04



作品No.2

太めの煙突、開いた煙突、造作と無造作のあいだ

『ずどん、これぞ野上ストーブ』




photo:05



作品No.3

フタも付けたし、分解できるし、誰にも文句は言わせねぇ

『山口アニキの多用途ストーブ』

(使い方は後日教えてください。)




photo:06



作品No.4

シンプルイズ、びゅーてぃふる。多くを求めぬ美しさ

『操のコンパクトロケット』




photo:07



作品No.5

五徳は要らないわ~煙突クルクルしたからね~いやよ、あんまり見つめちゃ、ネジが外れるわ~

『さとうとさとこの頑張ったロケットちゃん』
(この日は、岩村の協力隊の佐藤夫妻も、ロケットストーブ作りに参戦して下さいました。)



※各ロケットの命名は、私のインスピレーションによる独断で行なわせて頂きました。



※作品No.5の製作に際しては、以下のウェブサイトを参考にさせて頂きました。

「ちはるの森」さん

http://chiharuh.jp/?p=2813

「今日は今日の風に吹かれて」さん

http://hee3hee3.exblog.jp/12711589




photo:08



ひとまず、出来て、よかったね!

の、記念撮影パシャ。

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました[みんな:04][みんな:05]





さて、問題は、出来たストーブがちゃんと使えるかどうか。

「ロケットストーブを作ってみよう②。」につづく…





[みんな:06]sato[みんな:07]

こんにちは、さとこです。


みなさん、旧正月を知っていますか?

旧正月というのは、日本に今現在のグレゴリオ暦が入ってくる前に

使われていた、中国式の太陰太陽暦の上での正月です。


というと、なんだか分かりずらいですね。


現在の一年、12月365日の時の流れは、

太陽の周りを地球が一周する早さを、一年にしています。

これをグレゴリオ暦、太陽暦といいます。

微妙な誤差が生じてくるので、4年に一度、一日をプラスして、

うるう年とします。


そして、日本にグレゴリオ暦が来る前は、

中国から来た太陰太陽暦で、月が地球の周りを一周する早さを、

一か月として、12月354日。

何年かに一度1月を足して、13月うるう月として、

その誤差を調整していました。


この月の周期を元にした暦、これに太陽暦を合わせて調整する、
日本独自の暦が生まれ、日本では、

この暦をもとに、農作業、季節の行事をおこなっていました。



旧暦と里山の暮らしはつながりが深く、

日本に新しい暦が入って150年が経った今も、

各地で、旧暦にそって、行事が行われています。




そして、奥矢作森林塾でも、

今年は、旧正月を祝うことにしました。


photo:01

photo:02

photo:03
今年の旧正月は、2月10日の日曜日でした。

この日は、「道具の年取り」といって、

普段お世話になっている道具たちにも、年をとらせてあげよう、

という、風習があります。


ちょうど、森林塾では毎月の第2日曜日に開催している

「里山ぼらんてぃあ」の日だったので、

参加者さんと一緒に、道具のお手入れをしました。


ずっと納屋の裏で放置されていた農具たちも、

磨くとピカピカになって、秘めた生命力が感じられるようでした。


photo:04

そして翌日の2月11日の、建国記念の日。

雪のちらつく中の、お餅つきです。


木の臼でつきたくて、串原じゅうを探して見つけた臼と杵は、

お借りしたご主人の話では、作ってから100年は経っているだろう

とのことでした。


木の丸太を削りだして作られたその臼は、

どーんと構えて、男らしく、かつ柔らかい曲線が女らしく、

100年という歳月を、一家を見守るように鎮座してきたという、

風格が漂っていました。


旧正月イベントは、リフォーム塾でおなじみの、5名の参加者がありました。

餅つきの先生は、森林塾理事長の大島さんと、奥さまの初美さんです。


最後に夫婦で餅をついてから、一体何年が経っているのでしょうか。

ブランクを感じさせない、息の合った餅つきを見せていただきました。



参加されたみなさんにもついて頂きました。

つきたてのお餅の柔らかくて、美味しかったこと!


photo:05

結の炭家は、串原は松本という地区にあります。


松本地区には、人生経験豊富な5人の女性の、

ゲートボールチームがあります。

本当は、2人の男性陣も居るのですが、

最近はそのお二人は少し現役からは遠のいているのだそうで・・・


そんな5人のれでぃすが、
雪の降る中、
結の炭家に上る草の茂った斜面を、

まるで笠地蔵のように並んで上って来たのを見たとき、

わたしは感動で言葉を失ってしまいました。



※結の炭家に上る道・・・

結の炭家は、田畑を見下ろすように、山の斜面に建っています。

そこに上ってゆく道。

車の幅に舗装された道路、だけだと思っていたら、

実は違います。


雪が降ると、まるでスキーの上級者向けのようになる斜面、

舗装された道路ができるまでは、この斜面のみが、

家に上る道でした。

私たちは普段、なんの迷いもなく、

舗装された道路を上ってきます。



けれども、なん十年もアラヤ(結の炭家の屋号)に来る用の無かった

5人のれでぃすは、迷わず、昔の道を登ってきました。


その光景を見た事は、旧正月の私の、

一番の印象深い出来事でした。



photo:06

お餅を食べた後は、餅花つくり。


薄く伸した餅を、細かく切って、

葉っぱを落とした竹の枝に刺してゆきます。

餅の重みでその枝を垂れた竹は、

まるで収穫前の稲穂です。


まさに豊作祈願。

子ども達も、一生懸命餅を刺します。


その後は、みんなでわいわいと、旧正月、昔のお話をしました。



理事長の大島さんが、並べた道具の前に座り、

お神酒の蓋を開け、二礼二拍一礼の挨拶をして、

皆もそれに続きました。


お礼をしたときに、道具さんたちには、

ずっと放ったらかしにした事をお詫びしました。

そして、今までありがとう、お疲れ様でした、と声をかけました。


なんだか優しい気持ちになりました。

みんなでする、お祈りは、懐かしいような、不思議な感じでした。




旧正月。


食べ物の豊かな時代に生まれ育ったわたしには、

そこに込められた切実な想いは、わからないかもしれません。


けれど、

「今はもう、旧正月なんてやらないよ」と言った、おばあちゃんや、

旧正月をまったく知らない、東京から来られた女性、

いつか子どもの時に、見た以来だという男性、

生まれてからまだ10年経っていない子ども達。


みんなが、笑顔で、とても楽しそうでした。


これが、忘れられてゆく旧正月なら、

それは、寂しいことだと、

身をもって感じた、旧正月イベントでした。



参加していただいた、みなさま、

道具たち、家、家を建ててくれた人たち、

家を支えてくれる山、

美味しいお餅になる米を育ててくれた人、

餅つきについていろんなアドバイスをくれた方がた、

お話を聞かせてくれた、おじいちゃん、おばあちゃん・・・


みんなみんな、どうもありがとうございました。


photo:07

ぺこり sato ぺこり