こんにちは。
去る9月の25日と27日、

私達ふるさと活性化協力隊員の、恵那市内研修会が行われました。

恵那市ふるさと活性化協力隊員は、現在6人です。


中野方町

「NPO法人 まめに暮らそまい会」 所属の大江さん。

ご主人、お子さんと共に、福島で新規就農をしようとしていた矢先の

東日本大震災、そして原発事故。

大分に移動後、ここ恵那の一番北に位置する、中野方町に落ち着きました。

まめに暮らそまい会は、地域の福祉を担う団体で、

おもに大江さんは、事務を担当しているそうです。


岩村町まちづくり実行部隊

「ホットいわむら」 所属の佐藤さん。

農村ののんびりした生活にあこがれて、横浜から移住。

新婚さんほやほやです。

岩村は住民の土地を愛する熱意が強く、イベントも多く、イメージしていたのんびり生活とは

かけ離れた日々だと少し苦笑いの佐藤さんです。

でも、やりがいのあるお仕事のようです。


岩村町

「茅の宿とみだ」の管理人で、

「NPO法人農村景観日本一を守る会」 所属の中田さん。
奥さんと、元気いっぱいの息子さんと共に、東京から移住。

名の通り、田園と大きな空の下に建つ、茅ぶきの屋根の、素敵な宿の管理をされています。

親子でギターを弾くのです。素敵です。


上矢作町

「NPO法人福寿の里」 所属の横井くん。

愛知県春日井市から来ています。

草刈りが楽しいと言っていました。

草刈りを楽しいと感じれたという事は、きっと大丈夫でしょう。

あとは、ご近所さんからお野菜をもらう技を身につければ、生きていけます。


串原

「NPO法人 奥矢作森林塾」 所属の古郡、岸田。

改めて、紹介させていただくと、

古郡さんは、埼玉県から、ご夫婦で移住です。

協力隊は2年目。実は一番先輩です。

ちなみにご主人は、家具の修繕というお仕事をしています。


私、岸田は、東京から移住してきて、11月で、協力隊としての一年が経過します。

一年の中で巡る四季を感じ、恵那の魅力がじわじわと身に沁みてきました。


こんな協力隊員達です。

それぞれに志、夢を抱いてここ恵那に来ています。

しかし。
それぞれに忙しく・・・
同じ恵那に住みながら、交流もあまりなく、
活動地域以外の地域の事をほとんど知らぬまま、過ぎてゆく日々。

そんな中のこの企画。
ふるさと活性化協力隊の雇用元、恵那市役所 企画部のふるさと推進室の
佐々木さんの慮りです。

普段行く機会のなかなか無い、恵那の各地をめぐりながら、協力隊員同士の交流も図ろうという。

今回は、研修会として巡った2日間の中で見つけた、

私の「おぉ、ここは面白いぞぅ。」

と思った、恵那の素敵スポットを紹介したいと思います。



・・・が、その前に、

岐阜県恵那市について、伝えておきたい事があります。

恵那が恵那として個性を持ち、魅力ある所以。

『地域自治区制度』です。


岐阜県の最南東に位置する恵那市は、

平成16年に、山岡町、岩村町、明智町、上矢作町、串原村を吸収合併しました。
吸収合併された小さな町村での
「地域の声が、市政に反映されなくなるのではないか・・・」
という不安を解消するため、
恵那市では、地域自治区制度を採用しました。



※地域自治区制度とは、


①地域協議会

・・・地域住民の代表の人々で構成される。

②地域自治区事務所=振興事務所

・・・地域協議会の事務局機能を持ち、さまざまな行政サービスを行う。

③区長

・・・地域の代表であり、行政との調整役ともなる。


以上3つの要素が、本庁・市長(行政)と、住民との間に位置し、

自ら主だって「まちづくり」をしていく、という仕組みです。



この地域自治区制が、住民の主体性を守り、

自らの住む地域をどうしていくかという思考と、

それを実現してゆく為の活動をサポートしています。

(※現実には、色々と問題点もあるのかもしれません。

私は勉強不足で、知らないことも多いのですが、良い仕組みだと感じています。)



前ふりが長くなりすぎたので、

次回、改めまして、

恵那の「え~な~ここスポット」を紹介したいと思います。

お楽しみに!



にこつぁんsatoなす








こんにちは、さとこです。

朝晩の空気は冷たく、もはや冬の到来を思わせます。


秋の里山は色とりどりで、

山裾に生える小さな植物たちはいろんな形をしていて、

それだけで、ここに今生きている事を幸せに感じます。


日々の暮らしは勉強です。


生きるための勉強。


人は皆、課題を与えられて、生きているのではないかと思います。

自らをどのように完成させるかという課題です。


それぞれの課題は、「好き」になるもので決まります。


好きなものと、自分が関わっているイメージ。

そのイメージに、どれだけ近づけるか。

イメージを、どれだけ実現できるか。


それが、それぞれに与えられた課題です。


わたしは最近、その課題が、

見えてきたような、気がするのです。

いろんな事に気をとられて、

寄り道ばかりしてきましたが・・・


これからもきっと、いっぱい寄り道すると思いますが・・・

いや、寄り道したいと思いますが、

また戻ってくるであろう道が、

わかってきたような。


今歩いている道の先を思うと、なんだか、わくわくします。


日々、悲しいことや切ないことや、

うまくいかないこと、もやもやすること、

いろいろありますが、やっぱり、

わくわくすること、

楽しいこと、嬉しいことが

たくさんある暮らしがいいです。



へぼsatoはぁと


岸でやんややんやしながら、1時間ほど経ちました。
辺りはすっかり暗くなっていますが、日の陰りの中で過ごすと眼が慣れるようで、視界は保たれています。

仕掛けた網を引き揚げます。
鮎はかかっているでしょうか?
網のなか、キラキラ光るものが見えます。
photo:01

暗い川に入ってゆく大島さん。

photo:02

引き揚げた網には、鮎が沢山掛かっていました。
大漁の網をそのまま木の箱に入れ、肩にさげる大島さん。
私たちはもと来た川、闇のなか光を反射するだけの、昼間とはまったく別の顔をした川を、家路へと歩きました。

photo:03

家に着くと、網を絡まぬように広げます。
網に掛かった鮎、その他の魚たちを傷つけないように外してゆきます。

photo:04

魚は網の中でもがき、自らのエラやヒレに糸を食い込ませ、抜けられなくなります。
鮎の身体についた無数の白い線の模様は、もがいて網にこすりつけられた傷跡です。

網を揚げた時に歓声をあげて喜んでいた加地さん。
「なんだか、可哀想だな…。」
鮎を網から外しながら、笑顔が消えていました。

鮎を網から外すには、コツがあります。
大島さんとやぶちゃんは、目打ちを手にして、一本ずつ丁寧に糸を外してゆきます。
まず、ストッパーになっているエラに食い込んだ糸を、外します。
そして、お腹の膨らみである内臓を指で押して、ずん胴にしてから、魚の身体を網の目の中をすべらせます。

やはり何事も熟練を要します。
みっちゃん、やぶちゃんは、小さい頃から矢作川で鮎を捕まえて育ちました。
二人の手の早さには、到底かないません。

4つ網を張って、獲れた鮎は48尾。
その他に、ドウコウ、クソッパヨ、ホンバヨ、ウグイ、カワゴイ などの魚が掛かっていました。(これらは串原地域で育った大島さんたちの使う呼び名です。)
photo:05

「ドウコウ」
ハゼのような顔で、愛嬌があります。
photo:06

「クソッパヨ」
ハヨは、ハエとも呼ばれています。
綺麗な水にしか生息しないそうです。
しかしクソとは…。


後日。リフォーム塾一日目の夜。
獲った鮎は、理事長とやぶちゃん自らの手で、フライとなって、私たちの胃の中へと入っていきました。
そしてドウコウは煮付けとなり、酒のお供となりました。

大島さんは、魚を食べませんでした。


大島さんとやぶちゃんは、毎年、夏になると、川に入り、魚を獲ります。
魚は、ご近所さんやいろいろな人たちに配られます。

毎晩続く鮎とりに、初美さんは呆れ顔。
「ほんと、よぉやるわ!…でも、みんなの為にやっとるから、文句言えんてぇ。」



蝉の声の中、汗をかいていた夏がまるで遠い記憶のように、もう季節は秋です。

来年も、鮎は川を泳ぎ、人々はそれを捕まえるでしょう。
川が流れているかぎり…

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