平成25年8月27日火曜日。
私が今回の事件に気がついてから1ッカ月弱。
いよいよ、I に引導を渡す瞬間がやってきました。


社長は、6kg体重が減ってました。
私は、I が豹変してから話をしたことがなかったので
どんな態度で、どんな口調で話すのか注目してました。
I は、浅く腰掛け、足を伸ばし腕を組んで背もたれに体を預けて

いました。


今まで通りの事務手続きが始まりました。
支給品の返却で、ICレコーダのことを言うと、I は大胆にも
胸のポケットから出してきました。


あと2台あります。
1台は、あの愛人がもってて、I から連絡を受けた愛人が
持ってきました。しかも、対応した社長に向かって、投げつ
けたのです!

追っかけていって、殴ってやりたかった!
残りの1台は、自宅にあるから宅急便で送るといいだしました。


事務手続きは進んで行きます。
8月13日に、自ら辞表を書いた I は。
一週間以上、西新井の事務所に立て込もったあげくに
4月から8月まで休日出勤していたと、代休を有給で
払えと、めちゃくちゃです。


そもそも、6ヶ月以上勤務しなけてば有給は発生しません。
たしか。


I が辞表を書いた時点で、8月の給与は日割り計算で

支払われています。
I は、なんだかんだで、150万追加で払うように要求してきました。


しかし、答えはノーです。


I は、予想範囲内だったのか、声も荒げず淡々と話します。


「私の解雇日は、いつですか?今日ですか?8月13日ですか?」


なんでそんなとこにこだわるのか不思議でしたが、解雇日が今日なら、

籠城していた日数の給与を要求する流れに持っていく気だったかも

しれません。

現に、後でわかったことですが、籠城していた間の交通費を、西新井の

事務所内で処理してました。


弁護士先生は、持ち帰って検討すると言いました。
「なんでー!?」
もう、I のペースになりつつありました。


社長サイドは、例のサッシの事故の件を聞きました。
工事費は、本当に自分で払ったのか!?

後で請求がくるのではないかと。


I は、「請求はこない!自分で払った!」と、はっきり言いました。


西新井事務所は、不動産事業としてはまだ機能していません

でしたが、建築部門は2件の工事を受注をしていました。
1件はすでに完了していて、残りの1件は、まだ終わっていません。

その入金が近々あるから、下請け業者にちゃんと払うようにしつこく

言ってました。


あたかも、自分は不本意にも辞めさせられるが、責任は果たしたい!

みたいに言ってるつもりかもしれなが、チョー怪しいから!と
私は、思ってました。


「で?どうするです?私も忙しいんで、今後の話し合いは。」


「追って連絡いたします」と、弁護士。


私は気分悪いし、疲れてたので気にもしませんでしたが、あの時。

I が「今後の話し合い」と、言ったとき。


「今後の話し合いは、そちらの弁護士が決まったら、連絡ください!

お疲れ様でした。!」


って、弁護士先生言ってくれたら、それで終わりだしカッコ良かったよね!

って、みんなで言ってました。


思ったよりも、あっさり終わりました。


I は今頃、解雇されたメンバーのところでどんな話をしているのでしょう。

みんなこれから、どうするのか。この日を境に、誰とも会うことは有り

ませんでした。


これで、終わり?終わったの?

翌日から、怒涛の後処理が始まったのです。


北から来た男⑩