仁学「暴力」

 

暴力を平気で振るう人間は「仁」と「徳」に欠けている。幼少期に「仁徳」の教育を受けて来なかったのであろうか。

 

まだ青少年期なら多少あることだが、成人も過ぎて暴力を振るうには心の教育不足を通り越して、心の病気に近い。

 

心の病気は自分で自分自身を抑制する力に欠けるからである。抑制する力を付けるには相当の教育と自己修養が必要である。

 

もし、そのような環境がなければ、その暴力は止まることなく、最終的には法的処罰を受けるしかない。法的処罰を受ける前に再度心の教育が必要。

 

それは周囲の人間が教えなければならないが、荒い性格を持った人間ほど、聴く耳を持たない。一生心弱い自分と付き合いながら生きて行かなければ哀れな人間である。

 

周囲の人間たちの力で更生できなければ、法的処理でも仕方がない。

 

周囲に人が居るから甘えるところもあるので、投獄と云う隔離も必要である。

 

自分の心を自分自身が抑制できないほど不幸な人格はない。

 

それを重々学び、自分を含め、周囲の人間をそうさせないように「心の教育」を行い、継続することである。